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【蒼フロ3周年記念】パートナーとの出会いと別れ

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【蒼フロ3周年記念】パートナーとの出会いと別れ
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リアクション

 
 
 
 ■ 過去と未来をつなぐ今 ■
 
 
 
 この顔ぶれが一緒に出掛けるなんて、いつぶりのことだろう。
 秘術を行うという龍杜に向かいながら、琳 鳳明(りん・ほうめい)はそんなことを思う。
 南部 ヒラニィ(なんぶ・ひらにぃ)藤谷 天樹(ふじたに・あまぎ)は滅多に一緒に行動することがない。けれど今日はどちらも龍杜の秘術で見たいものがあるという目的が一致した為、珍しい顔ぶれでの外出となったのだ。
 龍杜に行くのは3人だけれど、鳳明はただの付き添いだ。
 過去は想い出としてあるだけでいいし、未来は知らないほうが楽しみにできる。
 そんな鳳明らしい理由から、彼女は水盤を覗かず、秘術に触れる2人の様子を見守ることにしたのだった。
 
 
 龍杜 那由他(たつもり・なゆた)が秘術のことを広く告知した為に、この時期龍杜を訪れる人の多くはそれを目的としている。
 訪れた鳳明たちの顔を見ると、那由他はすぐに秘術を体験しにきたのかと聞いてきた。
「うん、そうだよ。よろしくね」
「過去見? 未来見? どちらを希望なのかしら?」
 那由他に聞かれ、鳳明はどっちなの、とパートナーに尋ねた。
 天樹はホワイトボードに『過去』と書いて那由他に見せ、ヒラニィは未来だと答える。
「両方なのね。じゃあ……まず、過去からでいいかしら」
 那由他はてきぱきと準備を整えると、天樹を水盤の前に、そしてそのやや後方の位置に鳳明を座らせた。
「はい、過去を見たい人は水盤を覗き込んでね。それから見たい過去のことを思い浮かべるの。そしたら龍杜の秘術がその時点まで連れて行ってくれるわ」
 
 水盤に満たされた清らかな水。
 その水面を見ているうちに、天樹の意識はふっと吸い込まれていった――。
 
 ■ ■ ■
 
 
 ……地球人だった頃、天樹は殺し屋を生業としていた。
 
 人を殺めることに疑問などなかった。
 人を殺めることに哀しみはなかった。
 人を殺めることに愉しみさえなかった。

 無論、仕事がきれいに終われば、それなりの充足感はあった。
 けれどそれは、
 誤配無く配り終えた新聞配達のような、
 客を降ろしたタクシー運転手のような、
 仕事を終えてほっと息を吐くようなもので。
 
 それほどに、人を殺すことは、天樹にとって当たり前の仕事だったのだ。
 
 強化人間というものに興味をもったのは、それがあれば仕事に便利ではないかと考えた為だった。
 同じ仕事なら、さっさと片づけたい。
 それに強化が役立つなら、受けてみるのも良いかと思ったのだ。
 
 だから天樹は志願して強化人間となった。
 
 けれど、天樹には根本的な部分で強化人間としての適正が無かった。
 確かに超能力は手に入れた。
 手を触れず、精神力で物体を動かし、空中に浮かび。
 強化手術は今までに無い力を天樹に与えてくれた。
 だが、身体は小さくなり、弱くなった。
 強化手術で得たものより、はるかに多くの物を天樹は失ってしまったのだ。
 
 そして天樹は、今までの当たり前を失った。
 
 殺し屋を生業とするならば、人を殺め、その上で安全に逃走する力が求められる。
 その力を無くした天樹は、殺す側ではいれらなくなった。
 代わりに得たのは、被検体という立場、被検体という居場所。
 
 新たに得た当たり前。
 そこに天樹は何の感慨もなく、思う所もなかった。
 だから何事もなければ、そのままずっとその立場で生きていたのだろうけれど。
 
 ある日、天樹は暴走した。
 気が付いたら実験室は滅茶苦茶だった。
 物も滅茶苦茶、そして人も……滅茶苦茶になっていた。
 訳が分からなくなった天樹は、居場所だった場所から逃げ出した。
 
 そして天樹は何者でもなくなった。
 ただ生きているだけのナニカになり、考えることをやめた。
 ほとんどの時間、路地裏に座って過ごした。することもなく、考えることもなかったから。
 
 そこに鳳明が現れたのだ。
 夕日に染まる街の路地裏で、ボロを着てうずくまっていた天樹に、鳳明は声をかけてきた。
 どうしたの? 大丈夫? お腹すいてない?
 次々に言葉をかけてくる鳳明に、天樹は怪訝な目を向けた。
 
 その様子を見る人がいれば、子犬が野良猫を助けようとしているようだと思っただろうか。
 無反応な天樹に鳳明は話しかけ続け、その言葉がふと空虚を埋めてくれたとき……天樹は再び自分の居場所を得たのだった。
 
 
 それから天樹は鳳明の傍にいる。
 この居場所は、今までいたどの場所よりも暖かい。
 ただそれだけ。
 だけど天樹はこの場所で、生まれて初めて自分の価値を感じられたのだった――。
 
 
 ■ ■ ■
 
 過去見を終えた天樹は、いつも以上にぼんやりした様子で目をこすった。
「眠い? でもそこで眠っちゃダメよ」
 はいどいてどいて、と那由他は天樹をどかすと、代わりにヒラニィをその場所にいざなった。
 
 
 ■ ■ ■
 
 
 現れたのは80年後の世界だった。
 
 さっきまでお祖母ちゃんお祖母ちゃんと鳳明にまとわりついていた曾孫は、今は外で遊んでいるようだ。時折庭のほうから、はしゃぐ声が聞こえてくる。
 子供の体力にはついていけないと、鳳明は笑う。
「若い頃に色々無茶した反動が今になってきたのかな」
 今は一日の大半を安楽椅子に座って過ごす生活だと言う鳳明に、当たり前だとヒラニィは呆れる。
 鳳明も100歳を超え、人ならば寿命を迎えていてもおかしくない。
 むしろその歳になっても、しゃんとした会話が出来るのが希有なことだろうに。 
「人間っていうのはそこまで歳を重ねれば、ガタが来るものだろ?」
「それはそうなんだろうけど。ちゃんと食べてちゃんと動くようにしてたのにな」
 どこか残念そうに言うけれど、鳳明は人間にしてはよく生きたほうだろうとヒラニィは思う。
 駆け抜けてきた時代を思えば、どこで生命を落としてもおかしなくかっただろうに、今も鳳明はそれなりに普通に、それなりに平和に毎日を送っているのだから。
「反動と言うが、無茶をするほど何かに打ちこんだ時間ってのは、割と充実してたんじゃないのか?」
「割と、というよりかなり、かな。ほんとに色々あったから」
「ああ。あの頃のおぬしは本当によく見、よく考え、よく悩み、そしてよく動いとった」
「そう言われると、つくづく自分が歳を取ったように感じるよ。ヒラニィは全然変わらないのに」
「あ? まぁわしは変わらんな。わしの地が激変せん限り、そう変わらんて」
 地祇とはそういうものだから、と答えるヒラニィの外見は子供のままだ。鳳明の子に追い越され、孫に追い越され、子供の姿で有り続ける。
「おぬしとわしが出会ったときのような、デカい戦争でも起きぬ限り、きっとずっとこのままじゃの。……む」
 そこで言葉を切って、ヒラニィはゲームオーバーになった携帯ゲーム機の画面を睨んだ。
 いつもならすぐにコンティニューを押すのだが、ヒラニィはゲーム機を膝に置いて鳳明との話を続ける。
「……懐かしいな。未だにあの時なぜおぬしを選んだのかよう判らんが、うまが合うと感じたのかのぅ」
「契約ってそういうもの……なんじゃないかな。他のパートナーとのときだって……、なんか不思議な縁で契約してたような……気がする……」
「そうかもしれんのぅ。というかなんでわし、こんな幼い映し身になったんだろうな?」
 もうすっかり自分のものとして慣れてしまった身体を、ヒラニィはしげしげと見る。
「元は、それはもう絶世の美女だったというのに……。ぬぅ、結局一度も見せられんかったな。それはもう、会う者会う者すべてを魅了せずにはおれぬ、美女の中の美女、凄いという言葉でなど言い表せぬほどの…………鳳明?」
 この話をしても途中で笑いも言葉も挟まぬ鳳明に、ヒラニィはふと何かを感じて呼びかけた。
 鳳明は目を閉じて眠っているかのようだ。
 けれどパートナーである、否、パートナーであったヒラニィには判る。もう既に鳳明は此処にはいないのだと。
 涙は出なかった。
「所詮地祇の長い生にとって、一瞬道を共にしただけということか? 契約者ってのはそんなもんか……?」
 返事がないことを承知で、ヒラニィは鳳明に問いかけ続ける。
「……のぅ鳳明。おぬし、わしといて……幸せだったか?」
 共に過ごした年月は、地祇にとっては刹那、けれど人にとっては永遠にも近い。
 その間、鳳明は幸せだったろうか。
 幸せでいてくれただろうか――。
 
 
 ■ ■ ■
 
 
 過去と未来をのぞき見た後、3人は龍杜を後にした。
「ねぇねぇ、何見てきたの?」
 鳳明はいつものように明るい調子で尋ねたけれど、2人とも何も言ってくれない。
「うわ、何か私だけのけ者っぽいっ!」
 一緒に見れば良かったかな、と冗談を言えば、2人とも揃って首を横に振った。
 ただ……何故か2人ともいつもより優しかった。
「な、何か急に親切にされると、裏がありそうで怖いよ」
 でもまあ、優しくされるのは嬉しいことだから、単純に喜んでおけば良いかと鳳明は思い直す。
「そうだ。今日は何だか2人とも仲良いみたいだし、美味しいものでも食べて帰ろか!」
 名案、とばかりに鳳明は提案すると、何を食べようかと思いめぐらせ始めた。
 
 
 一緒に美味しいものを食べて、美味しいと言い合える。
 一緒に歩いて、同じものを見られる。
 過去がどうであれ、未来がどうであれ、今この時の幸せが大切なものであるのに変わりはない。
 あの過去はこの現在に続き、この現在からあの未来は続いているのだから。