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第九章 花魁道中2


 一方、こちらの往来では道の真ん中でもめていた。
 東雲遊郭の花魁と水波羅遊郭の花魁が、互いに道を譲らないでいる。
「先に道中してたのはアタシらだよ。こそ、どいとくれよ」
「これやから田舎者は。礼儀も何もあらしまへんなあ」
 呉服屋で買い物を楽しみながらその現場に居合わせたイランダ・テューダー(いらんだ・てゅーだー)は、顎に手を当ててうーんと唸っていた。
「お祭りなのにどうして貼り合うかなあ。せっかく綺麗な女(ひと)たちなのに」
 花魁道中を『祭り』と思いこんでいるイランダは、ポンと手のひらをたたいた。
「もも、出番よ! ここで仲裁したら正義のヒーロー、ううんヒロインになれるわよ!」
「ヒロインって……イランダさんひどいですう。どうしてまたこんな恰好を……」
 花魁衣装を着せられて、よいこの絵本 『ももたろう』(よいこのえほん・ももたろう)は半べそ状態でいた。
 姫月 輝夜(きづき・かぐや)が、にこにこと笑っている。
「可愛い! やっぱりももは桃色や赤が似合ってるよ〜ぉ」
 輝夜は化粧ポーチを取り出し、『ももたろう』の目元にぐいぐいアイラインをひいている。
「だめだめ〜、じっとして〜。ハイ、笑って!」
「う……ん」
 笑顔がひきつる『ももたろう』。
 そのまま、花魁の姐さんたちの真中へ放り出された。
「何、新人かい? うちらに何か?」
「あ……えーと」
 助けを求めようと振り返ると、イランダたちは手を振って声援を送っている。
 唯一頼りになりそうだった柊 北斗(ひいらぎ・ほくと)は、遊女たちに囲まれてそれどころではなかった。
 女性が苦手だという北斗は、話しかけられただけで赤くなって固まっている。
「ええと、俺はその……こういうのは慣れなくて」
「うふふ、可愛い。お姉さんといいことしない?」
「あ、う。いや、その……」
 『ももたろう』はがくりとうなだれた。
「……もう、ダメかもしれない」
 そのとき、パシャパシャとシャッター音が聞こえた。

 同じような境遇の花魁セルマ・アリス(せるま・ありす)と、彼を撮り続けるパートナー中国古典 『老子道徳経』(ちゅうごくこてん・ろうしどうとくきょう)である。
「いつものことながらセルマの女装は最高ね! お雛様みたい」
「お雛様って……確かに前にもやったことあるけど。俺、オトコだよ? 花魁の衣装なんて、なんで俺着せられてるのかな?」
「似合うからに決まってるじゃない。本物の女の子みたいよ」
『老子道徳経』は「何を今更恥ずかしがるの」といい、普段は口数の少ないリンゼイ・アリス(りんぜい・ありす)も珍しく乗り気のようで、セルマの袖をぐいぐいと引っ張った。
「さすがは我が兄。男らしさゼロですね。いいじゃないですか、男の娘でも。その姿、私の目に焼付けさせていただきます」
 リンゼイの至上ともいえるほどの軽蔑のまなざしが、セルマに向けられる。
 彼はその場から逃げ出そうとしていた。
 ……が、リンゼイの左手がそれを許さない。
 ぎゅっとその手を握り締め、セルマに逃げ道はなかった。
「イテテ……リン、変なこというな! というかその【金剛力】(チカラ)、やっぱり本気の本気でそう思って言ってるんだな。 だからってシャオさん、ツーショット撮るのやめろー! 俺、本当に泣きたくなってた……」
 完全に男の娘として扱われるセルマである。
 でも大丈夫。
 時代はキミに追いついている!


 しかし、そんな小劇場を、一瞬で凍りつかせるような珍事が起こった。
 男がのしのしと歩きながら、人差し指を突き出す。
「甘い、甘いぞ。花魁はそう軽々しいもんじゃない。マホロバ女性の美そのものだ。ここはひとつ……本物の美とは何か? 『美しさ』の競演といこうじゃないか!」
 七篠 類(ななしの・たぐい)(彼は自分の名を『七篠 稀(ななしの・まれ)』と名乗った。明らかに偽名である)は、これはあくまでも花魁の宣伝なのだといった。
「平和になったのだから、もっとマホロバの良さを世界にアピールしていかなくては。花魁の美しさをね。そのために俺は人肌脱いだのだ……花魁のお姉さん、君たちの挑戦を受けようじゃないか……! さあ、胸を広げて待ってるぞ。飛び込んできたまえ……! と、その視線は……何カナ?」
 稀(まれ)は彼を取り囲む冷たい空気に気づいていた。
 それもそのはず、頭には『中華風の髪飾り』を乗せ、赤のぴっちりチャイナ・ドレスをまとったすっぴんの男が、いきなり現れては『美しさ』対決をしようと言い出したのだ。
 どう見えてもHENTAIさんである。
 誰も彼と目を合わせようとしない。
 近づかない。
 類の半径1.5mには、見えない透明のバリアが貼られているようである。
 しかし、これは類の高度な戦略テクニックである(と彼は思っている)。
 わざと身体の線を出すためのセクシー・チャイナドレス(ただし男)なのだ。
「おかしいな、誰も名乗り出ないとは。君たちの誇りは、それで本物だといえるのかね? このままでは俺の勝利が確定するぞ!」
 そういって、足を一歩一歩踏み出し近づこうと稀(まれ)。
 彼が動く度に、片方だけ剃り残しているすね毛がまぶしい。
「ははは、本編のシリアスなんか吹き飛ばしてくれるわ。こっちはストレスたまりまくってたんたぞ!」
「アホですか、あなたはー!!」
 上空から、稀(まれ)めがけて何かが突っ込んできた。
 小型飛空挺から、彼のパートナー尾長 黒羽(おなが・くろは)がダイビング・つっこみを炸裂させる。
 稀(まれ)は後頭部に衝撃を受け、そのまま倒れこんだ。
 その拍子に、頭の『中華風髪飾り※P17』が弧を描いて飛んでいく
「お見苦しいものをお見せしてしまいました。わたくしが責任をもって回収いたしますので!」
 黒羽は申し訳なさそうに、チャイナドレスの男を引きずって去っていった。
 花魁たちはぽかんとし、顔を見合わせる。
 次第にくすくす笑い出した。
「……アタシら何してんだろうね」
「ほんまどす。なんや、張り合うのがあほらしゅうなりました」
 あれほどもめていた東雲、水波羅の花魁が、手に手をとっている。
 彼女たちは『ももたろう』とセルマにも呼びかけた。
「お前さんたちもその格好、一緒に花魁道中やろうじゃないか?」
「ボクたちもいいの?」と『ももたろう』。
「俺もか?」とセルマ。
 花魁は微笑むと自分の簪(かんざし)を抜き、彼らの髪にさしてやった。
「花魁道中は遊女にとって憧れの晴れ舞台。笑顔で、気高く、美しく。この晴れ舞台を立派につとめあげまひょ」
 どうやら、類の乱入も無駄ではなかったようである。
 花魁行列は次第に参加する人が膨れ上がり、それはたいそうにぎやかなものになっていった。