波羅蜜多実業高等学校へ

葦原明倫館

校長室

空京大学へ

ありがとうの日

リアクション公開中!

ありがとうの日
ありがとうの日 ありがとうの日

リアクション


○     ○     ○


「こちらに置かせていただいてもいいですか?」
 クーラーボックスを抱えて、ベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)が広場設置されている、運営のテントへと訪れた。
 彼女は近くの店のキッチンを借りて、料理をしていた。
 祭りに訪れた人々用ではなくて、特別な人達へ振る舞う、冷製スープだ。
「この辺りをお借りしましたので、こちらにお願いします」
 答えたのは、百合園の生徒――離宮調査隊の医療班としてベアトリーチェ達と共に頑張って乗り切った少女達。
 彼女達も一緒に材料の調達や、料理をして、準備に勤しんでいた。
「近くまで来ているみたい。僕は合図の為に行くよ」
 携帯電話で連絡を受けた、コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)が、翼を広げて飛び立つ。
「お願いしますね」
 ベアトリーチェはコハクを見送った後、急いでテーブルを整え、食器類を取り出していく。
『お集まりの皆さん。ヴァイシャリーに、守護神と救世主がご帰還されました。花道を作り、お迎えいたしましょう』
 突如、音楽が止まりアナウンスが流れた。
 ざわざわとざわめく会場内を、運営員会のメンバーが走り回り、道を作っていく。
 今日はあらかじめ、企画行われることの説明を、いたるところに張り出してあったので、混乱は起きずに人々は位置についていく。

パン、パパパン、パン

 大きな花火が打ち上げられて、勇ましい音楽が会場に流れていく。
 そして、拍手と歓声が沸き起こっていく。
 人々が作った、長い長い花道を通って、優子と、共にヴァイシャリーに戻って来た者達が広場へと訪れる。
「なんか、凱旋門を通ってる気分だ」
 広場に到着する頃には、神楽崎 優子(かぐらざき・ゆうこ)は落ち着いていて、手を振ってくる市民に手を振りかえしていた。
 アレナ・ミセファヌス(あれな・みせふぁぬす)はどうしたらいいのか分からないといった様子で、優子の後ろにぺったりくっついている。
「……こんなに祝ってもらえるような成果を、私自身は出せていないと思うんだけどね」
 終着点にいた、小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)を見て、優子は僅かに恥ずかしそうな笑みを見せる。
「優子は皆の代表だし、アレナのお蔭で、離宮の脅威からヴァイシャリーを守れたことは、誇らしいことだと思うから」
 美羽は今日、西シャンバラのロイヤルガードの正装で、この場を訪れていた。
 優子とアレナも、街に入る前に着るように求められ、東シャンバラのロイヤルガードの制服を纏っている。
「ありがとう。これは、ヴァイシャリーの皆からの、贈り物だよ」
 美羽は預かっていた大きな箱の蓋を開けて、優子へと差し出した。
 中に入っているのは、人形だった。
 神楽崎優子と、アレナ・ミセファヌスが手を取り合っている姿の、人形だ。
 美羽が運営委員会に提案して、ヴァイシャリーの人形師に作ってもらったものだ。
 優子とアレナがいつまでも一緒にいられるように……美羽のそんな願いが込められた人形だった。
「ありがとう、大切にする。この人形も……本当の彼女のことも」
 贈り物と、その優子の言葉に、アレナが涙ぐんでいく。
「どうぞ」
 もう一人、西シャンバラのロイヤルガードの樹月 刀真(きづき・とうま)が、薔薇の花束を2人に差し出した。
「ありがとうございます」
 花束は、アレナが受け取る。
 それから、優子は委員会の役員から、マイクを受け取って集まった皆に感謝の言葉を述べていく。
「この平和を勝ち得たのは、皆様ひとりひとりの力です。この街に皆がいなければ、守りたい人がいなければ、彼女は離宮を封じようとはせず、私がロイヤルガードになる道を選ぶことはありませんでした。皆様がここに居てくださることを、私達をこうして迎え入れてくださることに、深く感謝いたします」
 優子は贈り物を掲げ、感謝をし、アレナは深く深く頭を下げる。
 再び、歓声と拍手が沸き起こった。

パン、パパパン、パン

 そして、花火が次々上がっていく。

 挨拶と、来賓や役員との握手を終えた優子とアレナは、本部用のテントに招かれて、ベアトリーチェと百合園生達が作ったスープを受け取った。
 ヴィシソワーズという、ジャガイモと玉葱の冷製スープと、トマト、枝豆、冬瓜、桃などを用いた、数種類のスープだ。
 ベアトリーチェと百合園生達の心遣いに感謝して、戴いていく。
 そして、共に訪れた契約者や、役員達と祭りのラストを見守る。
「シャンバラが統一建国されても、行政区分としてロイヤルガードが東西に分かれたままなのは、意識をしていなくても国に溝が生まれます。俺は溝を埋めるためにも東西の垣根を取り払いロイヤルガード達の連帯感を高めたいですね」
 一緒にスープを飲みながら、刀真が優子にそう語りかける。
「便宜上、区分は合った方がいいと思うんだが……確かに、ロイヤルガードは東西で役割を分け続けるのは、あまり良くはないと思う」
「百合園での茶会の時にも、君目当てに教導団の教官が訪れていたようですけれど、ラズィーヤさんからも留学の話が出ているそうですね?」
 刀真の問いに、優子は曖昧な返事をする。
「百合園にいる契約者達に慕われ、これだけ多くのシャンバラの人々に愛されている東シャンバラロイヤルガードの君が、国軍であり西シャンバラに所属する教導団へ行く事もその溝を埋めるための切っ掛けになるのかな? と思います」
 彼の言葉に、優子は驚いたような表情を見せる。
「最近の事件のゴタゴタで微妙になっているシャンバラの人達の地球への印象も多少変わののではないでしょうか? ……国軍として一気に膨れ上がる教導団への抑止力としても考えているのかもしれませんけれどね、ラズィーヤさんは」
「そのあたりは、考えてなかった」
 祭りを楽しむ人々と、声をかけてくれる人達、増えていく自分達への贈り物を目に、優子は複雑な表情だった。
「東西統一の為なら俺は君の教導団への留学も良いと思います……しかし、それは神楽崎優子という個を殺します」
 アレナはスープカップを両手で包み込んだ状態で、不安そうな目で優子と刀真を見ている。その隣には、漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)がいて、皆を見守っている。
 刀真は言葉を続けていく。
「上に行けば行くほど周りは君に期待し、それに応えようとすればするほど君は独りになってゆく……恐らくラズィーヤさんもその辺りを危惧してハッキリ言わなかったのでは? 彼女に先程の話をして真意を問うてみるのもいいと思いますよ? 彼女は独りで色々抱え込みすぎてると思いますから誰かと話をする事で少しは気が楽になる事もあるでしょう」
「どうだろう。正直、ラズィーヤさんという人に深入りして、余計な感情を抱きたくないという気持ちがある。ラズィーヤさんの精神面のサポートは、私が出来ることではない……そう、私の役目ではないから」
「それでも、君の進路にいついては、きちんと聞いておいた方がいい。彼女と話をして教導団にいく気になったら……」
 そこで一旦言葉を切り、スープを一口飲んだ後、刀真はこう続けた。
「俺も付き合います」
 軽く息をついて、ラズィーヤが以前冗談交じりに、言っていた言葉を思い出しながら、話を続ける。
「今蒼学を辞めて何処行くか考えている最中でして、ラズィーヤさんに女装しなくても良いのなら付き合いますから、共犯者が欲しければ一声下さいと言っておいてくれませんか?」
「女装?」
「いえ、百合園に誘われたことがありまして……」
 刀真のその言葉に、優子は笑い声を上げた。
「確かに、キミを百合園に誘う気持ちはわかるけど、キミの場合、女装はちょっと違う気がするな」
 それから、優子は刀真に微笑みかけてこう言った。
「ありがとう。だけど、キミ自身が教導団で学びたいことがあるわけではないのなら、私に付き合うことはない。ただ……樹月が一緒なら、心強いことは確かだけどね」
 優子の顔からは、迷いが消えていた。
「現在、エリュシオン帝国とシャンバラは共同でニルヴァーナ探索の計画しているそうだ。私達ロイヤルガードがその任務に当たることになるかもしれない。それに限らないが、国家にとって重要な任務を、東西どちらかだけが担うようなことはなく、ロイヤルガードの任務として、志のあるものが志願できるような形になると良いな。……トップを同じくする一つの組織として」
 彼女は、刀真の言葉で、なんらかの決意を固めたらしい。
「アレナはこれからどうしたい?」
 心配そうに優子を見詰めているアレナに、茶菓子を勧めながら月夜が話しかけた。
 アレナはクッキーを1個手に取って、でも口には入れずに、自分の手元を見ていた。
「優子はアレナに望む事は無いのかな?
 私達はパートナーと共に同じ時を生きる『花嫁』で、共に戦う『剣』だから、パートナーの望みを叶えるために一緒に戦える事が嬉しい……少なくとも私はそうだよ」
 月夜の言葉に、アレナは顔を上げて、戸惑いながら彼女を見つめた。
「だから私は刀真と一緒にいて刀真を護りながら一緒に戦う……刀真は私に望めば良い、私はそれに全力で応えるから」
「望みに、全力で応える……」
 こくりと頷いて、月夜は穏やかに言葉を続ける。
「でも、私も刀真に望んでるよ? ちゃんと刀真も応えてくれるし……私達の間に遠慮はいらない、信じて頼って時々我が儘を言ってお互いがそれに応えていけば私達はずっと一緒に先へ進める」
「あの……っ」
「ん?」
 アレナはきゅっと拳を固めて、月夜の方を向いて言う。
「そう、なりたいです。私も、優子さんと……そういうふうに、なれたら、嬉しいです。そういう、剣の花嫁が、いいです」
 涙を浮かべる程に、アレナは真剣に言う。
「うん」
 と、月夜は頷いて。
 それから、アレナの肩をぽんと叩いて励ます。
「望めば、なれるよきっと。進路のことは、不安かもしれないけれど、大丈夫、本当に困った時には刀真に言えばいいよ! ちゃんと頑張ってくれるから! アレナの事も色々考えて提案したんだし!」
 その言葉に、アレナは何度も何度も頷いた。
 そんな彼女達の姿を見ていた刀真が、口を開く。
「ご免、一つ訂正を……俺達はどんな事があっても独りにはならない、地球で出会った絆があるからね」
 優子は刀真と顔を合わせ、軽く微笑んで静かに頷いた。
「あ、コハクから」
 側で百合園生達と会話をしていた美羽の携帯電話が鳴った。
『準備OKだよ』
 携帯電話から、コハクの声が流れてくる。
「みんな、空に注目!」
 途端、美羽が大きな声を上げて、花火が行われている北の空を指差す。
 集まっていた人々が、空に目を向けた途端。

 ポン

 大きな音が鳴り響き、同時に複数の所から、花火が打ち上げられた。

 パン

 空で破裂した花火は――眩い星を描き出す。
 それは、盛大な射手座の花火だった。
 アレナはただ、驚きの表情で見上げつづけ。
 優子は「すごいな……」と感嘆の声を上げた。

「お疲れさん、アレナ!」
 花火が全て終わった後。
 大谷地 康之(おおやち・やすゆき)が、明るい笑顔を浮かべて、アレナの前に現れた。
「実は俺からもちょいとしたサプライズがあるんだぜ!」
 そう言い、康之は広場の奥を指差した。
「はい」
 アレナは不思議そうな顔で立ち上がり、優子の許可を得て康之と一緒に広場の隅へと歩く。
 そこには、小型飛空艇が止めてあった。
「高い所、大丈夫だったよな?」
「はい、大丈夫です」
「後ろにどうぞ」
 康之は前に乗り込み、アレナを自分の後ろに乗せた。
「ちゃんと掴まってろよ」
「は、はい」
 アレナはバイクの背に乗る時と同じように、康之の腰に腕を回した。

 アレナを乗せて、康之は夜空を走った。
「見ろよアレナ。あそこがアレナが守った街。そしてこっから見える景色が、みんなで守った場所だ。普段こうして見る事もねえけど、結構広いもんだろ?」
 祭りの場所だけではなく、ヒラニプラ方面に飛び、広くヴァイシャリーを見渡せるように飛んでいた。
 今の時間、ヴァイシャリーの夜は明るかった。
 多くの建物に明かりが灯されている。勿論、祭りが行われている辺りは――天の川のように、明るい。
 夜空の星々を見ているようだった。
「遅くなっちまったけど、これ、誕生日プレゼント」
 康之は内ポケットにしまっていたロケットを取り出して、アレナに差し出す。
「誕生日……」
 受け取りながら、アレナは不思議そうな顔をしている。
「それは中に写真とか入れられるんだぜ、こうやって開くんだ」
 アレナの掌の上のロケットを、康之は片手で開いてみせる。
 それは、ムーンストーンで装飾された銀製のハート形のロケットだった。
 実際は、蓋を展開していくと四葉のクローバー型へと変化する構造となっている。
 その1枚1枚に写真を入れることが出来る。
「これに優子さんや大切なダチの写真とか入れればどんな時だって一人じゃないぜ!」
「はい、ありがとうございます……っ」
 アレナは嬉しそうに笑みを浮かべる。
「えっと、ロイヤルガードの優子さんと、百合園の優子さんと、パジャマの優子さんと、寝起きの優子さんの写真を入れます!」
 アレナのその言葉に、康之は思い切り吹き出した。
「優子さんばっかりだなー」
「はい……! と、いうより。私、優子さん以外の写真、持ってないですから」
 だから、と。アレナは携帯電話を取り出した。
「あの……写真、一枚撮らせていただいてもいいでしょう、か」
「え!? お、おお。勿論構わないぜ」
 突然のことで驚いた康之は、思わず服や髪を整える。
「康之さんの笑顔があったから、私は頑張れました。今日のこの街と、康之さんの笑顔を、持っていたいです」
 言って、アレナは笑顔を浮かべた康之を、ヴァイシャリーの夜景と共に撮った。
 大切そうに携帯電話とロケットをしまうアレナの事を、康之は笑顔のまま見ていた。
 それからまた飛空艇を走らせる。
 背に彼女の温もりを感じながら。
(これからも、パラミタを揺るがす色んな事件がまだまだ起こるかもしれない。アレナがどう絡んでいくかは、さっぱりわからねえが、優子さんが戦う事を選んだら、間違いなくアレナも優子さんの傍で、自分の守りたい人達の為に戦うことを選ぶだろう。――それが、アレナの信じる道だから)
 声には出さず、康之は決意をしていく。
(なら、俺はアレナのそばで、アレナを泣かせる運命全てをぶった斬る! そして、アレナを笑顔を今度こそ護る! 離宮事件の時から今まで果たせなかった決意と約束を、今度こそ……!)
 ハンドルを握る手に力を籠めて。
 誰よりも今、一番近くにいるこの娘を、その笑顔を。
 自らの手で護り続けると、誓う。