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第32章 恋なんて

 バレンタイン……この時期には、やはりそういうカップルが多いのだろうと、女子のぞき部部長として秋葉 つかさ(あきば・つかさ)は、フェスティバル中の空京に覗きに来ていた。
「女同士でも、結構楽しめたわよね」
 つかさに誘われて訪れた加能 シズル(かのう・しずる)は、屋台で購入したリンゴ飴を舐めながら、楽しげに微笑みを浮かべていた。
 つかさとしては、一緒にイチャイチャする人を覗くつもりだったけれど、シズルの方は、飾り付けや、露店やショーウィンドーに並ぶ、アクセサリー、お菓子類を楽しく見て回れたようだ。
「でも……つかささん、今日は元気ないわよね」
 シズルが少し心配気な目を向けてきた。
「公園のカップルを覗いてから、特に」
「……知り合いがいましたので」
 イチャついているカップルを覗くために立ち寄った公園で、つかさは見てしまったのだ。
 自分が恋心を抱いていた相手が、恋人と一緒にいるところを。
 その人物は、恋人を親友に紹介しているところだった。
(私など元々必要なかったのです)
 3人の姿を思い浮かべて、つかさはそう認識していく。
「全く皆様幸せそうなことで……あまりのぞいているのもヤボというものですね」
 つかさはふうと、ため息をついた。
 そして、自分を心配そうに見ているシズルに目を向けた。
「シズル様行きましょうか こんなことにつき合わせてしまってごめんなさいね」
「ううん、楽しめたしいいのよ。覗きはともかくとして!」
 くすりと、シズルは笑みを浮かべた。
「そうそう、シズル様に刀を模したチョコレートのプレゼントです」
 つかさは鞄の中からチョコレートを取り出して、シズルに差し出した。
「え……」
 驚くシズルに、つかさは魅惑的に微笑んでみせる。
「あら? 私の体の方が良かったですか?」
「!! もうっ、何をいってるのよ」
 シズルはちょっと赤くなりながら、チョコレートを受け取る。
「ふふっ冗談ですよ、それでは私は先に行きますね。今日は楽しかったですよ」
 そう言って、つかさは日の暮れた街を、繁華街の方に向かって歩き出す。
「気を付けて。早く帰るのよ」
 シズルの心配そうな声が響いてきた。
 振り返って、つかさは深く頭を下げた。
 そして、明るい夜の街へと、消えていく。

(……全く……未練がましいものですね……今まで独りで生きてきたじゃないですか)
 何か用事があったわけではないけれど、つかさの足は、明るい道へと進んでいた。
(そう……大丈夫……)
 立ち止まって、目を閉じて、心を落ち着かせようとする。
 パートナーもいる。覗き仲間、遊び仲間もいる。護るべき人もいる。
 だけれど、つかさの心は孤独だった。皆への自分の必要性を感じていなかった。
 少しの笑みも浮かべず、暗い顔で明るい道を歩いていたつかさは……。
 公園で見かけた3人のうちの1人を、見つけた。
「あれは……ミルミ様?」
 小太りの男に手を引かれて、居酒屋に向かうところだった。
「ミルミ様、どうなされました? ミルミ様は、こちらの店に入るには、少々早いような気がいたしますが」
 違和感を感じて、つかさは駆け寄って声をかける。
「え……。あ……見つかっちゃった。ごめんね。またね!」
「あ、ちょっと待てっ!」
 突如、ミルミ・ルリマーレン(みるみ・るりまーれん)は男の手を振りほどくと、路地へと駆けて行った。
「私が追いますから。あの方は、ああ見えましても、契約者なのですよ」
 つかさは舌打ちをする男にそう話すと、ミルミの後を急いで追いかけた。

「ごめん、ごめんね……学校とかに、言わないで」
 袋小路で、ミルミは息を切らしながら、追いついたつかさにそう言った。
「どうしたのですか……アルコリア様達と、遊んでいたのでは?」
 つかさの言葉に、ミルミは首を左右に振った。
「今日は……ちょっと無理」
 言葉を詰まらせてそう言うミルミは、泣き出しそうに見えた。……というより、少し前まで泣いていたかのように、目が赤かった。
「でも、どうしてあのような方と? 知り合いのようではなさそうでしたけれど」
 ナンパしてきた男に見えた。
 つかさならば、時間があればふつうに応じるところだけれど、ミルミはまだ精神的に幼くもあり、そういう子には見えなかった。
「……ミルミのこと、一番可愛いっていってたから。一番好きになりそうって、言ってたから……。ほ、ほらっ、皆チョコ選んだり楽しそうだし、ミルミも恋人欲しくなって……声かけてくれたあの人と、ちょっとお話ししてみようと思ったの。それだけだよ!」
 そう言ったミルミの目から、涙がぽたりと落ちた。
「……それじゃ、ミルミ帰るね。ミルミがここにいたこととか、秘密にしておいてくれたら、ヴァイシャリーでいっぱいお礼するからね」
 ミルミは光の翼を広げると、空へと飛んで行った。
 飛行手段のないつかさは、「気を付けてお帰り下さいませ」とだけ言って、彼女の光が見えなくなるまで、その場で見送っていた。
「ミルミ様は、恋をしたいのでしょうか……。私は、そう」
 つかさは再び、夜の街へと足を向けた。
「恋なんて……気のせい」
 そう、呟きながら。