校長室
【2021修学旅行】ギリシャの英雄!?
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その日の夕方。 ローマ市街で、現地人もよく通うピッツァの店に、ジェイダスは一人で向かっていた。 修学旅行期間中、行動を共にする陽は、今はジェイダスが買った荷物をホテルに運んでいるため、居ない。 一刻の別れすらも嫌がる陽に、ジェイダスは「どうせ、後で合流するのだから良い」と語り、一人で訪れたのである。 店のドアを開けると、チーズの焼ける香ばしい匂いとトマトソースの酸っぱい匂いが鼻をつく。 「流石評判通りの店のようだぜ」 「おや、理事長?」 ジェイダスが声の方向を見ると、翡翠、レイス、美鈴の三名がエース、クマラ、メシエ、エオリア達と食事をしていた。 「おまえ達もいたのか?」 「ええ、理事長こそ。お一人とは珍しいですね。皆川さんは?」 翡翠が丁度空いていた椅子を引き、ジェイダスがそこに腰掛ける。 「ああ、今はホテルの私の買い物した荷物を持って行って貰っている」 「成程……一枚、いかがです? 丁度今出てきたばかりなのですけど」 翡翠が目の前にあるピッツァを示す。 「マルガリータか……シンプルなのは美しいな」 「はい」 ニコリと翡翠が微笑む。 その横では、咳き込む美鈴とピッツアを前に沈黙を続けるレイスの姿があった。 「どうしたのだ?」 「私、先程、マスターがタバスコを沢山振ったモノを間違えて食べて……ケホッケホ……」 ひとしきりジェイダスに説明した後、美鈴が水をグイと飲む。 「……おまえは?」 ピッツァを見つめるレイスに尋ねるジェイダス。 「ああ……俺は猫舌だからな。焼きたてが美味いというのは知っているけど、ちょっと冷まさないと食べられないんだ」 「ふむ……」 「美鈴、すいません。大丈夫ですか?」 「ええ、マスター。ケホッ……そ、それにしても随分辛いのを食べられるのですね?」 「そうですか? 自分はちょっとピリ辛にしたくらいなんですけど……?」 「どこがだよ!? 一人でタバスコ使い切る気か?て勢いで振ってたぞ?」 レイスのツッコミに翡翠が腕組みし、ジェイダスを見る。 「理事長も辛いのは苦手でしょうか?」 「そんなことはない。……が、今はこの様な姿なのでな。刺激物は止めている。それに、ワインも店員に睨まれるからな……」 翡翠が今は少年の姿のジェイダスを見つめる。 「……確かに」 「まぁ、いい。これはこれで新たなファッションを楽しめるしな」 「理事長らしいお考えですね……と、美鈴? 本当に大丈夫ですか?」 「ケホッ……ケホッ……ええ、まだ喉に残ってるみたいで……ケホッ」 翡翠が咳き込む美鈴の背中をさすりつつ、彼女のグラスの水が空になっていたため、タバスコをかけてた自分のピッツァを一旦置き、水を求めてホールの方へ向かう。 「おいしー。イタリアは美味しい神様でいっぱいだよっ!!」 ピッツァマルガリータを両手に持って食べるクマラ。 「コラ! ちゃんと噛んで食べるんだぞ? ジェイダスが見ると、クマラが口の周りにトマトソースをつけながら、マルガリータを食べ続けていた。 「あ、オイラ、もう一枚おかわりね! おねーさん!」 クマラのオーダーに、店員が苦笑して手を振る。 「まだ食うのか?」 エースがクマラの食べっぷりに呆れる中、メシエは隣でピッツァを食べたまま固まるエオリアに目をやる。 「どうしたんです?」 「メシエさん。僕ショックです」 「ショック?」 「本場の生地、それにチーズ、トマトソースの美味しさもあるのでしょうが……このコンガリでも硬すぎない焼き方。パラミタのどんなオーブンでも、この味は絶対出せません」 エオリアは緑の瞳を厨房にある石窯に向ける。 「あの石窯、どこで買えるのでしょうね?」 エオリアの視線を追ったメシエが、自分のピッツァを食べて、 「買えないだろう? ああいうのは、大抵店や職人が独自に作ってるのではないかな?」 「そうですか……よし、僕も戻ったら石窯を作ります!!」 「……」 エオリアの決意に満ちた言葉を聞かされたメシエは、「頑張ってね」という言葉を言おうかどうすまいか迷う。言えば、恐らく手伝わされるのだろう。いや、どちらにしてもエオリアの計画を聞きつけたクマラが騒ぎ、エース経由でどのみち手伝わされるのだろうが‥…。 「美味いよー!! でも冷めたら勿体ないよね? エィ!」 「……ん?」 ピッツァを食べるジェイダスの隣の皿にクマラが手を伸ばす。 エースが「行儀が悪いよ!」と叱責しようとするより早く、クマラはピッツァを口に運んでいた。 「おまえ……それは翡翠の……」 「美味しぃぃー……お……ヒッ!? ……ィイイヒィィーハーッ!!!???」 タバスコたっぷりの翡翠のピッツァを食べてしまったクマラが絶叫する。 「おや? どうしました?」 美鈴のために新しい水のピッチャーを持った翡翠が戻ってきた時、クマラは力尽きたボクサーのように、椅子でぐったりしていた。 「ああ、翡翠。クマラから伝言です」 「はい?」 「行き過ぎた辛さは暴力に近いにゃ……だって」 「は? そんなに辛いでしょうかねぇ……あれ? 自分のピッツァが無いですね? あれ?」 レイスが無言で翡翠に自分のピッツァの皿を差し出す。 「どうせ、すぐ次が来るけどよ。もし良かったら、コレ、食っていいぜ?」 「ありがとうございます。でも、折角レイスが冷ましていたんですから、いいですよ?」 「いいから食えよ。昼間は温泉で俺が翡翠に冷まして貰ったんだからな!」 水を飲み、辛さが落ち着いた美鈴がクスリと笑う。 「レイス? 良ければ私がまた扇で仰いであげましょうか? それともまたマスターの膝……」 「うわッ!? それはこんな場所で言うなよ!!」 レイスと美鈴のやり取りを微笑みながら見ていた翡翠が、ジェイダスに尋ねる。 「そう言えば、理事長は今日はずっとお買い物でしたっけ?」 「ああ。様々な者達が私にファッションコーディネートを頼んできた。おかげで結構疲れたぜ」 「良ければ聞かせて貰えませんか? 理事長のお買い物のお話を?」 ジェイダスが不敵に笑い、ゆっくりと語り始める。