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【蒼フロ3周年記念】蒼空・零 ~1946年~

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【蒼フロ3周年記念】蒼空・零 ~1946年~

リアクション

 このとき、まさにそうした取引を求めた客人が、『新宿芸能文化組合』を訪れていた。
「インテリ、おめ、お客さんに茶、出してこい! ……そっちでね、珈琲だ!」
 ずっと親切に色々教えてくれていたガシャ達磨が急に声を荒げた。
「は、はいっ!」
「あいつら外国人だからよ……偽物じゃなく、そっちの本物にするっぺ。高級品だからこぼすでねぞ!」
 ガシャ達磨はずっと、苦虫を噛みつぶしたような顔をしている。
 陽太はすぐに察した。
 嫌いな客なのだ。
 いや、嫌いな種類の商談なのだろう。
 陽太の表情を見て、ガシャ達磨は小声で言った。
「怒鳴ってすまねぇ。だがインテリ、ヤクザで食ってこうってんならこんなのは茶飯事だっぺよ」
 最初は、おめは舎弟でねぇぞ、と言っていたような気がするが、いつの間にやら『ヤクザで食ってく』ことにされているようで、陽太は内心苦笑した。
「さっさと行って戻ってこい!」
 そしてまた怒鳴る。達磨に言われて陽太は小走りで応接間に茶を運んだ。
 入って驚いた。
 客人というのはエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)と、そのパートナーメシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)ではないか。
 エースも陽太には気づいたようだが、何食わぬ顔して珈琲を受け取った。ここでお互いが知人だと露呈するのはまずい。そればかりか、同志だと判明すればことは『まずい』ではすまないだろう。
「それで、ビジネスの続きですが」
 メシエが身を乗り出した。
「我々の国では、ヤマトナデシコが人気でしてね」
 メシエは、目の前のヤクザ者に気づかれないようそっと肘でエースをつついた。
「そ、そうだね。勤勉でよく働くし文句言わないし、使用人として使うには申し分ないよ」
「見栄えが良いことはもちろん必須です。なにせ愛玩動物ですから。彼女らには夜も働いてもらうことになります……」
 愛玩、のところを強調してメシエは言った。どちらかと言えば『動物』という部分のほうが腹黒いような印象をエースは受けている。
 エースはふと不安になった。これ、果たしてメシエにとって演技なのだろうか、と。
「相応の対価はお支払いしますよ」
 メシエはそう言って、手にしたアタッシュケースを開けて見せた。ぎっしりと米ドル紙幣の束が詰まっている。眼前に座る新竜組の幹部格も、思わず腰を浮かせかけるほどの大金だった。
「上玉を用意できるなら、このケースをもう一つ二つ、用意できるんですがねえ」
 そう言って明日の取引を約束すると、さっとメシエは幹部と握手して立ち上がった。
「ただし、『保存』状態には気をつけて下さい。怪我していたり傷物だったりすれば、買い取り価格をぐっと落とさなければならなくなります。心の傷であっても査定に響くのでお気をつけを。引き渡すまでは大切に保管してください」
 捨て台詞のように言い添えておく。
 つられてエースも立ち、やはり幹部と握手して部屋を出た。
 帰路、尾行がないのを確認してからメシエは言った。
「ダメだねぇ、エース、君は日本語が不得手という設定だったろう。もっとカタコトで話さなきゃ」
 といっても、用心してテレパシーにしている。
「ほとんどメシエが話してたじゃないか。どうせ俺のことなんか記憶に残ってないよ」
「だったらいいんだけど」
 1946年日本で彼らが演じるは『海外の人身売買組織』という設定の外国人二人連れだった。暴力団とつながりがありそうなところにコナをかけ、ときにはハッタリも使いつつ、「国に連れて帰れる子どもが買えないか」と糸をたぐるようにして新竜組につながりを得たのである。
 時間はかかったがなんとか新竜組と接触を持つことができ、先ほど初交渉が終わったのだった。
「なんとか『明日』取引を持つことにできたね……」
 ほっとしたようにメシエは言う。
 これがネックだった。一週間くれ、と主張するヤクザを、「明日でなければ」とメシエは言い張ったのだ。ここだけは譲れなかった。明日、史実通りなら渋谷と新宿、言い換えれば愚連隊(石原)とヤクザ(新竜組)との戦いが勃発する。それまでにチヨを連れ戻さなければ、新宿側に大きなアドバンテージを与えてしまうことになるだろう。
「しかし、石原肥満の手助けをするだけなら、チヨ一人買い取る話にすればもっと簡単だったんじゃないか? 多ければ多いほどいい、みたいな話にしなくても」
 エースは憤慨したように答えた。
「どうやら新竜組は、こういう『商売』を色々やってるみたいじゃないか。チヨちゃんを助け出すのもだけど、暴力団が小さい女の子……もしかして男の子も……か……を何人も軟禁しているかもしれないのなら、その子たちを助けたいと思ったんだ。子どもは国の宝だし」
 ははっ、とメシエは笑った。
「何を言ってるんだい? 君の実家にだって使用人ぐらい沢山いるだろうに」
 思わず口に出して言っていた。エースも口語で答える。
「それは違う! 俺の家ではこんな、虐待みたいなことはしていない。ちゃんと……」
「ちゃんと正当な賃金を払って雇っている者たちだから、奴隷と一緒にするなと言いたいんだね」
「そうだよ。決まってるじゃないか」
 メシエの口調に、なんだか小馬鹿にしたような様子があるのが気に入らなかったが、エースはそれ以上問答しても無意味だと思い、黙った。
 考えてみれば、メシエが育った時代の思考なら、使用人と奴隷は大差ない存在ということになるだろう。そんな彼はきっと、頭ではエースの主張を理解できたとしても、心情として使用人を自分たちと同等と見ることは不可能なのだろう。
 細かいところで一致できないにせよ――エースは思った。
 目的は同じだ。チヨと、囚われの子どもたちをなんとしても奪回する。