リアクション
卍卍卍 「うむむ、着物で歩くって、思ったより難しいかも」 秋月 葵(あきづき・あおい)は花魁行列の後に続ていた。 日本舞踊の経験があるとはいえ、綺麗に裾をさばきながら歩くというのはそう簡単ではない。 普通の着物でさえそうなのだから、高木履(ぼっくり)を履いての花魁独特の歩み『八文字』は、かなりの修練を積んだものなのだろう。 「ティファニーちゃんも花魁道中やったんでしょう? すごいなあ」 「ん、ミーですか? ガンバりましたよ! はふはふ」 ティファニーは屋台で買ってきた『おでん』をほおばりながら、葵たちと見物していた。 「カンザシ着物も重かったケド、楽しかったですヨ。葵サンも出来ますヨ。ミーが教えてアゲマス!」 「え、そうかなあ。できるかな、私」 「ミーも明仄姐さんに教わったデス。そっくりそのままマネしてくださいネ!」 そういって葵の手を取りレクチャーを始めた。 「お、なんやティファニーちゃん、また花魁やるんか?」 日下部 社(くさかべ・やしろ)はさらに『おでん』を追加で持ってきた。 『たこやき』や『オムそばバ』もある。 濃厚ソースの香りに、ティファニーの目がきらきらと光った。 「違いますヨ。ミーはアイドル侍になるデスヨ。歌って踊って戦えるなんて最強デス!」 「そっか、今はアイドル戦国時代やならな」 「ここは笑うところやで!」とセルフ突っ込みしながら、社はティファニーに耳打ちする。 「ティファニーちゃんがアイドル侍を目指そうと思ったのは、やっぱ俺のせい?そうなんやったら俺も力を貸さんワケにはいかんよな〜? ライバルに負けんようきばらなあかんで。俺も応援するわ」 「ありがとデス。ミー、頑張りマス」 まるで兄のように、父親のように餌付けする社。 この娘案外フードファイターとしてもいけんるんちゃうかな、と彼は思った。 「いつか846プロも、こんな花魁道中のような大きなイベントを起こせるようになりたいもんや」 「何やらきいた声と思ったら、貴公らですか。葵」 頭上から周瑜 公瑾(しゅうゆ・こうきん)の声がした。 彼は茶屋の二階から、優雅に花魁道中を見物していた。 すでに一杯やっていたらしく、座敷には芸者や舞子などの姿も見える。 葵が下から手を振る。 「降りてきてよ。一緒に道中に参加しましょうよ」 「葵こそ、こちらに上がってはどうです。美味しい酒も肴もありますよ」 「だってあたし、お酒飲めないもん」 「ふむ……美しものを眺めつつ、昔を思い出しながら酒を飲むのも悪くはないが……」 公瑾は二階から道中を眺め、目を走らせる。 「どれ、もっと近くで見てみましょうか。何なら、一つ舞いでもご覧にいれますよ」 卍卍卍 「こんな人ごみに連れてきたら迷子になるぞ」 「大丈夫……この仔、賢いから。鈴も、つけた……あ」 猫がスウェル・アルト(すうぇる・あると)の腕からすり抜けた。 小さい鈴の音を鳴らしながら、あっという間に消えてしまう。 彼女に誘われ、花魁道中をお忍びで見物してた鬼城 貞継(きじょう・さだつぐ)は苦笑した。 「やはり猫は猫だ」 「大丈夫。探す側の気持ちは、そんな感じ」 スウェルはそういって、日傘越しにちらと貞継を見遣る。 貞継も自らの行動で周囲に心配を掛けていたという自覚はあるらしい。 自分のことを言われたのだろうと思った。 「……すまなかった」 「平気。のんびり、待とう」 彼らは軒先に腰掛けて、蒼い色をした限定『肉まん』をほおばる。 大人気商品らしく、たちまち完売したらしい。 マホロバ城での生活しかしらない貞継にとっては、何もかもが新鮮だった。 「隠居生活は、どう?」 スウェルは貞継に尋ねた。 「今が一番穏やかな気がする」 「また遊びに、誘っても……いい?」 「ああ」 彼れの目の前をちょうど、花魁たちの行列が通りかかった。 作曲者不明 『名もなき独奏曲』(さっきょくしゃふめい・なもなきどくそうきょく)が何かを祈っている。 「埋めてきた重いあの『箱』と俺の書いた『記録書』。アレらが未来の鬼城 貞康(きじょう・さだやす)の兄さんに届きますように……」 彼は手を合わせ、行列に向かって何度もつぶやいていた。 「何をしている?」 貞継の問いかけにムメイが答える。 「何って……願かけだよ。未来の日本は大変なことになってるかもしれないしね」 マホロバの初代将軍貞康(さだやす)は、二千五百年がかりの願いを叶えて、『扶桑の噴花』とともに、消えた。 その魂は、未来の日本へ向かったと貞継は言った。 「確かに、自分のために命を懸けて戦った家臣や鬼たちに逢いたいというのはあっただろうが、それだけではない。貞康公はこのマホロバを……この時代に生きるものを信じて、託したのだと思う」 「願わくば……」 花魁行列のお囃子が聞こえる。 スウェルは透明感のある声で、音を合わせて唄っていた。 人の笑顔は浮き世の花。 手折れたとしても枯れぬ花。 手折れて尚咲く永の花。 願わくば。 願わくば、あなたの笑顔も、永に咲くことを。 「猫が……」 貞継は彼女の歌声に聞きいってたが、猫の影を見つけたのか。 急に立ちあがると、彼女たちをその場に残したまま追いかけていってしまった。 「あの兄さんは相変わらずだねえ」 『名もなき独奏曲』が笑いながら肩をすくめた。 「まるで猫だね」 「本当、困った仔」 スウェルは立ちあがり、お気に入りの傘を開く。 傘は、日の光にあたってきらきらと光った。 |
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