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ありがとうの日

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ありがとうの日
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○     ○     ○


 同時刻。
 優子のもう一人のパートナーで、若葉分校の講師も務めているゼスタ・レイラン(ぜすた・れいらん)は、分校には顔を出さず、分校生を家に招いていた。
(……どうしてこうなったのか正直よく……)
 関谷 未憂(せきや・みゆう)は、軽く混乱していた。
 豪華なシャンデリアのある、広間。
 高そうな調度品に、美しい絵画。まるで、美術館のような部屋だ。
 100人を超える人数でパーティが出来るような部屋。壁際には可愛らしいメイド達が立っている。
 そんな部屋の中央で、チェスをしている男女。
 男性はゼスタ・レイラン。ここはレイラン家の敷地内にある、彼の館だ。
 女性はリン・リーファ(りん・りーふぁ)
 未憂の大切なパートナーだ。
 ゼスタの家に遊びに行くと言いだしたリンに付き添って、未憂はもう一人のパートナープリム・フラアリー(ぷりむ・ふらありー)と共に、ここにいた。
 リンはこれまでも何度かゼスタと2人で会っていたみたいだけれど、さすがに家に一人では行かせられないと思って、ついてきたのだけれど……。
(私も先輩と2人でお出かけしたりしますけれど……)
 うーんと、未憂は頭を悩ませる。
(このあいだはリンを百合園から送ってくれたり、若葉分校でもちゃんとしてる……? し、悪い人じゃないんですよね、たぶん)
「……みゆう……」
 くいくいとプリムが未憂の服を引っ張る。
「あ、はい。そういえばお土産持ってきたんです。こちらはどなたにお渡しすれば……」
「お預かりいたします。ありがとうございます」
 すぐに、メイドが近づいてきて未憂からお土産の緑茶とお菓子を受け取る。
「……これも」
 プリムも持ってきた、ハーブティーとお菓子をメイドに手渡した。
「いいよ、毒見は。信頼できる娘達だし」
 チェスを打ちながらのゼスタの言葉に、未憂はびくりとする。
「畏まりました」
 メイドは、テーブルの上に、未憂とプリムが持ってきたお菓子を並べていく。
 未憂からはシャンバラ山羊のミルクアイスとドーナツ。
 プリムからはショコラティエのチョコ、動物ビスケットと雲海わたあめ。
 ゼスタはアイスは冷凍しておくようにメイドに指示をだし、チェスをしながら、チョコレートとビスケットをつまみ出す。
「お茶は、プリムチャンが持ってきてくれた方淹れて。未憂ちゃんのは、寝る前に寝室で飲ませてもらうぜ」
 にっこりゼスタは未憂に笑みを向ける。
 未憂は何ともいえない気分になっていく。
「よそ見してる場合? あたしが勝ったらスイーツ食べ放題だよ! ぜすたんが勝ったらお任せね〜♪」
「お、お任せって何を要求されるか……っ」
 リンの言葉に、未憂は血相を変える。
「ふふふふ……好きなこと言っていいよー」
 リンはそんな風に未憂が自分を心配してくれることが、嬉しくて、くすぐったかった。
 可愛いと思えてしまったり。更に心配させてみたくなってしまったり。
「それじゃ、俺もスイーツ食べ放題ってことで〜」
 言いながら、ゼスタはリン、そして未憂、プリムに、にこにこ笑みを向ける。
 未憂はなんだかゾクリと寒気を感じて、一歩足を後ろに引いてしまった。
(何か碌でもないことを考えてます、この顔は。どうしよう、早く連れて帰った方が……)
「そういえばぜすたん、あの子のこと好きなの?」
「あの子って?」
 チェスを打ちながらリンが尋ねて、ゼスタは手を考えながら聞き返す。
「水仙のあの子」
 アレナ・ミセファヌスのことだ。
「うん、好きだよ。パートナーのパートナーだからな」
「それだけ?」
「……それだけ、じゃないが。何でそんなこと聞くんだ?」
「ヤキモチ……かなあ?」
「リン……っ」
 ゼスタより先に、危機感を感じた未憂が反応を示した。
「そうかそうか。でも、リンチャンの方が好きだぜ?」
「ありがと、嬉しい」
 リンは感情を素直に表して、笑みを浮かべる。
 ゼスタがリンに向ける笑みも、嘘っぽくはなくて。
 言葉に、嘘はないのかもしれない。
(あの子のことも、好きなんだよね。それなら、あの子と仲良くなれたらいいねー)
 笑みを浮かべて、チェスを打ちながらリンはそう思う。
(お正月の時に思ったの……)
 次の手を考えるゼスタを見詰めながら、リンは深く考えていた。
(食いしん坊の男の子はさびしんぼうなのかなーって)
 沢山の女の子でも、甘い物でも、血でも埋められない、何かを抱えているのかな、と。
 全部気のせいならそれでいいんだけれど……。
(もっとたくさん笑ってもらうには、どうすればいいんだろう)
 だけれど勝負が佳境に入ってからはリンは真剣にチェスにのみに集中していく。
(使用人はこの館だけで、数十人はいそうです。敷地はヴァイシャリー家の10分の1にも満たないけれど、いくつも建物があるし、全部立派な造りだし……家族はどうなんでしょう。お父様はいるようですけれど、お母様は? ご兄弟は一緒に暮らしてはなさそう?)
 未憂は色々と気になって、きょろきょろ周りを見回してた。
「……しょうぶ……?」
 プリムも周りの物や、チェスにも深い興味を示す。
 リンが図書館などに通い、チェスの勉強をしていたことをプリムもよく知っている。
 それほど楽しいものなのだろうか? それとも、ゼスタと勝負することが楽しいのか。
 良くわからないけれど、面白いことなのだろうと、理解していく。
「チェックメイトーっ!」
「うわっ」
 リンの口から、明るい声が上がる。
「うー……。ダメだ、打つ手なし。完敗〜」
「やった、やった、やったー!」
 しばらく考えた後、ゼスタが負けを認め、リンが両手を上げて喜ぶ。
「よかったです……」
 未憂の口から出たのは、そんな言葉だった。
 負けたらゼスタの好きにしていい……とゼスタが誤解(?)しそうな約束をリンがしていたので、心配だったのだ。
「食べ放題は、ヴァイシャリーのスイーツがいい、な」
「ヴァイシャリーか。いいぜ、リンちゃんの好きなスイーツをご馳走するぜっ。けど、俺が勝った時も、好きなものをいただくけどな」
「うん、いいよー! 血はあげられないけどね」
「そう言われると、何としてでも欲しくなるんだけど」
 許可を求めるような目で、ゼスタは未憂を見る。
「だ、ダメですよ。ダメです」
 吸血鬼が血を求めるのは当然なことだけれど、未憂は断固反対する。
「はい、お土産! これで我慢してね」
 リンは持ってきたトマトジュースを、ゼスタに押し付けた。
「またチェス勝負しようね」
 そして、リンはゼスタの右手の小指に、自分の右手の小指をからめて、指切りをした。
「ゆびきりやくそく」
 彼女の微笑みながらの言葉に。
「うん、約束」
 ゼスタも笑みをうかべて答えた。
「で、今日は泊っていくだろ」
「帰ります!」
 きっぱり答えたのは未憂だった。
 そして言葉通り、夕食前にリンとプリムを連れてその……1人の住処としては広すぎる館を、後にしたのだった。