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ジューンブライダル2021。

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ジューンブライダル2021。
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リアクション



7


 日下部社は、『846プロダクション』――略して846プロの社長兼プロデューサーである。
 846プロとはアイドル育成を手掛ける会社で、その方針は『人に必ず備わっている『個性』を活かし、その人らしさを売りにする』といったもの。
 設立から早数ヶ月が経過し、大手プロダクションとまではいかなくとも、それなりにアイドル関係の仕事が舞い込んで来るほどには成長していた。
「で、今回は846プロに結婚式用PVを作成するっちゅう仕事が来たんや。でも急な話だったんでな、肝心な846プロのアイドルたちはほとんど仕事で居ないときた」
 ならどうするか? 社が考えた末に出した結論は、
「友人たちに協力してもらってPV作ればええやん! てな♪」
「それ詐欺にならないの?」
 話を聞いていたリンスが冷静にツッコんだ。考えもしなかったことなので、社は少なからず驚く。詐欺。なってしまうのだろうか?
「普段のクオリティ保てば大丈夫なんやと思っとったわ。アカンかな? ……まぁ、PV作成のあと846プロに入ってもらえば、ウチのアイドルになるから問題ないわな」
「それはそれで出演者に対して詐欺っぽいけど。……で、まさかとは思うけど俺が呼ばれた理由って」
「出演してくれへん?」
「嫌だ」
 即答だった。コンマ一秒も開けず、即答だった。
 確かにリンスは人前に出ることを嫌う。PV作成なんてもってのほかだろう。わかる。わかるが。
「新郎役が居ないんよ〜」
 結婚式のPVなのに、新郎が居ないだなんて問題だ。
「俺のこと助けると思って、な?」
「日下部がやればいい話でしょ。俺よりよっぽど新郎らしいよ」
「いやいやいや、社長がそんな美味しいポジションで参加してもーたら『権力使ってその位置に就いた』とか『そこでそうすることが目的だった』って思われるやんか」
「心配しすぎ。そんな風に見られないよ」
「リンぷーは素直なええ子やから思わへんだけで、世間の目は厳しいんやで〜。それに何よりな……」
「やー兄はお婿さんになっちゃ駄目だよー☆」
 ひょこん、と社の後ろから日下部 千尋(くさかべ・ちひろ)が顔を出した。探して合流したのだろう、隣にはクロエの姿もある。
「ちーがこう言ってんねん。かぁいい妹の頼みは聞かんとアカンやろ?」
「妹馬鹿」
「それ褒め言葉や。な、な、頼むわ〜」
「リンぷーちゃん、新郎さんになるの? ちーちゃん見てみたい!」
 千尋も一緒になって説得(というよりは好奇心なのかもしれないが)を始めた。
「リンスさん、もう花嫁さんの選定も出来てるんだよ」
 さらに、花嫁の介添え人として協力してくれていたケイラ・ジェシータ(けいら・じぇしーた)も加勢して。
「クロエちゃんもリンぷーちゃんの花婿さん姿、見たいよね!」
「リンス、はなむこさんになるの? みたい!」
 クロエまで見たいと言い出して。
「四面楚歌ってこういう感じなのかな……」
 はぁ、と息を吐きながらリンスが言った。
 それでもまだ、うー、と唸って渋っている。ここで声をかけることはしない。下手に決断を急かそうものなら却って断られるということは、プロデューサー業を通して経験していた。
 待つことおよそ一分。
「……わかったよ」
 渋々、といった様子ではあったが頷いてくれた。
 そうと決まれば行動あるのみ。
「ほな着替えやな、行くでリンぷー!」
 社はリンスの背を押した。
「あ、話決まりました? 俺も手伝いましょうか?」
 丁度その時、ひょこん、と控え室から志位 大地(しい・だいち)が顔を出す。
 今まで姿を現さなかったのは、
「志位が花婿やればいいのに」
 とリンスに言われることを避けていたからだろう。
「いえいえ。俺にはティエルさんが居ますし、ね?」
「シュルツと二人で出ればいいじゃない」
「リンスくん、男が一度決めたことを覆すのはよくないですよ。ほら、男に二言はないとよく言うでしょう?」
 けれど、話を受けたあとならこう切り返せる。それも全てわかっていて今のタイミングで出てきたのだ。絶妙なタイミングといじわるさである。
「……志位ってさぁ、ずるいよね」
「そんなことないですよ?」
「そうそうリンぷー、男に二言はなしやで?」
「わかってるよ。今更逃げないから大丈夫だよ」
 不服そうではあったが、一度決めたことを途中で取り消さない性格をしていることはわかっていたので。
 大地と二人でにこりと笑って、衣装部屋に向かった。


*...***...*


 PVに出演する新郎新婦が着替えている間、千尋やクロエは暇なので。
「今日はたくさんの人が結婚したりするんだよ♪」
 二人並んでロビーのソファに仲良く座り、ゆるゆるとお喋りに興じていた。
 時折、結婚式に参列する人たちがロビーを横切っていく。結婚式が終わったのか、楽しそうなざわめきと共に花嫁もロビーを通過した。
「みんな幸せそうだね♪」
「ほんとう。みーんな、えがおね」
「幸せなんだよ。素敵な笑顔だよね」
 誰も彼もがおめでとうと祝福して。
 受け取った新郎新婦は、心からの笑みでありがとうと返す。
 幸せな空間が、ここだけではないそこかしこで広がっているのだと思うと、
「すっごいよね♪」
 いっそ何かの奇跡なんじゃないかというほどに。
 そして、こんな風にみんなを幸せにする結婚式というイベントのPVを任されたということは、つまり幸せになるお手伝いを任されたということで。
「やー兄は、しあわせ配達人なんだよ」
 妹として、社を尊敬する一人として、鼻が高いというか、誇らしいというか。
「やしろおにぃちゃん、いきいきしてたわ。しあわせはいたつにんだからなのね?」
「そうだよ♪ やー兄は、誰かの幸せのために一生懸命動けるんだ。だからね、ちーちゃんやー兄のこと大好き♪」
 もちろんそれ以外にも好きな要素はありすぎて語りつくせないけれど。
 ふふー、と笑っていると、知った顔がロビーを通った。ケイラだ。
「ケイラお姉ちゃん!」
「ちーちゃん。クロエさんも」
 名前を呼ぶと近付いてきてくれた。
「今日はケイラお姉ちゃんもお手伝いさんするんだよね?」
「そうだよ。花嫁さんの介添人役をするんだ」
「かいぞえにん?」
 なぁにそれ、とクロエが首を傾げる。
「ちーちゃん、しってる?」
「ううん、わかんない。ねえねえケイラお姉ちゃん、それってどんなお仕事なの?」
「えっとね。挙式や披露宴で花嫁さんの世話をするんだ。やっぱりどうしても緊張して気分を悪くしたり、着慣れない衣装で戸惑ったりしちゃうんだけど、そんな時一人だったら不安だよね。不安な気持ちにさせないように、傍でサポートするんだ」
「すっごいねー! ケイラお姉ちゃん、花嫁さんを幸せにするお手伝いさんなんだね♪」
「しあわせはいたつにんだわ!」
「そうなのかな? でも、そうなれたら素敵だよね。誰かが幸せになるのって、嬉しいから」
 ケイラが微笑んだ。その表情が、すごくすごく優しかったから、ああ本当に幸せを願っているんだな、と千尋は思う。
「それじゃあ、自分はそろそろ花嫁さんのところに行くね。二人とも、迷子にならないように気をつけるんだよ」
 はあい、と仲良く声を揃えて返事して。
 千尋とクロエは、もう少しの間だけ、幸せな人たちの幸せそうな笑顔を見て、幸せのお福分けをしてもらうことにした。


*...***...*


 千尋やクロエにはああ説明したものの、今日の式は実際の結婚式とは違う。介添人というよりは一日マネージャーといったほうが近いかもしれない。
「茅野瀬さん大丈夫? 喉が渇いたりしたら言ってね」
「大丈夫。……っていうか、緊張して何も喉を通りそうにないわ……」
 ああ、やっぱり緊張していた。大丈夫だよ、と言ってからケイラは花嫁役を務める茅野瀬 衿栖(ちのせ・えりす)の傍に椅子を引いて座る。
「でも、だって、……リンスはPV撮影の話を受けないかもしれない。目立つの嫌いだし」
「受けるって言ってたよ」
「えっ? 本当に?」
「うん」
 止むを得ず、という感が強かったけれど。
 けれど事実をそのまま言ってもがっかりさせそうだから伏せておく。安心させるように笑みを浮かべながら。
 リンスが撮影の話を受けたと聞いて、途端に衿栖がそわそわとしだした。恋する女の子だなぁ、と微笑ましい気持ちで見守る。
「ケ、ケイラさん。私のドレス、変じゃない?」
「平気。とっても似合ってるよ」
「……リンスは私のドレス姿を見たらどんな感想を言うのかなぁ?」
「自分はリンスさんじゃないから、なんて言うのかまではわからないけど……すごく綺麗だし、きっとリンスさんも綺麗だって言ってくれるんじゃないかな?」
 他愛もない話をして緊張を解したり、場を和ませるような話題にもっていく。
 その甲斐あってか、衿栖の表情はだいぶ柔らかくなった。これなら大丈夫そうだ。
「こーんにっちはー!」
 と、控え室のドアが開いた。ドアの向こうには春夏秋冬 真菜華(ひととせ・まなか)が立っていて、
「お手伝いに来たよー! じょしこーせーのメイクテクはいっかがー?」
 笑顔でメイク道具がぎっしり詰まったボックスを見せてきた。
 様々なメイク道具を見た衿栖が目を丸くし、
「え、これ全部化粧道具なの?」
 興味深げにボックスを覗き込む。
「そーでーっす☆」
「わぁ……すごいね、本当にたくさんだ」
 ケイラもボックスの中を見せてもらった。その道のプロにも劣らない量の道具に圧倒されて思わず呟く。
「ケイラもお化粧するー?」
 すかさずファンデーションやチークを取り出し、真菜華。
「自分はいいよ。それより主役の花嫁さんだね」
「わ、私? 化粧なんて……」
「えっもしかしてしたことない!? もったいないよー! お化粧ってすっごく楽しいんだからねー!
 ……というわけで! 実践してみよーの回っ☆」
 鏡台の前に衿栖を座らせ、しゅばばばと道具を並べ立て。
「こいのがいーですか? それともうすいのがいーですか? 舞台栄えするような女優メイクも、すっぴんみたいなナチュラルメイクもお手の物でっす!」
「よ、よくわからないんだけど」
「じゃーマナカスペシャルで☆ 色は何が似合うかなー、お肌の色がこーだからー……」
 楽しそうに使う道具を選ぶ真菜華。
 慣れない化粧を施される緊張よりも、それによって自分がどう変わるのかに興味を引かれている衿栖。
 ケイラはそんな二人の姿をちょっとだけ離れたところで見守った。
 ――綺麗って、言ってもらえるといいね。
 きっと言ってもらえるだろう。
 だってこんなに努力しているのだもの。それがわからないほど鈍くはない、と思う。鈍そうだけれど。
 メイクが終わる頃には、撮影が始まるだろう。
 どこまで役に立てるかはわからないけれど。
 ――茅野瀬さんが幸せになれるお手伝いをできたらいいな。