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リアクション
12
『陽太、私のこと、覚えておいてね』。
夏の終わりの夜。
御神楽 環菜(みかぐら・かんな)が言った言葉が、今も影野 陽太(かげの・ようた)の胸の奥深くに刻み付けられている。
あの後で環菜は『居なくなって』しまい、陽太は環菜との再会だけを願って疾走した。
そして、有り余る僥倖を得て環菜を地上に取り戻すことができた。抱きしめることもできた。
幸せだと、心から思う。
この幸福をくれた全てのものに感謝を。
そう、素直な気持ちで思えるくらいに澄んだ想い。
それでもまだ、と思うのは、欲深だろうか。
いや、違う。
――俺は、俺が幸せになりたいんじゃなくて。
――環菜を、幸せにしたいんだ。
だから、というわけではないけれど。
幸せへの足がかりとして、
「愛しています環菜。絶対に貴女を幸せにします。俺と結婚してください!」
婚約指輪を環菜に贈った。
「陽太……」
環菜の目が陽太を見つめる。視線が指輪に移った。受け取っていいのか、悩んでいるのだろうか。指輪をその手のひらに包み込みはしない。
「俺は環菜と手を繋いで、二人で人生を歩み続けたいって想っています。貴女を、世界中の誰よりも幸せにしたい」
「世界中の、誰よりも?」
「はい。誰よりも」
「それは無理ね」
「えっ……」
「だって私と結婚したら、それだけで陽太は『世界で一番幸せ』って思うんじゃないかしら」
想像してみた。環菜と結婚した自分を。
ウェディングドレス姿に見惚れたり、新婚旅行先で笑い合ったり。
何気ない日常にはいつも環菜が隣に居るのだろう。
それは、確かに。
「……世界で一番、幸せになっちゃうかもしれないです」
「でしょう? ……でも、二番目でいいわ、私。陽太が一番幸せなら、私も幸せだもの」
「……環菜、それって」
環菜が、指輪を握り締めた。愛しそうに、嬉しそうに。
「不束者ですが、よろしくお願いします。……こんな感じでいいのかしら、求婚へのお返事は」
陽太は思わず、環菜を抱き締めた。
甘い香りと柔らかな体温。あやすようにぽんぽんと背中を撫でる環菜の手の感触。
「幸せです」
「今から?」
「貴女と一緒なら、いつだって」
結婚式を挙げることが決まってから、エリシア・ボック(えりしあ・ぼっく)は様々なことに追われていた。
ごく親しい身内だけで行う結婚式も良いと思ったが、結婚式の主役である花嫁が環菜なのだ。結婚するという重要なこと。伝えなければいけない相手は多いはずだ。
なので、環菜に招待客の規模に関する希望を聞いて、それに応じたスケールで招待状を発送し、相応の会場を確保して……と。
陽太や風祭 優斗(かざまつり・ゆうと)と協力分担していたとはいえ、中々に大変な作業であった。根回しを活用できたからいくらか負担は減ったけれど。
また、花嫁もそうだが招待客も大物揃い。式場の警備体制も管理しなければならず、特技『要人警護』を駆使して式場を見回っていた。
ちらり、腕時計を見る。
そろそろ式が始まる時間だろう。
陽太は緊張しているだろうか。
環菜はどんな想いで陽太の横に立つのだろうか。
幸せになってほしい。
そう願いながら、エリシアは会場の警備に向かった。
風祭 隼人(かざまつり・はやと)は、ルミーナ・レバレッジ(るみーな・ればれっじ)と並んで席に座っていた。
「カンナ様……綺麗ですね」
「本当に。それに嬉しそうな顔……」
バージンロードを歩く環菜を見て、それぞれに呟く。
個人的には。
隼人は、ルミーナと式を挙げたかった。模擬結婚式のサービスも展開していたから。
だけど、隼人とルミーナは恋人同士ではない。
――友人同士でもどうぞってあったけどさ。
なんとなく、今は違うと思った。
だから今回は、ルミーナと並んで陽太と環菜の幸せな姿を一緒に見届けることにしたのだ。
けれどこうして見ていると。
「幸せそうですね」
羨望に似た気持ちが、沸いてきてしまう。
「そうですね」
ルミーナの頷く声に、じっと彼女を見た。
「? どうかなさいましたか?」
「ルミーナさん……あの、いつか俺も、ルミーナさんと」
結婚式を挙げられたら、と思っています。
言葉が上手く続かなかった。深呼吸して間を作る。
「隼人さん?」
「……大好きです、ルミーナさん。俺、本気でルミーナさんを幸せにするつもりでいます。……ので。よろしく」
ぽ、と、ルミーナの頬が赤くなった、ように見えた。
照れ隠しに一度笑って、後は式に集中することにした。
新郎新婦の誓いの言葉が終わり、指輪交換が進み。
誓いの口付けが交わされて、陽太は改めて環菜に言った。
「ありがとう」
「どうしたの、突然」
「なんとなく、ただ言いたくなって言っただけ」
おかしな陽太。
環菜が笑う。
楽しそうに笑う。
こうやって無邪気に笑う彼女を見て、愛しいと思う。幸せだと思う。
ありがとう。
出会えたことに。
目標をくれたことに。
言葉をかけてくれたことに。
気に留めてくれたことに。
ナラカで再会できたことに。
頼ってくれたことに。
そしてなによりも、今この世界で生きて、自分の隣に立ってくれていることに。
「それと、これからもよろしくお願いします」
「こちらこそ。……料理、頑張らなくちゃね」
ぽそりと聞こえた呟きに苦笑しながら、退場。
幸せの歌を歌っていたノーン・クリスタリア(のーん・くりすたりあ)は、陽太と環菜が退場していくのを見て歌を止めた。
「おにーちゃんと環菜おねーちゃん、結婚おめでとー!!」
歌の代わりに、祝福の声を。
「御二人に『魔女の祝福』を差し上げますわ」
「わたしからも『精霊の祝福』をあげるね!」
エリシアと並んで、フラワーシャワーを行う。
フラワーシャワーの最中、環菜がブーケを投げた。誰が取ったのか、ノーンからは見えなかったけれど。
「ブーケを取った人が、次に幸せな花嫁さんになれるんだよね?」
ノーンは、エリザベート・ワルプルギス(えりざべーと・わるぷるぎす)に問いかけた。
「そうらしいですぅ。ノーンも欲しかったですかぁ?」
「うーん、わたしにはまだ早いかな。環菜おねーちゃん、綺麗だったけどっ」
「馬子にも衣装ってやつですぅ」
放つ言葉は憎まれ口だが、式の最中しっかり祝福していたことをノーンは知っている。
「来てくれてありがとね、エリザベートちゃん!」
「ただの気まぐれですぅ。礼を言われる筋合いなんてないですぅ」
隼人が陽太に声をかけに行ったので。
その隙に、アイナ・クラリアス(あいな・くらりあす)はルミーナの隣に移動した。
「ねえ、ルミーナさん」
「はい?」
「隼人のこと、どう思ってる?」
しばらく前に告白して以来、はっきりとした返事を受けないまま今日に至った。隼人も口には出さないが、そのことについて何か思うところがあるに違いないし。
余計なことだとわかってる。だから、せめて隼人に聞こえないようにと配慮して、機を見ていたのだった。
「隼人さんのことは、良いお友達だと思っています」
「お友達……」
「差し支えなければ、親友、と」
ルミーナの顔をじっと見る。質問に、真っ直ぐ答えてくれた。それがわかるような、凛とした表情。
「……そっか、お友達かー」
「はい。……あの、それが何か?」
「ううん、なんでもないんだ。なんでも。あ、環菜さんがこっちに来る。環菜さーん、結婚おめでとう!」
質問を誤魔化すようにして、アイナは環菜の傍へと駆け寄った。
*...***...*
プロポーズといえば、やはり花束だろう。
薔薇をメインにした華やかなものを手に、ラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)は砕音・アントゥルース(さいおん・あんとぅるーす)に向き合った。
「?」
きょとん、とした目で砕音がラルクを見上げる。
頭を掻いて、ラルクは視線を逸らした。これまで何度かプロポーズをしているが、やはり少し緊張する。
「どうしたんだよ?」
「あー、まぁ、なんて言うかだ……」
「?」
「砕音。何回もプロポーズしちまって軽くなっちまってる気がするが、俺はお前を幸せにしたい。共に歩んで共に笑っていたい。
だから、俺と結婚してくれねぇか? 俺はお前を愛してる」
言って、花束を手渡した。砕音の頬が赤くなるのが見てとれる。真剣な目で砕音を見つめていると、驚いた表情が照れてはにかんだものに変わった。
「ああ……今なら言える。結婚しよう、ラルク。俺もおまえと共に生きていきたい。心から愛してる」
花束を持ったまま、砕音がラルクの胸に身を預けてきた。抱きしめる。
「……いいのか?」
「もちろん。俺がややこしい立場のせいで何度もプロポーズさせて申し訳ない」
愛してる。
囁くように砕音が言った。
「これからおまえと在れると思うと、今から幸せだ」
今からこうで、どうしような? と困ったように笑うので、
「俺もだ」
とキスして笑っておいた。
砕音の願いもあって、結婚式はシャンバラ女王を崇める神殿で行うことにした。
神殿は選べる中で一番大きなところを選んだ。こちらはラルクの希望である。
とはいえ、結婚式を大々的にやるつもりはなかった。祝福されなくてもいいとすらラルクは思っていたのだが、
「意外と集まってくれたな」
神殿を見て、ラルクは呟く。
式場には少なくない数のラルクや砕音の友人たちが集まっていた。親しい友人くらいにしか声をかけなかったのだが。
「人気者だな、ラルク?」
からかうように砕音がラルクを小突きながら言った。
「人気かどうかは知らねぇが、大勢の人が参列してくれてるのは嬉しいな」
素直に笑い、入場。
モーニングコートを着た二人がバージンロードを歩く。
一見妙な光景かもしれないけれど、これが自分たちの幸せの形だ。
祭司の前に立つと、
「俺は一生砕音を愛すことを誓います」
簡潔な誓いの言葉を述べた。
「シャンバラの女神のもと、ラルクを愛すことをここに誓います」
砕音も、砕音らしい生真面目さで告げる。
誓いの言葉のあとは指輪交換だ。用意しておいた指輪を取り出す。
指輪はとびきり高いものを選んだ。なんといっても二人の絆、相応のものを選んだ結果そうなったのだ。
砕音の手を取って、薬指に嵌める。
続いて砕音がラルクの手を取り、嵌めてくれた。
「俺は今、最高に幸せだ。この日が来るのをずっと待ってたしな」
思い出が、ラルクの頭の中を駆けていく。
二人でいろいろな場所に行った。いろいろなことをした。
そして今日、ついに家族になれるのだ。
「こんな俺だがこれからもよろしくな」
砕音がこくりと頷いた。
「俺こそ、よろしく頼む。俺も……すごい幸せだよ」
嬉しそうな顔で、幸せそうな声で。
幸せが最高潮に達して、砕音の腰を引き寄せて抱きしめた。
「うわっ!?」
唐突だったからか、砕音が驚きの声を上げる。そのままぎゅっと抱きしめ続けると、砕音が身を預けてきたのを感じた。
「ラルクさん、砕音先生がつぶれちゃうよ!」
と、参列していた小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)の声に我に返って手を離す。へろへろと砕音がよろける。杖で身体を支えようとするのを遮って、もう一度、今度は優しく抱き寄せた。そのままキスをする。
長い口付けを終えて、ラルクは砕音の目を見た。うっとりとしたような顔。目。
「これからは一緒に幸せになろうな」
こつん、と額を額にぶつける。
満面の笑みで頷いた砕音の顔を、きっと一生忘れない。
「うっし! 結婚の次はハネムーンだな!! どこに行くか決めにいくか!」
「今からか?」
「思い立ったが吉日ってな。あっマイホームも用意しねぇと」
次から次へとやることが浮かんでくる。砕音が目をぱちくりさせているのを見て、ラルクは悪戯っぽく笑った。
「覚悟しろよ? 俺はやるって言ったらとことんやるからよ。もう、お前を離さないからな?」
言葉に、砕音が明るく笑う。
「ああ、とことんやってくれ。俺も離れないぞ?」
付き合ってから、二年。
ようやく迎えた結婚の日。
これまでが不幸だった分、これからはきっと幸せな未来が訪れるはずだ。
それを願い、またその通りになるように努力していこうとラルクは誓った。
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