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【2021修学旅行】エリュシオン帝国 龍神族の谷

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【2021修学旅行】エリュシオン帝国 龍神族の谷

リアクション

 唯斗を置き去りに、清めの泉へ向かった睡蓮は試練の締めくくりとして身を清めようとする契約者達へ簡単な祝福の言葉を贈っていた。
 その横でプラチナムが穏やかな表情で儀式の進行を見守っている。
「プラチナ姉さんは入らないのですか?」
「私はここで見ています」
 睡蓮の問いかけにやんわり答えるプラチナム。
 彼女自身、理由はよくわからないがこの試練場に足を踏み入れた時から、何故か懐かしさを覚えて仕方なかった。
 睡蓮は深く聞くことはせずに頷き、泉へ視線を移す。
「不思議な泉ですね。もう何人も出入りしているのに水は澄んだままです」
「聖水、でしょうか? 多くの龍騎士がここで改めて自分の役割を自覚するのでしょうね」
「それにしても、唯斗兄さんは何をしているんでしょうか。泉でお清めをすると言っていましたのに……」
 睡蓮は彼のお清めの様子を見るのを楽しみにしていた。
「興味の引かれるままに見て回っているのかもしれませんね。すぐ迷子になるのは困ったところです……」
「誰がいつ迷子になりましたかね?」
 プラチナムがそっとため息をついた時、どこか恨みがましい声が割り込んできた。
 振り向いたプラチナムと睡蓮の目の先に、疲れた様子の唯斗とエクス。
「唯斗兄さん、何してたんです?」
「何してたって……」
「鳥との戦いの果てに魔石に封じられたのだ」
「……エクス、合ってるようで間違ってるから」
 睡蓮の問いに対する答えは要領を得ないもので。
 よくわからなかった睡蓮は、たいへんな目にあっていたんだと思った。
「無事なら、それでいいんです」
 睡蓮の綺麗な微笑みに唯斗は心から癒された。
 しかし、それを無邪気にぶち壊すプラチナム。
「魔石の中はどんな感じでしたか?」
「……人には触れられたくない傷というものがありましてね……」
 唯斗は目を閉じ、肩を落とした。
 そんな彼の背をリラードを肩に乗せた歩がポンと叩く。
「せっかくだから泉に行こう。巫女さま、手続きをお願いします」
 睡蓮に向き直り、ぺこりとお辞儀をすると睡蓮は微笑んで祝福の言葉を述べ、鈴を鳴らした。
 数秒後、何人も余裕で入れる広い泉で「わぁっ!」と一斉に声があがることになる。
 リラードが羽をばたつかせたため、水が派手に飛び散ったためだ。
 たまたまそれを目にしたエキーオンが、前代未聞だとこぼしたとか。

 何やら騒がしい一団に小さく笑みを浮かべた鬼龍 貴仁(きりゅう・たかひと)は、もう少し奥へ進み喧騒から離れた。
 各試練を突破する際、そこに留まり試練を受ける契約者達がとりこぼした分を相手しただけだったが、龍騎士の気分を味わうことはできた。
 貴仁はその感触を大事にしながら泉に身を沈めていく。
 水は刺すように冷たいが、やわらかい。
 一思いに頭まで潜り、すぐに立ち上がる。
 壁の高い位置にある隙間から差し込む光が、泉にいっそう神聖さを持たせていた。
 視線を落とし自身の両手を見下ろすが、特に変化はない。
『何かあったか?』
 不意に声をかけられ、顔をあげれば泉の縁にエキーオンが立っていた。
「いえ、何も起こらないんだなと思いまして……」
『身も蓋もないことを言えば、単なる儀式だ。お前が何も起こらなかったと思うなら、その通りなのだろう』
「つまり、俺達の気持ちしだいでこの泉の解釈がいくつもできる、と?」
『試練を突破した龍騎士は、ここでそれを考える』
 貴仁は再び両手に視線を落とした。
 緋桜 ケイ(ひおう・けい)もエキーオンの話を聞いていた。
 どうして試練の最後にこの泉で身を清めるのか気になっていたからだ。
 それともう一つ。
「なぁ、この泉の起源なんて知ってるか?」
『あった……と思う』
 エキーオンの答えはひどく頼りないものだった。
『龍神族なら知っていただろうな』
 彼らが滅んだ今、それを知る者はもういない。
「そうか……。じゃあさ、みんな思い思いに泉に入っているけど、それでいいのか?」
『ああ。思う通りに入ればいい』
 ふ〜ん、と頷いたケイは、ざっと泉を見渡す。競技用のプールくらいの広さはあるだろう。
 一番深いところでもケイの腰の少し上くらいだった。
「あんまり広いと泳ぎたくなっちゃうな」
「本気ですか……?」
「泉の底に隠し通路とかさ」
「仮に開いたとしたら、水はどこへ流れていくんでしょう?」
「あはは、冗談だよ。──エキーオン、俺達をここに入れてくれてありがとう。貴重で得がたい経験をしたよ。修学旅行としてとても有意義な時間だった」
『そうか。こちらも収穫があったからお互い様だな』
 ケイは微笑んだが、骸骨のエキーオンの表情はわからない。
 けれど、穏やかな雰囲気は伝わってきた。
 去っていくエキーオンを見送った後、ケイと貴仁はそれぞれに分かれて自分の心と向き合った。

「ねぇ、ちょっといい?」
 エキーオンにそう声をかけてきたのは、ずい分くたびれた様子の伏見 明子(ふしみ・めいこ)だった。
 彼女は一人で試練を突破……しようとしたがさすがにそれは無理で、それでもできるかぎり挑戦してここにたどり着いた。
「相談があるんだけど」
『何だ?』
「大帝やってる良雄のことなんだけど、同じパラ実の者としちゃ気になるわけなのよ……」
『気になるとは? 特に危険はないはずだが』
 良雄は前大帝ルドミラがバックについているし、比較的好意的な態度で接しているから臣下達も手を出そうとはしないだろう、とエキーオンは加えた。
「それならいいんだけどね……」
 明子は曖昧な笑みを浮かべた後、考えをまとめて口にした。
「良雄はたいして不満もないのかもしれないけど、やっぱり仲間が傍にいないのは寂しいかと思って。一人くらい置いてあげられないかな?」
『それは我に答えることはできないが……、必要とあらば帝国から要請が行くだろう』
「そっか……」
『少し休め』
 残念そうな明子を労い、エキーオンは休息を勧めた。
 明子は近くの石棚に腰を下ろすと、龍騎士について考え始めた。
「龍騎士はみんな一人であの試練を受けてるのよね……」
 小さく唸り、ため息をつく。
「わかってはいたけど尋常じゃないわね」
 龍は契約者が龍騎士になれる可能性はゼロとは言い切れないと言っていた。
「小数点以下いくつとかの世界なのかな」
 エキーオンに聞いて……と思ったが、目に見える範囲にはいなかった。
 龍騎士は目指すものではなく、目覚めるものだという話も耳にした。
 なれるものなら、ずっと戦う相手であった彼らとの仲直りの印になってみたいとも思ったが、どうやらそう簡単な話ではないようだ。
「ま、考えても仕方ないかー」
 しばらくして明子は考えることをやめた。
 今はまだ、待つ時期なのだろう。
 学生達のざわめきを背景に、天 黒龍(てぃえん・へいろん)は最後の間をゆっくり歩く。
 黒龍に鮮烈な記憶を残したある龍騎士を思い出しながら。
(貴方もここに来たのだろうか? 私達が大勢でやっと潜り抜けた試練を、たった一人で突き進みここまでたどり着いたのだろうか?)
 修学旅行にこの地を選んだのも、その龍騎士を少しでも理解したいと思ったからだ。
 ふと黒龍は壁際にたたずむエキーオンを見つけた。
 そっと近づき、ずっと抱えていた疑問をぶつけてみる。
「聞きたいことがある。龍騎士になる人間とは、どのような人間なのだ? 神の力に覚醒した戦士だということは知っている。しかし……何を求めて龍騎士になる?」
 エキーオンは思考の読めない真っ黒な眼窩を黒龍に向けた。
『龍神族に代わり、帝国やパラミタの人々を守る力を求めている』
「守る力を……。エキーオン、私は孤独な目をした龍騎士を知っているよ。あの人は、守る力を得る代償として独りになったというのか?」
 エキーオンから答えはなかった。
 彼にもわからないからだ。
「すまない、少し当たってしまった」
『気にしていない』
「ありがとう。ところで……」
 黒龍は試しに記憶の龍騎士の名を告げ、ここに来たか尋ねた。
 エキーオンは『来た』と短く答える。
 黒龍は胸に小さな痛みを抱えたような笑みを浮かべると、礼を言ってそこから離れた。
「私に神の力はないのに、貴方の心を辿りたくてここまで来てしまったが……」
 その先は、うまく言葉にできなかった。
 広間にはやはり学生達のざわめきが途切れることなく満ちていたが、黒龍は確かに神聖な空気の漂う静謐の中にいた。


 学生達が去った試練場は、次の龍騎士が来るのを静かに待っている。

担当マスターより

▼担当マスター

冷泉みのり

▼マスターコメント

 大変お待たせいたしました。
 【2021修学旅行】エリュシオン帝国 龍神族の谷をお届けします。
 皆さまの頑張りのおかげで、世界は滅亡の危機(?)から救われました。
 ケクロプスの葬儀に出席された方もお疲れ様でした。
 また、貴重なアクション欄を割いての私信をくださった皆さまへお礼を申し上げます。

 年内はたいへんお世話になりました。
 今年もあとわずかですが、皆さまが充実した日々を送れますように。
 来年ももっと良い日が来ますように。
 良いお年をお迎えください。