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【ザナドゥ魔戦記】ゲルバドルの牙

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【ザナドゥ魔戦記】ゲルバドルの牙

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第1章 生きる森 2

「やああぁ!」
 甲高いが気迫のこもった声を発して、東雲 秋日子(しののめ・あきひこ)は灼骨のカーマインと呼ばれる自動拳銃で、木々の上を跳び渡る敵兵を狙い撃った。
「ガアアァ!」
「くっ…………はあっ!」
 更に、飛び降りてきた敵兵がその鋭利な爪を振るったとき、バックステップで距離を取ると、瞬時に踏み込んで逆にファルシオンを振るう。刃に屠られた敵が倒れたのを一瞥して、秋日子は先へ進んだ。
(まるで……魔物の巣にでも迷い込んだみたい)
 ゲルバドルの森での戦いは、そんな印象を抱かせた。
 相手が人と違って野獣めいているからと言っても、決して甘い戦いではなかった。むしろ、単なる森と違ってやたらに動きまわる木々と、それに順応した敵兵の本能的な動きが、こちらを翻弄してくる。
(遊馬くん……それに、アムドゥスキアスくんは……)
 秋日子は自分のパートナー、そして、小隊を先導する四魔神のひとりである少年に視線を動かした。
 横合いから聞こえた、活力をみなぎらせる歌は遊馬 シズ(あすま・しず)の歌声だった。彼は魔神の少年と同じく、本当の名をアムドゥスキアスという。
 魔族のなかにはその進化と系統の特殊性から、同じ名を持つ者が少なからずいる。無論、そこには何の関連性もないし、魔神アムドゥスキアスとシズの血がつながっているということがあるわけではない。
 ただ、それにしては……と、秋日子はシズの視線が気になった。
(遊馬くんはアムドゥスキアスくんのこと信用してないのかな?)
 ジロっと睨むようにしてアムドゥスキアスを見ているシズに、彼女は不安になる。
 ただ、彼女の不安とは違って、別にシズはアムドゥスキアスを信用していないわけではなかった。
 誰しもだろうと彼は思っているが、同じ名を抱くということは、その存在がどうしても気になってしまうものだ。
 まして、シズはアムドゥスキアスが苦手だった。
(なんつーかこいつ、飄々としてやがるからなぁ)
 と、言い訳めいたことを思う。
 そしてだからこそ、負けたくないと密かに思ってしまうのだった。
 そんな彼とは反対に、先を行くアムドゥスキアスと共闘する、白髪鬼のような契約者は全力で芸術の魔神の味方だった。
「師匠に仇名す敵はオレがすべて蹴散らす……!!」
 この白髪鬼、名を天空寺 鬼羅(てんくうじ・きら)という。
 その岩のように無骨な輪郭をした顔と、ボサボサの白髪が、およそ人間よりも魔物か魔族めいた雰囲気を思わせる。よく見れば顔立ちは端正だが、それががさつな性格や、歯をむき出しにして笑う不敵な笑みと共存して、『面倒くさそうな熱血漢』といった印象を抱かせるのだった。
「魔に逢うては魔を討ち、神に逢うては神を討つ、正義を名乗りし者我の前に立ちはだかれば、我! 悪の路を極めし王となろう!!」
 特に必要かどうかも分からない口上を発する様子も、熱血っぷりがうかがい知れる。
「こおおおおおい悪路王ぉぉ!!!」
 叫びをあげた、その瞬間。
 鬼羅の背後から人影が勢いよく飛び出てきた。
「おうともよ主、我の力存分に振るうがよい」
 鬼羅と契約したパートナーである妖甲 悪路王(ようこう・あくろおう)だ。彼は魔鎧。それが意味することはすなわち、鬼羅への装着だった。知的で冷たいながらも、どこか温かみのある印象を与える人の姿だった悪路王は、昏き黒の炎へと変貌する。炎は鬼羅を燃やすように包み込んだ。
 一瞬、敵兵と仲間たちはその様子に目を見張る。
 しかし次の瞬間には、黒炎は鬼羅の心臓を中心として鎧へと具現化した。鬼羅の服は燃えたように失われ、代わりに、漆黒の鎧が彼を纏っている。
「くはははははは!」
 その姿に気分を良くしたように、鬼羅は高らかに笑った。
「あーっはっはっは! いくぜぇ!!」
 そして次のときには、敵兵の壁へと突っ込んでいったのである。
 彼の戦い方はトリッキーだった。基本は格闘術であり、鎧の間から時々、感情の高ぶりに合わせて黒炎が噴き出るもの。しかし、いきなり無防備な構えをして相手を誘ったり、逆立ちしたり、四つん這いになったりと、型にはまらない戦い方で相手を翻弄した。時には、レビテートで足音を消したり、ミラージュで幻影を出したりといった、悪路王の思考を思わせる知的な一面も見せる。
「てめぇらの戦い方気に入った!! だがオレも負けてられねぇ!! オレの目的のためにぶっ潰させてもらうぜ!!」
 そう言って戦う彼と敵兵のぶつかり合いは、一見すれば野獣同士の縄張り争いのような戦いにも見えた。
「さぁ、見ててくれ師匠!!! オレの雄姿を!!! 弟子になるまで死んでたまるか! そして弟子になるまで師匠に死んでもらっても困るんだよ!!」
 鬼羅はアムドゥスキアスに向かってそう叫びながら、敵を叩き潰し続けた。
「無理しない程度にがんばってね」
 それに苦笑するアムドゥスキアスは、彼が自分に魂を捧げたいと言った、戦い前のことを思い出す。
(自ら……なんてね)
 無論、アムドゥスキアスはそれを断った。
 別に彼の魂を奪うことによって不利益が生じるというわけではない。ただ、気分が乗らなかったのだ。あの時の判断を一言で言えば、そうなるだろう。
 今あらためて考えれば、魂の管理が難しい、や、相手の魔族に足元をすくわれる可能性があるなど、色々とデメリットは考えられる。
 だが、そんなことよりもあの時は、彼自身が、仲間の魂を手にすることを良しとしなかったのだ。
(感化されたかな)
 そんなことを思う。
 そういう意味では、鬼羅だけではなく――ロイ・グラード(ろい・ぐらーど)も同じだった。
「ヒャハハハハッ! マジあいつらの強さハンパねーって! ヤッてやれんのかよ、ロイ!」
「黙ってろ、ヤミー」
 けたたましい声で軽口を飛ばす相棒の常闇の 外套(とこやみの・がいとう)を一蹴して、ロイは土遁の巻物を読み上げた。
 巻物は魔力の込もった魔法の道具のひとつである。森のなかの土砂が勝手に動き出し、動き続ける木々たちを押し返す。突然、意図していたものと違って動きを止めた木々たちに、敵兵たちは戸惑いを見せた。
「動きをある程度封じれば、勝機は見えてくるはずだ。一気に突破するぞ」
 ロイの言葉を受けて、アムドゥスキアスを含む仲間たちはうなずいた。
 戸惑いから統率がとれなくなった敵兵たちを蹴散らして進みつつ、ロイは横を走る魔神の少年が、魂を捧げるという申し出を断ったことを考えていた。
 彼としては、力だ欲しかっただけだ。
 魔族に魂を捧げるということは、それに従属するという制限の代わりに、魔力が人一倍高まる。そこに目をつけて、いかに犠牲を少なく力を手に入れられるか、ということを考えていた。
 しかし、それは叶わなかった。
 一度小隊に加わってしまったため、いまさらそこから簡単に抜けることも出来ず、結果的に、右往左往しているうちにここまで来てしまった。アムドゥスキアスが、損得勘定だけで心を動かす相手ではなかったことが、自分の失敗か。
(あるいは……気づいていたのかもな)
 そんなことをロイは思う。
 アムドゥスキアスは、彼が力を求めるがゆえに自分に近づいてきたことを、すでに見越し、さらに、その向こうに見える彼の過去や未来さえも、見透かしていたのかもしれない。
(考え過ぎか)
「おいおい、ロイ公。なーに、ノスタルジっちゃってんのよ? カナンの連中と、ナベ公を今から一緒に、これから一緒に、殴りに行こうか、みてェなノリでやるんだろ?」
「頼むから黙っといてくれ」
 頭を抱えるようにして、ロイはぼやいた。
 ケタケタと笑う外套。それを呆れた目で見て、彼は静かにため息をついた。
(まあ……なるようになるか)
 短い間だが、これまでだって、ザナドゥではそうして厄介ごとを乗り越えてきたのだ。ロイは諦めたような顔から決意の表情へ変わって、ナベリウスを殴りに行こうと決めた。