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39


 お祭りの時間も終わりに近付き、薄暗くなり。
 そろそろ花火も上がるかな、という頃合に。
「や、こんにちは」
 琳 鳳明(りん・ほうめい)は、人形工房を訪れた。
 こんにちは、と返すリンスの傍に近寄り、背中合わせに座る。
 しばらく会話もないままに、遠くから聞こえる祭囃子の音に耳を傾けていたら、
「祭り、行かないの?」
 リンスが問い掛けてきた。
「うん。今日はね、話を聞きにきたの」
「話」
「うん。……お姉さんの話。今度してくれるって、約束だったから」
 聞きに来ちゃった、と。
 リンスが黙る。
 彼は話してくれるだろうか?
 大切な話を、教えてくれるだろうか?
 ――私は、教えるに値する人かな。
 なんて考えていたら、沈黙が辛くなってきた。……どうしよう、もう少し待つべきか。そう心は言っていたけれど、
ジャレイラって人がいたんだ」
 口は勝手に動いていた。
「力も意思も、ものすごく強い人で。放浪の末に辺境の部族に受け入れられて。彼女はその恩に報いるために、女神として崇められることを受け入れた」
 誰にも話したことのないことを、ぽつりぽつりと。
「私、その人に共感しちゃったんだ」
 スケールは全然違うけど、自分と似ている気がして。
「敵対していたんだけどね。私は彼女の傍にいたんだ。
 その人の孤独をわかってあげて、力になることで私も救われるような気がして」
「…………」
「けど、最期はあっけなかった。
 ……暗殺。
 犯人は結局わからず終い。私が駆けつけた時にはもう全部……終わってたんだ」
 悔しかった。
 何も出来なかったことが。
 力になれなかったことが。
 一瞬視界が滲んだので、一度瞬きして。
「聞いてくれてありがとう」
 静かに聞いていてくれたリンスに、礼を言う。
「今のは、誰にも話したことのない私のお話。リンスくんは私の『言いづらいこと』も聞いてくれるって約束してくれたから。
 ……だからその、……私もその分聞いてあげられたらいいな、とか。思って、ます」
 言ってて段々、恥ずかしくなってきた。
 けれど今日は言うぞと決めてきたから、一度深呼吸をしてから「だってさ」と再び話を切り出す。
「私は、リンス・レイスのことを愛していて。……恋人として隣に居させて欲しいなって、そう思ってるから。
 嬉しいも、苦しいも、色々半分子できたらいいなって思ってるから……」
 言った。
 言ってやった。
 背中合わせのままだから、相手がどんな顔をしているのか、どんな反応をしているのか、まったくわからないのが不安で、でも少しだけ安心で、ああ私ってやっぱり臆病だ、と小さく責めた。
 でも、ちゃんと伝えることができた。
 『好き』じゃなくて、『愛している』と。
 後者の言葉は無意識に避けていた。それはきっと、口にすることで気持ちの大きさに気付かれるのが怖いから。重いと取られて、離れていってしまうことが怖かったから。
 だから、満足した振りをして、言わなかった。
 今日までは。
 ようやくこれで、思い出からも、現在のスタートラインからも、一歩踏み出せる。
 ――リンスくんも……何か変わるかな?
 琴線に触れるような言葉にできたか、自信はあまりないけれど。
 そうだったらいいなと、願う。
「聞いてくれてありがとう。お陰で私の『苦しい』は半分になったよ」
 さあ、立とう。
「行ってくるね。会わないで後悔するより、会って後悔したいから」
 ちょっと無理をするだろうけど、大丈夫だ。
 聞いてくれる人が、ここに居るから。
「またね」
 振り返り、リンスの額にキスをした。刹那、リンスと目が合う。
 真っ赤な顔で、驚いたような、慌てたような、それから何か言いたそうな顔をしていた。
 目を合わせたのは一瞬だけ。すぐに走って工房を出た。
 どきどきと心臓がうるさかったのは、全力疾走しているせい。
 きっとそうだ。


 鳳明が普段からは考えられないほどに大胆なことをしている最中、南部 ヒラニィ(なんぶ・ひらにぃ)は手にした人形を見つめていた。
「あれから随分と時が経ったな」
 夕暮れ時であるにも関わらず、未だに人形のままのそれに話しかける。
「その間、お主の愛したあの地がどうなったか気になるだろ? わしが聞かせてやるから感謝しろ」
 だから早く降りて来い、と言外に込めながら。
 しばらくの間、ひとり黙って人形を見つめた。変化の兆しは、まだ、ない。
「……鳳明は来るだろうか」
 黙っているのが苦だったわけではないけれど、ヒラニィは敢えて思考を音に乗せた。
「お主を慕い仕え続けたあの娘は、その死を自らの責任としておる。……何一つ力になれなかったと。
 ……お主もそう思っておるか?」
 風が吹いて、そんなことない、とでも言うように人形が横向きに転がった。
 偶然にしてもタイミングが良すぎるな、と笑っていたら、
「ヒラニィ!」
 噂をすればなんとやら。
 顔を真っ赤にして走ってくる鳳明に、右手を上げて早くおいでと微笑みかけた。