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リアクション
■ 変わらないもの 変われないもの ■
4年ぶりの道場は物の見事に寂れていた。
世話になった師範に挨拶しようとやってきた七刀 切(しちとう・きり)は、その閑散とした様子に唖然とする。
「まさか1人も門下生がいないとか……?」
確かに、師範の椿 千道は師範らしく振る舞おうとすると空回ったりはしていたけれど……と危ぶみながら足を踏み入れた道場はしかし、空気は何も変わっていなくて切は少し安心した。
「ただいまぁ、師範」
声をかけると千道はぼそりと、
「変わっとらんな、ユーリ」
と言った。
10代にとっての4年は大きい。背だって伸びたのにそう言われるのは微妙な感覚だったけれど、師範の目にはそう見えるのだろうと切は何も言わずに座った。
千道は昔から必要なこと以外はあまり喋る人ではなかったから、こんな沈黙も懐かしい。
しばらくぶりの再会に、切はパラミタでのことをいろいろ話そうとしたけれど、口を開くのは千道の方が早かった。
「墓参りには行ったか」
その質問で切の喉はひりつき、話そうと思っていたことはすべて飛んだ。
墓参り。
誰の墓なんて決まっている。師範が言うのは切の両親の墓しかない――。
切の両親は犯罪組織の一員だった。
その為にそういう仕事の訓練や手伝いもさせられたが、切にとっては良い両親だった。
13歳で初めて手伝いじゃなく、直接仕事を任せられた時には嬉しくも誇らしかった。
が……。
両親からの教え、『仕事は必ずやり遂げろ。その為の犠牲は選ぶな』との言葉に従いその任務を遂行する為にはどうしても……良心を自分の手で殺す必要があった。
両親を守るか、その教えを守るか。
突きつけられた二択で、切は両親を殺害したのだった。
それが原因で切は翌年組織を脱走した。そのとき家同士の交流があった椿家が切をかくまってくれた。
その翌年にはパラミタに。その後4年が経過したが、切が地球に行ったのは1度きりだ。
そんな経緯があったから、切はこう言うしかなかった。
「……『俺』に、そんな資格はありません」
自分を俺と称するとき。それは切としての言葉ではなく、ユーリウスとしての言葉であるときだ。
その言葉を聞いて師範は厳しい目になった。
「やはり変わっとらん、ユーリウス・エアハルト・ライナー・シュバルツシルト。昔と同じで迷ったまま、貴様は一歩も進んでいない」
師範が呼んだのは切の本名だった。故郷ドイツの思い出と深く結びついているその名前を切は今は使うことは無い。けれどそれが両親が切にくれた名だ。
師範はじっと切に目を注ぎ、だが、と続けた。
「迷うのも若い者の特権だ。迷って迷って自分の道を見つければそれでいい。人生の先達として手助けぐらいはしてやろう。――ここにいる間に心技体、全て一から鍛え直してやる。いいな?」
それまでじっと聞いていた切は、師範の最後の言葉に大きな声でちゃんと返事をした。
「はい! よろしくお願いします!」
うむ、と頷く師範は実に満足そうで。
だからこそ、切はどうしても1つ言いたくなった。
「師範。今、『俺師範らしいこと言ったな』とか思ってるでしょう。特にフルネームで言ったあたり、師範っぽいとか自分で思ってるでしょう」
昔から一言多いのも変わっていないか、と千道は竹刀を手に取った。
「……時間もあまりない。最初から全力全開で鍛えてやろう。手加減無しだ。泣き言も一切聞かん。覚悟しろ」
「え、やぶ蛇ぃ?」
身体能力は切の方が上だが剣術の腕は千道が上。
しまったと慌てる切に、千道の初撃がスパーンときれいに決まった。