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5


 豊美ちゃんが言っていた。
 今日に限り、死んだ人に会えると。
 秋月 葵(あきづき・あおい)は母の――秋月 藍の写真を胸に抱きながら、不安と期待のない交ぜになった気持ちを落ち着けるために目を伏せて深呼吸をした。
 葵が生まれてすぐに死んでしまった藍。
 写真でしか見たことのない母。
 会える。
 今日、ついに、会える。
 ――会えたら、何から話をしよう?
 ――……そもそも、私だって、娘だって、わかってくれるかな?
「……葵ちゃん?」
「えっ、」
 かけられた声に、ばっと顔を上げる。
 葵とそっくりの相手が、笑顔を浮かべて立っていた。
「……お母さま……?」
「はい。秋月藍です」
 藍が名乗るとほぼ同時に、葵は藍に抱きついた。会えて嬉しいのはもちろんのこと、
 ――私だって、わかってくれた。
 ――私も、お母さまだって、すぐにわかった。
 そんな、親子の絆がわかったことが嬉しくて、泣きそうになった。
 藍の手が、優しく葵の頭を撫でる。柔らかな、小さな手。妙に安心するのは、本当に幼い頃こうしてもらったことがあるからだろうか。それともただ単純に相手が母だという落ち着きからだろうか。
「あらあら。葵ちゃんは泣き虫さんなのね」
「な、泣いてないもん」
「ふふ。私を誰だと思っているの? 貴方のお母さんなのよ?」
 全てわかっていますよ、と藍が微笑む。
 なら、もういいや、と。
 葵はぎゅっと藍に抱きつき、ぽろぽろと涙を零す。
 少し時間が経過して、落ち着いてきた頃。
「あのね、私ね。今、百合園女学院っていうところに通っていてね」
 ひとつひとつ、自分のことを話していく。
 今までにあった、楽しかったこと。
 恋人ができたこと。
 それから、二人の姉と一緒に写った写真も見せて。
「お姉さまたちも、地上で元気にしているよ」
 安心させるように、微笑んで話す。
「あの子たちも随分大きくなって……」
 写真を、愛おしそうに撫でながら藍が呟く。
「会えないのが残念だけど。元気でやっているなら、それだけで嬉しいことね」
「うん。お姉さまたちからたまに手紙が届くんだけど、元気そうだし楽しそうだよ。お母さまの方はどう?」
「私の方も、元気……というのは死人だからおかしいけれど。不自由はありませんよ」
 言葉に嘘はないと感じて、そっか、と葵は頷いた。
「よかった。……お父さまは? 一緒じゃないの?」
 同じく亡くなってしまった父のことを問う。一緒に来るのかも、とどきどきしていたのだけれど。
「あの人は面倒だって言って来なかったわ。……たぶん、気を利かせてくれたのね」
「気を?」
「ええ。自分が居ると、葵ちゃんが寛げないと思ったんでしょうね」
 そんなことないのに、と言いかけて、でもそうかもしれない、と感じてしまったため言葉を止める。葵の思考を読み取ったらしく、藍が笑った。
「葵ちゃんは素直ね」
「ごめんなさいお父さま。ありがとう」
 聞こえるように、空に向かって声を上げてから。
「ねえお母さま。夏祭り、一緒に行きませんか?」
 祭囃子が聞こえる方角を指差して、尋ねた。幼い頃に姉と祭りに行った日のことを思い出しながら。
 ――あの頃は、家族でお祭りを楽しんでいる子を見ては羨ましいと思って駄々をこねるように泣いたっけ。
 今思うと、少し恥ずかしいけど。
 やっぱり、祭りを家族で楽しんでいる姿を見ると、今でも羨ましく思うから。
「甘えたいんです。お母さまに」
 想いを、吐露する。
 藍の手が、葵の手を取った。
「迷子にならないようにしなくちゃね? お祭りって、人がいっぱいいるでしょう?」
「それじゃ……!」
「ええ。金魚すくいでもなんでも、やりましょう? ああでも、お母さん不器用なのよね。取れないかも」
「あたしも不器用なの」
 そんなところまで似なくていいのに、と藍が笑う。
「いいよ、それでもやろうよ」
 取れなくて悔しい思いをしても。
 思い出をたくさん、増やしたいから。
 限られた時間の中で、いっぱい、いっぱい。
「だから、……」
 一瞬別れの時を想像してしまい、言葉を継げなくなった葵の頬に藍の手が触れた。包み込むように添えてくれている。
「そんな泣きそうな顔、しないの。本当に葵ちゃんは泣き虫ね?」
 こくん、と頷いて、葵は藍の手に自分の手を重ねた。
「花火とか、一緒に見たいの」
「うん」
「わたあめとかも食べるの」
「ふふ。お祭りだものね」
「うん。だから楽しむの」
 ぎゅっと藍に抱きついて。
 今から甘える気、満々に。
「行こうっ、お祭り!」