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ダークサイズ「蒼空の城ラピュマル」計画・前編

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ダークサイズ「蒼空の城ラピュマル」計画・前編

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2 カリペロニア出発

 大総統の館を離れ、旅の出発の待ち合わせである島の北西の端、カリペロニア放送局の電波塔へと向かう。
わいわいと歩くメンバーの後姿を見ながら、密かに神楽坂 翡翠(かぐらざか・ひすい)山南 桂(やまなみ・けい)は、不安が的中しそうな複雑な顔をしている。

「向日葵さんにテレビ撮影に、おまけにカナンですか……今回も一筋縄ではいかなそうですね」

 と、翡翠はダイソウの隣を歩きながら、思わずつぶやく。

「何か不安なのか?」

 ダイソウは前を向いたまま、翡翠と桂に声をかける。
 桂は端正な顔で眉を少しひそめ、

「どう考えても、すんなり旅が進むとは思えないのですが」

 と、半ば断定的に旅のトラブルを予見する。
 そんな桂の不安をモノともしないようにダイソウは胸を張る。

「心配ない。そんなことは全員が百も承知だ」
「いや、承知では困るのですが……とにかく、この長旅ではトラブルはできるだけ避けて進みたいですね」
「分かっているであろう。私のダークサイズがそんなに無事に進めるわけがない」
「いや、そこに自信を持たれても困るのですが……」
「ところで二人とも、ずいぶんと荷物が少ないようだが、そんな軽装で大丈夫か?」

 ダイソウにそう聞かれて、翡翠は覚悟を決めた瞳を彼に向ける。

「大丈夫です、問題ありません。というか、これは旅です。旅行ではありません。しかもエリュシオンはパラミタ大陸の反対側。陸路では1カ月前後かかるのではないでしょうか。食料の現地調達、キャンプは基本となるでしょう。となると、荷物は必要最小限にすべきです」

 翡翠の旅への考え方は正論である。ダイソウもなるほど、という顔をして、

「そうか。しかし心配いらぬ。お前も長くダークサイズにいる者だ。幹部達の底力を甘く見るでない」
「それはどういうことです?」
「ダークサイズが本気を出せば、はじめてのおつかいもこのようになるのだ」
「お、おお……」

 翡翠と桂は思わず感心の声を漏らす。
 ダイソウが指をさした先には、すでにカリペロニア電波塔のふもとに集まった、エリュシオンへの旅の参加者達が集まっている。
 長旅を予想して皆思い思いの準備を整えて。

 馬車、食料、ペンギン、キャンプ用品、ペンギン、車、ペンギン、ペンギン、ペンギン……

「ペンギンばっかりじゃないか!」

 ダイソウ、翡翠、桂。三人そろってこの景色にツッコミを入れる。
 この数百に及ぶペンギンたちを連れてきた犯人は、彼らにはすぐ分かる。

「円よ。一体これは何だ」

 ダイソウはすぐさま桐生 円(きりゅう・まどか)を呼びつける。

「だって……だって仕方ないじゃないか。そりゃあ、置いていかなきゃいけないって思ったよ。でもボクにそんなことできるわけがないじゃないか! ほら、この瞳に見つめられてごらんよ。もうどうにも気持ちを抑えきれないよ」

 よほど迷ったのだろう。ダイソウに置いていけと叱られる前に、円はまくしたてる。

「これでも旅に役立つペンギンを選抜したんだよ! モンスターもいるだろうから戦力になる子を中心にね。ボクだって全員は連れていけないことくらい分かってるよ!」
「これで全部ではないのか……円よ、こっそりペンギンの数を増やしておったな?」
「(どきっ)だ、大丈夫だよ。管理と調教はばっちりだし、ほら、自分の食べ物や荷物はそれぞれリュックを背負わせてるよ」

 なるほど、円の連れてきた約300のペンギン達は、各々リュックを背負って整然と待機している。

「それにモンスターや盗賊対策に、武器も持たせてる」

 円がピッと笛を吹くと、ペンギン達はリュックから武器を抜き放つ。

「……ただのでかいおでんではないか」
「ふふふ、甘いね。あのアッツアツのおでんでぺちぺちされたら、やけどと精神的ダメージは甚大だよ。あのソードの名前は『オデン』。オーディンじゃないよ」
「なるほど。オディンか」
「それだと訛ってるみたいだよ……」

 また円が笛を吹き、ペンギン達は武器をしまう。
 それを見ながら、ダイソウは首をかしげる。

「しかし、オディンを持っていないペンギンも大量にいるではないか。あれは何なのだ?」

 『オディン』の響きが気に入ったダイソウは、ペンギンの武器名を言いなおさずに、円の管理外と思われるペンギン達の存在を指摘する。
 見ると、リュックを背負っていないパラミタペンギンたちのあごを撫でながらニコニコしている、隻眼の女性が一人。
 数で言うと、今回の旅の一行のほとんどをペンギンが占めているという不可思議なパーティ構成。その原因を作っていたのは円以外にもう一人、水心子 緋雨(すいしんし・ひさめ)である。
 そんな彼女に声をかけてくる天津 麻羅(あまつ・まら)

「緋雨、ダイソウトウが来たようじゃぞ」
「本当だ。初めまして、ダイソウトウさん」

 緋雨は長く美しい髪をサラリと流しながらダイソウに寄っていく。

「お前か。ペンギン達を連れてきたのは」
「うん、そうよ」
「この旅に何故ペンギンを?」

 というダイソウの問いに、緋雨は、

「何故っていうか、仕様だから」

 と、ペンギンありきの答え。
 麻羅はすかさず緋雨を叱る。

「緋雨、そんな理由はないじゃろう。この者はリーダーなのじゃぞ。説明をせぬか」
「仕様か。ならば仕方がない」
「納得しおった!」
「そんなことよりダイソウトウさん、ラピュマルも楽しみなんだけど、その移動要塞獲得の暁には、私の工房を建てさせてほしいの」

 緋雨はここぞとばかりに自分の目的をダイソウに告げる。
 麻羅がさらに補足して言う。

「ダイソウトウ、こう見えても緋雨は鍛冶師なのじゃ。まだまだ腕は未熟じゃが、修行に打ち込める環境づくりに、場所を提供してほしいのじゃ」

 このカリペロニアに間借りするのは構わない、しかしダイソウは条件を一つあるという。

「カリペロニアに居を構えるのならば、お前達はダークサイズに入る覚悟があるということだな?」

 それを聞いて麻羅は腕を組む。

「そうなのか? それは知らなんだ。修行のためとはいえ、悪の組織に身を委ねるのは……」
「うん、入るわ」
「そうじゃ、入る、え、入るのか緋雨? よいのか? そんな軽々しく入ってしまって?」
「ダークサイズ加入の上納品として、今日の麻羅には体操服で過ごさせるわ」
「何故じゃ! わしのコスプレ姿が上納品とはどういうことじゃ! そもそも上納品など要求されてないのに」
「大丈夫よ。明日は可愛いミニスカートを用意してるから」
「そういう問題ではない!」
「これでダークサイズに入れてくれる? ダイソウトウさん」
「ふむ、まあ好きにするがいい」
「全然食いついて来ないではないか! わしのコスプレに興味がないようじゃぞ」
「大丈夫よ。それはそれで私が楽しむわ」
「結局緋雨のためだけではないか!」
「いいからいいから、はい。今日もお着替えしましょうねー」
「緋雨のためだけではないかー!」

 と、麻羅はツッコミながら今日も緋雨にコスチュームを着せられる。

「ダイソウトウ閣下! ようやくいらっしゃいましたな! こちらは準備万端でありますぞ!」

 そこにキビキビと歩いてくる、相沢 洋(あいざわ・ひろし)乃木坂 みと(のぎさか・みと)
 彼らが今回使う移動手段は、トナカイとそれに曳かせたソリ。
 洋は嬉しそうにラピュマルについて語りはじめる。

「浮遊要塞計画とは素晴らしいものですな。それ以前に、ここまでのスピードで組織の確立に成功する例は非常に稀であります。この際国家として独立宣言をなさってはいかがかな? 移動要塞があれば、カナン問題や、エリュシオンとシャンバラの関係修復に力を注ぐごともできますぞ」
「それではまるで中立国家ではないか。ダークサイズはパラミタ大陸征服を目指す、悪の秘密結社である」

 ダイソウはあくまで自分の夢がぶれないように、洋に注意する。するとみとが、

「閣下。今の時代、征服にも様々な形がありますわ。中立と観光で立国をなさって、ダークサイズが世界になくてはならない存在になる。唯一無比となることも、それは征服の成功と言えますわよ?」

 と、前衛的な理論を展開する。

「ふむ。武力だけが覇の道ではないということか」
「左様ですわ。中立とは自分の手を汚さず周りを動かすことと考えることができますし」
「自分の手を汚さず……なるほど、ある意味そっちのほうが巨悪な感じがするな」
「むっ、みと! 戦闘警戒!」

 みとのロジックにダイソウが興味を持ち始めたところで、洋はダイソウの後ろでレポートの仕事に取り掛かっている向日葵を見咎める。

「サンフラワー一味め、また我々を邪魔しに来たのだな! おい、カメラを止めろ!」
「あっ、こら邪魔しないでよ!」

 洋は素早く歩を進め、カレンのカメラを押さえる。

「貴様! 誰の許可を得て撮影しているのだ!」

 洋がたたみかけるように向日葵を責めるが、彼女も仕事はきっちりこなしたいプロである。

「スポンサーとダイソウトウに決まってるじゃん」
「何いっ!……ならOKだ!」
「洋さま……カメラマンも音声もダークサイズですし、超人はっちゃんさまと大幹部さまも一緒ですわよ」
「わ、分かっておったわ! 一応確認までにだな」
「今のはキレ損でしたわね……」
「う、うるさいぞみと!」

 みとの指摘に、洋は照れ隠しに彼女を叱る。

「みなさんこんにちは、秋野向日葵です! 今回はかのダークサイズはじめてのおつかいドキュメンタリーですよ!」

 さすが空京放送局の特派員。頭を切り替えて明るくカレンのカメラに向かってしゃべる。

『ダイソウトウにインタビュー』

 と、菫がカンペを出し、向日葵はしぶしぶダイソウにマイクを向ける。

「では、出発前に一言お願いします」
「うむ。私はダークサイズの大総統、ダイソ、何をしておる」

 ダイソウがしゃべり始めるのを見計らったかのように、何故か彼の後ろ髪を引っ張って、何本か抜いている六鶯 鼎(ろくおう・かなめ)

「ああ、気にしないでください。髪の毛を何本かもらってるだけですから」
「気になるに決まっているではないか」
「マ・メール・ロアについて調べたいだけですから」
「マ・メール・ロアと私の髪と何の関係があるのだ」
「いや、マ・メール・ロアを調べたいので、旅についていくと言っているんです」
「そんなことは聞いてないぞ」
「ああ、これはキミの遺伝子情報を調べたいだけです」
「何が目的なのだ」
「ちょっとだけ肌の角質ももらいますね。どうぞ、続けてください」

 鼎はイマイチ噛み合わない会話をしながら、セロハンテープでダイソウの頬をぺたぺたする。
 ダイソウはそれをされながら、

「我々ダークサイズは、エリュシオンにて、浮遊要塞を手に入れるという前人未到の挑戦に旅立つ」
「ほうほう」
「考えてみれば、パラミタ大陸横断も、なかなか人が挑戦しないことだ」
「そうですね! 確かにそうですね!」
「うむ。それが成功すれば、ダークサイズの名前も」
「また有名になれますねっ」
「ん、そうだ。そしてこの困難を乗り越えることによって」
「乗り越えられますとも」
「ん、幹部達はまた成長を遂げ、パラミタ大陸征服に」
「また一歩近づきますねえ!」
「ん……今度は何だ」

 ダイソウのコメントに相槌を打っていたのは向日葵でも鼎でも、カレンでもない。
 見るとダイソウの隣には、いつの間にか茅野瀬 衿栖(ちのせ・えりす)が、腕を組んでうんうんと頷いている。
 衿栖のすぐ後ろでは、茅野瀬 朱里(ちのせ・あかり)が不安そうな顔で様子を見ている。

(なんで? 何でダークサイズなの衿栖? いっつもややこしいトラブル抱えてるって、噂で充分知ってるじゃん……)
「私のインタビューを邪魔するとは、お前は何者だ」

 衿栖にそのつもりはないが、しゃべるのを遮られてちょっと不機嫌になるダイソウ。

「私は茅野瀬衿栖。通りすがりの人形師です!」

 と、番組収録中にも関わらず、自分の売り込みにかかる衿栖。彼女の指先からは細いワイヤーが延び、それが隣に立つ大きな人形と繋がっている。
 衿栖は華麗に糸を繰って、人形に持たせた武器を振りポーズを決める。

「何でもよいが、話は後で聞こう」
「あ、いや、本体はこっちです」

 見事な出来栄えと滑らかな動きの衿栖の人形。ダイソウは、間違えて人形に向かって文句を言っている。
 朱里は衿栖を後ろに引っ張り、

「ほらー、何か怒られてるじゃん」
「ん〜、タイミング悪かったですねぇ。それとなくプレゼンして、スカウト待ちなのですが……よし、大陸に渡ってからが勝負ですっ!」

 と、衿栖は一旦身を引いて、売り込みに緩急をつけることにする。