リアクション
* * * 天御柱学院――。 「あれ、ルージュさん? 今日は休みになったって連絡があったはずだけど」 風紀委員長代理のルージュ・ベルモントは、生徒総会の発言権を持つ者達が新体制に向けての準備を行うために使用している会議室に入った。 「なら、そういうお前はなぜここにいるんだ――七聖 賢吾パイロット科代表?」 「まあ自分の場合、休みになっても暇を持て余すだけだからさ。ここにいた方が落ち着くんだ」 青年が自分の車椅子に目を遣った。 代表になったときは生徒でありながら教官と一緒に後輩の指導を行うほどの実力者だったが、突然の脳神経疾患が原因で半身不随となって以降は学院で療養中だったらしい。 「俺もだ。元々管区長だった身だ。休みというのは、かえって落ち着かなくてな」 ルージュは手に掴んだ一枚のビラに視線を送った。 「それは?」 「ああ、今日が開催日らしい。学院の生徒も、何人か参加するようだな」 去年はろくりんピックの期間中に、この海京で行われていたと記憶している。 「なるほど。まあ、たまにはこういうのもいいんじゃないかな。新体制に関わる人達はずっと働き通しだったわけだし、息抜きは必要だよ」 「……息抜きになるようなものならいいんだが」 噂によれば、「ゲーム」ではあるが「遊び」ではないとまで言われるものらしい。 「息抜きはいいけど、あとで遊んだ分は仕事してもらわないとね。まだまだやらなきゃいけないことは多いんだから」 「あれ、あやめちゃんも来てたんだ?」 真っ直ぐに整えられた黒髪が印象的な、小柄な和服姿の少女が入ってきた。2021年度生徒会長の五艘 あやめである。 「ケンくん、この格好を見ての通り今日はオフよ。ただ、ちょっと気になることがあるから、確認しに来ただけ」 それを話す前に、缶蹴りのビラをルージュから受け取った。 「これは息抜きにはならないわねぇ。あ、そういえば長谷川代表が参加するんだったかしら? ちゃんと生きて帰ってくるといいんだけど」 ルージュも、缶蹴りに参加するらしい別の知り合いのことが頭を過ぎった。 「そういえば、昨日はアイツの様子がおかしかったな。缶蹴りとは、前日から緊張するほどのものなのだろうか?」 * * * 時は前日まで遡る。 「缶蹴りに参加届け出しておいたわ、守備側で。負けたらこの前のロシアンカフェでバイトしてもらうわよ♪」 ルシェン・グライシス(るしぇん・ぐらいしす)は、榊 朝斗(さかき・あさと)にその旨を告げた。 「もちろん、『ネコ耳メイドあさにゃん』で! 主催者にもマスターにも了承してもらったから。むしろ、大歓迎だって♪」 約一ヶ月ほど前、朝斗はロシアンカフェで一日限定のネコ耳メイドを披露していた。そうなったのはルシェンが仕組んだからなのだが、その日の売り上げは過去最高を記録したのだという。 「せっかくだからアイビスにも連帯責任で同じ格好をするようにしておいたわ」 「ルシェン、朝斗ならともかく、私まで巻き込まないで下さい。それに何ですか、私までネコ耳メイドになれと? 冗談は寝てから言って下さい」 「生憎、もう遅いわ。この通り、『辞退した場合も負けと同じ扱い』ってことで主催者のエミカさんからお達しがあるのよ」 アイビス・エメラルド(あいびす・えめらるど)からの抗議を受けるが、もう決まってしまったものは覆らない。 「く……絶対に死守してやる! 今度は思い通りにいくと思うなよ、ルシェン!!」 「朝斗、明日は全力で缶を守りましょう。ルシェン、後で覚えておいて下さい」 学院の中で、これから作戦を練るであろう二人を見送ると、彼女は携帯電話を取り出した。 『私です……ええ、もちろん報酬は弾みます。例のロシアンカフェの裏メニュー、バケツパフェでどうでしょうか?』 電話の相手からの返事は、OKだった。 『では、明日は宜しくお願いします』 続いて、別の相手にも同様に根回しを行う。 『そうですね……限定版イコプラ「レイヴンTYPE―E チタニウムフィニッシュ」で……ええ、ありがとうございます』 さらに、海京の銘酒「淤能碁呂島」を条件にもう一人の協力を得ることに成功した。 「準備完了。ふふ、明日が楽しみね」 |
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