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第37章 若葉分校のパラ実生

「ヒャッハァ〜! 今日は剣の花嫁のトップを狙う事にした花音にご褒美だァ〜」
「ご褒美は涼司様からいただければ、十分です」
 南 鮪(みなみ・まぐろ)の誘いに、花音・アームルート(かのん・あーむるーと)はそっけない態度を示した。
 それでも強引に……半ば拉致るかのように連れ出した鮪に対して、花音は抵抗はしなかった。
「ヒャッハァー! さあ、一日楽しむぜェ〜!」
 例えバレンタインであっても、男からオンナへは愛をくれてやらなえればならないという、鮪的思考で花音を馴染みの場所へと連れて行く。
 訪れたのは、キマクの外れ、サルヴィン側の近くにある若葉分校の辺りだった。
「おー! 書記の南鮪じゃねェか。分校に顔出すのは久しぶりだな」
 舎弟を連れてホールに向かおうとした分校番長の吉永 竜司(よしなが・りゅうじ)が鮪に気が付いた。
「何だァ、女連れか。オレも優子と2人きりで会う事も考えたんだけどよォ、オレ達だけで楽しむわけにもいかないだろ? 今年もホールでパーティやるぜィ、てめぇも来い」
「パーティか……腹ごしらえしていくか、花音」
 鮪はバイクを走らせて、ホールへと近づく。
「んん? お〜い、お〜〜〜い」
 ホールの前で、小さなハーフフェアリーの少女が鮪に向かって手をぶんぶん振り始めた。
「イリィか」
 鮪がバイクを止めると、その少女――イリィ・パディストン(いりぃ・ぱでぃすとん)はぱたぱた走り寄ってくる。
「とうぞぉ。どうぞ〜」
 そして、鮪と花音にチョコレートを渡す。
「まァここにいりゃあ危険はねぇと思うが、はしゃぎ過ぎたりすんなよ。怪我でもしたら大変だ」
 鮪がイリィを真剣に気遣う。
 ……恐れている人物からの預かり物だという認識だからだが、知らない人が見たのなら幼子を心配する心優しいお兄さんに見えなくもない。
「おお、いいところに来た。確かこのホールの設計と建築に携わったの、お前達だよな?」
 そう声をかけてきたのは、分校生の国頭 武尊(くにがみ・たける)だ。
「そうだぜ、ヒャッハー!」
「そのセンスで、女の子達が喜ぶ飾り付けを頼む! もうすぐ神楽崎が百合園生と一緒に到着するはずなんだ」
 と言っている最中に、馬車の音が響いてホールへと近づいてくる。
(ゆ、ユウコさ……)
 鮪はごくりと唾を飲み込んだ。
 止まった馬車の中から、分校と関わりのある百合園生と、鮪が苦手とする相手、神楽崎優子が降りてきた。
「あの人は……」
 花音が優子に目を止める。
 優子も、花音の方に目を向け、それから鮪に目を止めた。
「せいと会の人ぉ? しょきするぅ?」
 イリィが首を傾げて鮪に尋ねる。
「い、いや。番長と総長の出獲斗を邪魔しちゃいけねェな! 行くぜ花音」
 鮪はバイクをUタウンさせて、「ヒャッハー」と声を上げながら、川の方へと向かっていく――。
「は〜い、これあげるぅ」
 イリィは鮪を追わず、優子達の方に歩いていきチョコレートを差し出していく。
「ありがとう」
 受け取って、優子はイリィの頭を撫でた。
「あげるぅ」
 イリィはニコニコ笑みを浮かべながら、百合園生や、分校生にもチョコレートを配っていく。
「あっちの人にも配るぅ?」
 そして、遠くに見える農家の人達の方を指差して、竜司に尋ねた。
「おう、行ってこい。ついでにパーティに誘ってくれよなァ。カラオケタイムが終わったら来るって話だったけどよォ、せっかくのメインイベントに参加できねェのは残念だろうからなァ。早く仕事終わらせろって、言っておいてくれよォ」
「うん。パーティ〜。呼ぶぅ」
 イリィはとことこ、とろとろ農家の人達の方に歩いていった。
 その後、イリィは某騒音の被害に遭ったらかわいそうだと、農家の人達に保護されたという。

 ホールには、竜司の呼びかけに応じた分校生達が持ち寄った菓子が並べられている。
 飾り付けも、竜司を慕う不良中心の分校生が行ったため、去年とは随分違った会場になっていた。
 総長の優子と同行者は窓際の奥の席について、持ってきたお土産を取り出しているところだ。
「さあ、一緒歌おうぜェ!」
「え、ええっ!? 俺は遠慮したいんすけどぉー」
「遠慮なんて、必要ないぜェー!」
 土産に期待満々な分校生の首に手を回して、竜司は室内に作った特設ステージに引っ張っていく。
「バレンタインリサイタル、開始だ〜!」
 そして、竜司はマイクを手に、カラオケを始める。
「うぉれはー、ぶぁれんだいんでぇーソロじゃぁぁぁ! ぶぁれんたいんでぇーそろじゃー!」
「ええっと、アニソンの『バレンタインデー戦士』を歌ってるっす。バレンタインデーに一人で寂しいとかそういう歌じゃないっすよ!」
 竜司の美声に驚き顔の百合園生達に、舎弟のパラ実生が解説をする。
「そ、そうか……」
 この歌声。耳にしたことはあったのだが、彼が歌っている時に傍にいたことがなかったため、優子は初めて彼の歌を聞いたと言ってもいい。
 考えて考えた出てきた褒め言葉は「豪快だな」の一言で、その後に。
「カラオケ大会を開く時には、農家の方や近隣住民の許可もとるようにな……。マイクのボリュームにも十分注意を払ってほしい。と、生徒会に伝えておいてくれ」
 そう言葉を続けた。凄い真面目な顔で。
「さいきょーの、ぶぁれんだいんでぇーソロじゃぁーーー! ぶぁれんたいんどえーへんし!」
 竜司の歌声に、窓ガラスがびりびり震える。
「番長、最恐ー!」
「超かっこいいぜ〜!」
 そんな中でも、笑いながら支持する者もいて。
「次はオレ、オレに歌わせろー」
「誰かデュエットしねぇ? せっかくだからラブソング歌おうぜー」
 総合的には楽しそうだ。
 優子の顔も真顔から苦笑に、そして微笑みに変わっていく。

 ホールには分校生達が持ち寄ったお菓子だけではなく、喫茶店を開いている農家による手作り料理も提供された。
 こちらは武尊の依頼であり、彼の負担で行われた。
 喫茶店を壊してしまったこともあるからと、多めに包まれた金を農家の人々はありがたく受け取ったという。
「素材の美味しさを感じる料理だったよ、ご馳走様。メニューもキミの提案?」
 優子のその言葉に武尊は首を左右に振った。
「そういうのには、オレは疎いからな。けど、喜んでもらえてよかった」
 それから、武尊は話したいことがあると、優子を外へと連れ出した。

「こんな日に話すことじゃないんだが、次に話せる機会が有るか分からないので、今日話しておくよ」
 ホールの裏で。寂しげな微笑みを見せて、武尊は優子に語り始める。
「この前、空京大学病院のドクター梅の診察を受けてきたんだが、匙を投げられたよ……。既に末期と言われていたから、ある程度覚悟していたんだがな」
 武尊の言葉に、優子の眉がピクリと揺れた。
「ドクター梅も「医者としてはどこまで病気が進むのか見ておきたい」って言っていた」
 目を伏せて、武尊は言葉を続ける。
「つまり、完治はあり得ないってことさ」
「国頭……」
 優子は武尊の名前を呼んだだけで、言葉を詰まらせていた。
 この告白が、彼女に深い衝撃を与えるだろうことは、解っていたけれど……武尊は言わずにはいられなかった。
 切なげで悔しげに、真剣な表情で自分を見つめている優子に、武尊はまた微笑みかけて穏やかな声で話していく。
「何時だったか、君に欲しい物を問われた時、オレはパンジーなんて答えてしまったが、本当は違うんだ」
「……」
「オレが本当に欲しい物。それは君のパン……………………」
 武尊もそこで少し言葉を詰まらせて、軽く息をついてから続ける。
「ケーキ。そう、パンケーキ。君の手作りのパンケーキが食べたいんだ」
「パン……ケーキ?」
 優子の言葉に、武尊は首を縦に振る。
「今すぐにとは言わないが、機会があったら作って欲しい。それがオレの君への最初で最後の頼みになるかもしれないからな」
「最後、とか言うな」
 すぐに、優子が言葉を返した。
「パンケーキなら、材料さえあれば何時でも作れる。送ってもいいが、ヴァイシャリーに立ち寄った時に、私の部屋に食べに来てくれても構わない。出来たての方が美味しいし……。私達はまだ、じっくり会話をしたことがない。離宮のことも、その後のことも、キミには本当に感謝してるんだ。パンケーキくらいで返せるものではない。だから、最後などとは言うな」
「……わかった」
 優子の真剣な言葉に、武尊も真剣な目で答える。
「治ることがなくても、君の力になれるよう……努力はする」
 そう言いながらも、武尊の右手が小刻みに震えてしまう。
 発作を止めるために、武尊は手を握りしめて、身体に力を入れて歯を食いしばった。
「無理はするな……戻ろう」
 優子が腕を武尊の肩に回して、彼を支えようとする。
「大丈夫だ。君が傍にいる時は、自我を保っていられるようだ」
「……しっかりしろ、国頭。私にできることなら、何でもするから。よかったら病名を教えてくれないか? 日本の医者を当たってみるから」
「すまない。それだけは……言えないんだ。聞かないでくれ、頼む」
 苦しげに言う武尊に、愁いをたたえた顔で優子は「わかった」と言った。
 そして彼を支えて、一旦ホールへと戻った。

 パーティ終了後。
 優子は主催者で番長の竜司を喫茶店へと連れ出した。
(やっぱ、2人きりで会いたかったのかァ。優子には総長って立場があるし、舎弟も楽しませてやりたかったしなァ。……けど、す、少しはサービスしてやるべきかァ)
 竜司は心臓をどくんどくんさせながら、優子と一緒に喫茶店の中に入る。
 使われていない客席で2人きりになった。といっても、片付けをしている分校生や農家の人々の出入りはある。
 優子は何か大きな袋を提げていた。
「なんだァ? 今日はやけに積極的じゃねェか、グヘヘヘ……」
 そうか、チョコか。呼び出して特大チョコとは、さすがオレの女、可愛いところがあるぜ、と、竜司は妄想を膨らませていく。
 分校生宛てには、優子を含めた百合園生からの、チョコレートの詰め合わせをすでに受け取っており、竜司が歌っている間に舎弟達が完食していた。
 でも、竜司の手元には空になった箱だけ残っているので、特に問題はない。妄想で全て補える。
「……吉永は国頭の病気のこと……知っているのか?」
「病気?」
「いや、何でもない」
 優子は軽く苦笑しながら、袋の中のものを取り出していく。
 それは――花だった。
「今日、贈るのはどうかと思ったんだけど……好きだって聞いていたから、持ってきたんだ。けど、私は何も知らなくて……。危うく、病人に根草を渡してしまうところだった」
 黄色と、白のパンジーだ。それから、パンジーの種も。
 優子はまず、黄色のパンジーと種を竜司へと差し出す。
「分校に飾っておいてくれ。種は、分校の花壇によかったら蒔いてほしい。今は時期じゃないけど」
「おぅ」
 これとイケメンの自分を観に、女の子達が押し寄せたら困るぜ……などと思いながら、竜司はそれを受け取った。
「こっちは、キミ個人に。闇の組織との戦い。それから、あの苦境――旧王都の防衛の時に、力を貸してくれたことにとても感謝してる。……それ以上、他意はないけれど、受け取ってほしい」
「んん?」
 竜司は花を眺めまわしてみるが、それは普通に本物の花だった。チョコレートではない。
 照れてチョコレートを用意できなかったんだろうなァと、理解し、竜司は花を受け取ってあげることにした。
「……それじゃ、皆が待っているから帰らせてもらう。今日は本当にありがとう。また何かあったら連絡してくれ」
 優子は軽く頭を下げて、竜司に礼を言った。
「また来いよォ! で、今度はアレナも連れて来いよ。あいつもオレたち分校の仲間だしな」
 そう竜司が言うと、優子は目を細めて微笑んで首を縦に振った。

 パンジーはバレンタインの花と言われている。
 愛の象徴として、バレンタインに愛しい人に贈られる花。
 この花がバレンタインに分校に届けられたのは、運命だったのかもしれない。
 ……重病を抱えている(病名:パンツ依存症)武尊は辞退することで、運命に逆らったのかもしれない!

○     ○     ○


 鮪は1日花音を連れまわしていた。
 若葉分校周辺では、鮪は結構慕われているようであり。
 分校の生徒会では書記を担っているそうで(本人自覚なし)、小さな女の子にも優しかった。
 周辺の農家の人々とも、親しげに会話をしており、採れたての野菜をプレゼントしてくれる人もいた。
 花音は不思議な気分になりながら、ジュースを飲んでいる鮪を見ていた。
「ん? どうかしたかァ? 花音は最近、無茶しすぎだぜェ、身体大丈夫か?」
「はい……。平気です。涼司様の為……私は、剣の花嫁のリーダー……」
「シャンバラだけと言わずに全パラミタの剣の花嫁のリーダーになるつもりでいこうぜェ〜。天下取りの協力なら幾らでもしてやるぜ」
 こくりと頷いた後、花音は不思議そうな顔で鮪に問いかける。
「心配してくれたり、なんであたしに……そんなに優しくしてくれるん、ですか? あなたを捨てて、涼司様になびいた女なんですよ」
「ヒャッハァー! この南鮪の愛は巨大だからなァ〜!」
 言って、鮪は何故かイコンプラモデルを花音にプレゼント。
「……また、プレゼントですか。これまでもいくつも贈ってもらっていて……こんなことされたらあたし、あたし……」
 花音が頭を左右に振る。
 ピキ……ッと、小さな音がした。
 そして、彼女の耳から、小さな壊れた機械が零れ落ちる。
 鮪はそんな小さなこと、気にも留めないし。
 花音はそれどころではなく、感極まり鮪に抱きついた。
「連れていってください……。バレンタインの今日、あたしは鮪さんのものです」
「ヒャッハァー! 天下を取るぜェ〜、花音!」
 鮪は花音を抱き上げると、自分の前に乗せて、バイクを街へと走らせた――。

○     ○     ○


 精密機械の前に、一人のポータラカ人がいた。
(剣の花嫁の宿命を脱するとは……)
 もう、機械には何の反応もない。
(この世には我々の技術を超越する物があるのだな)
「……愛、か」
 そう呟いた後、去っていく。