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リアクション
その男は、空を漂いながら缶の攻防を眺めていた。
『デデンデンデデン!
デデンデンデデン!!
デデンデンデデン!!!』
なお、未来からやってきた筋肉モリモリマッチョマンで殺人ロボットな人のBGMが流れているが、それは彼の脳内限定である。
手にはショットガン、サングラスを掛け、煙草の代わりに串団子を口にくわえ、「いかにもそれっぽい」雰囲気を醸し出しているが、いかんせん光学迷彩とブラックコートによって、誰にも分からない。
が、大事なのは気分である。
「I’ll be back!」
登場しているのに「また来る」とはこれいかに。だが、名台詞というのは何となく使いたくなるものだ。
そんなわけで、榊 朝斗をネコ耳メイドにすべくルシェン・グライシスによって科学都市海京から送り込まれた液体金属の四肢を持つ食物抹殺用アンドロイド――通称、月谷 要(つきたに・かなめ)は、守備側の様子を窺っていた。
(全てはバケツパフェのため。あぁ、でもパフェってきっと甘いよね。美味しく食べるために口直し用の甘み無しの飲み物とかも一緒に頼んで……例のカフェ、飲み物も定評あるんだよねぇ〜)
食べ物が掛かった今日の要は覚悟が違う。
(地上は落とし穴だらけ……ダミー缶多数、と)
どれが本物かはまだ分からない。
わざわざ幻影を投影したということを考えれば、鬼羅の缶が本物であるかに思われる。あるいは、それもフェイクなのか。
(まだ攻めるのは早計だよねぇ)
串団子を噛みしめながら、仲間が動き出すのを待つ。缶を蹴ることよりも食べることに専念しているがゆえ、彼の存在を殺気看破やディテクトエビルで察知するのは困難だ。
……今は。
眼下を猛スピードで突っ込んでいくトラックに、注目が集まっていたからだ。
「落とし穴があるってことくらい、お見通しだぜ!」
和泉 直哉(いずみ・なおや)は直哉専用イートラックのアクセルを強く踏みしめた。
「でも、兄さん。このスピードでもゴリ押しは無理があるよ!?」
「大丈夫だ、問題ない」
直哉とて、ただ闇雲に飛び込んでいるわけではない。
去年の夏休み、ろくりんピック期間中に海京で缶蹴り大会が行われたことは知っている。学校にビラが張られていたからだ。
その後、学院の中に流れた噂によれば、「ろくりんピックの競技よりも熾烈な戦い」だったという。その噂に、偽りはない。
トラックで突っ切りながら、ダミー缶を始末しようとする。
だが、
「く……爆弾が仕込まれてたかッ!」
落とし穴はスピードで何とかなる。だが、ダミー缶の中には……正確には缶だと錯覚させられていたものは、機晶爆弾であった。
ドン、とタイヤの下で爆発が起こる。
そのままトラックが跳ね上がった。
「さあ、こっからだぜ!」
その爆発で飛ばされたと見せ掛け、仏斗羽素でトラックを上空に浮かせた。
「え、ちょっと兄さん! 上空から突っ込むなんて聞いてないよ!?」
和泉 結奈(いずみ・ゆいな)が驚きの声を上げる。
この作戦は、妹にも内緒にしていたのだ。
「輸送用トラックだッ!!」
そのまま上空からトラックを落下させる。
「無駄無駄無駄無駄ァーッ!!」
今は最高にハイって気分だ。この勢いを止められるか。
だが、このまま自分も地面に激突することになったら本末転倒だ。
そのため、加速を始める前にトラックから脱出する。ロケットシューズで宙に浮かび、トラックを囮に缶へと向かった。
ただ、どの缶が本物かは分からない。間違えればさっきのようにドカン、もあり得る。
(この中に本物があるのは間違いない。落ち着け、俺)
素数を数えはしないが、相手もダミーに紛れさせるとはいえ、缶をあえて蹴られやすいようには配置しまい。
そうなると、答えは一つ。
「あれだ!」
全裸で土下座をした男の上にある缶。あれが本物の可能性が高い。色々と思うところがあるが、突っ込んだら負けな気がするため、そのまま缶を目指すことにした。
ロケットシューズの推力を全開にし、一気に降下。
「これがトラックと俺達の――『絆』だ!!」
そんなことを口にしたものの、トラックは地面に激突した衝撃でエンジンが爆発、炎上した。トラックは犠牲になったのだ。
爆発と共に発生した煙幕に紛れ、缶への接近を図るが、
「……身体が!?」
重力が強く感じられた。
その一瞬で、空中におけるバランス感覚を失ってしまう。
直後、彼の身体にワイヤーが巻きついてきた。
「捕まえました」
アイビス・エメラルド(あいびす・えめらるど)によるものだった。どうやらトラックを脱出した時から機を窺っていたようである。
(兄さん、私も捕まっちゃったよ……)
トラック、直哉が二重の囮となっている間にこっそり缶を狙っていた結奈だったが、彼女も見つかってしまったようである。
むしろ、策敵をしていた守備側の人間に気付けなかったというべきか。どこからともなくロープが飛んできたというのだ。
それは、光学迷彩で姿を消した上乗り物でもある小型飛空挺ヘリファルテに迷彩塗装が施され、ほとんど不可視になっていたちび あさにゃん(ちび・あさにゃん)によるものである。捕縛している以上、存在は感知出来るが姿が見えないため、直哉や結奈にはまだ分からないままである。
(守りのうち、二人は引きつけたぜ。今のうちだ!)
テレパシーを用いて、直哉は守りに隙が出来たことを味方に知らせた。
(さあ、仕掛けるよ、フェル!)
十七夜 リオ(かなき・りお)は直哉からのテレパシーを受け取り、勝負に出た。
自分が攻める前に、守りを足止めするために戦闘用イコプラ三体の遠隔操作を行う。なお、先端テクノロジーで前もってイコプラは改造してある。天学整備科の生徒として、実機の動きを検証するためのミニチュアとしてイコプラを使うことはそれほど珍しいことではない。
連絡によれば、本物と目されている缶は非常に蹴り難い場所にある。いや、反則にならないよう気をつける余裕があれば、むしろ容赦なく蹴ってやりたいところだが。
(イコプラが何をしようとも、反則にはならないよね)
出来る限り捕縛に行ったままの二人の守備を足止め出来るよう、銃型HCにオートコマンドを入力して、突入の態勢になる。
その上でナビゲーターによって缶までの最適なルートを算出。迷彩塗装を施した小型飛空挺ヘリファルテを発進させた。
なお、自身も隠れ身でさらに姿勢を低くすることで、飛空艇で姿が見えないように工夫をする。
(爆風で乱れなかったから、偽缶はメモリープロジェクターの映像じゃない。ってことは……)
実体のあるダミー缶だ。
ルール上用意出来ないはずの蹴るべき缶のデザインに見えるということは、何らかの仕掛けが施されていることに他ならない。
そして、その主らしき姿が眼前に迫っていた。
が、彼の後方には、土下座の態勢で遠めには尻なのか背中なのか微妙な位置に缶を載せた鬼羅の姿があった。
「天学の女装コンビか!」
思わず指を差して叫んだ。
「断じて違う!」
その言葉が、鬼気迫る表情の朝斗に潜む何かを駆り立ててしまったらしい。
が、向かってくるなら好都合。
最大明度の光術を繰り出し、目晦ましを行う。
(フェル!)
直後、フェルクレールト・フリューゲル(ふぇるくれーると・ふりゅーげる)が自称小麦粉を投擲。煙幕を使われる前に、先手を打つ。
それに紛れて、彼女がアクセルギアを最大の三十倍で起動した。その際、ミラージュによる幻影(というより残像)を生み出し、さらに地面のトラップに引っ掛からないようにロケットシューズで突撃する。
そこから真空波を地表にあるダミー缶に向けて繰り出した。
相対時間で三秒、フェルクレールトの中では一分半だが、その間に出来る限り多くのダミーを潰す。その中には爆薬が仕込まれていたため、次々と爆発していった。
無論、その間の出来事は速過ぎてリオには認識出来ていない。
その三秒時点で朝斗がアクセルギアを起動しフェルクレールトと同じ速さ、さらに彼もまたロケットシューズが原型であるシュタイフェブリーゼ着用なため、空中でも三十倍の速度を活かしきっている。
五秒が経ってフェルクレールトが限界時間に達し、ワイヤークローによって朝斗に捕縛された。
小麦粉投擲から六秒後、朝斗がリオの背後から迫ってきた。
(アクセルギアか! 振り切れないな)
急ブレーキを掛け、飛空艇を減速させる。
朝斗が勢いのあまり追い越しそうになるが、ギアはもう切っていたらしく、すぐに反応してきた。
彼がサイコキネシスでワイヤーを操り、リオを捕らえようとしてきた。
「これで……どうだ」
捕まる寸前、銃型HCに手早く最後のコマンドを打ち込む。
妨害に向かわせたのは二体だ。最後の一体は、こうなった時用の隠し玉だ。
捕まる前に行ったことであれば、捕まった後も無効にはならない。つまり、ここでリオのイコプラが缶を蹴り倒しても、それは有効だということである。
荒野の地に合わせ砂色で迷彩塗装を施したそれが、全裸の変態の元へ飛んでいく。なお、それを地面に下ろしたのは減速時ではなく、光術を放った瞬間だった。
加えて、この守備が撹乱されたタイミングで、他にも攻撃側で動き出した者がいる。
要だ。
黒壇の砂時計で周囲の時間を減速させ、一気に缶へ向けて飛んできた。
「させないよ!」
クリスチーナ・アーヴィンが、缶の周囲に掘った落とし穴に紛れさせた塹壕の一つから加速ブースターで飛び出し、要の前に躍り出る。
迷彩塗装を施した薄布で存在を隠し、最後の防衛線として控えていたのである。
要に牽制攻撃をする隙を与えず、彼の身体を受け止めた。
さらに、その状態から片腕を動かし、エアーガンでリオの放ったイコプラを撃ち抜いた。
(今のはちょっと危なかった……)
真琴の防衛計画による指示と、鬼羅による敵の行動予測と殺気看破による気配察知がなければ、おそらく(鬼羅ごと)蹴られていただろう。
最も、殺気より食い気な要だったために、気配が弱く気付くのに遅れたのではあるが。
だが、畳み掛けるような猛攻を防いだものの、守備側も相当体力・精神力を削られてしまった。
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