校長室
【2021修学旅行】ギリシャの英雄!?
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第五章:ローマ(その3) ジェイダスが買い物をしていると、彼を呼び止める人物がいた。 「ジェイダス校長!」 「校長?」 「……ではなくてジェイダス理事長!」 慌てて訂正したのは、ジェニファ・モルガン(じぇにふぁ・もるがん)であった。 「何か用か? それにここは男性用のブティックだぜ? 入る店を間違えたんじゃないのか?」 「いえ。わたくしが買いに来たのではないんです。実は、マークの服を……」 ジェイダスが視線をやると、ジェニファの背後にいたマーク・モルガン(まーく・もるがん)が「初めまして」と挨拶する。 「一介の女子高生が理事長に直訴とはおこがましいのですけれど、高価な買い物なので最大限良い物をマークに贈りたいんです」 「……それで私に話しかけた、と?」 「はい。イタリアのファッション・アパレル界に一番詳しい人の指導を仰げれば、と思いまして……」 ジェイダスは、二人を一瞥した後。また手に持っていた服に目をやる。 「店員に聞けばいい」 「それが……イタリア観光しつつ、色々な店で物色してみたんですけど。いったい、どの店が良いのか、値段の相場もさっぱりなんです」 旅行ガイドを鵜呑みに出来なかったジェニファは、携帯でネット情報を見ると余計混乱してきた、とジェイダスに語る。 黙って服を見つつも、次第にジェニファの話を聞き始めるジェイダス。 「理事長のプライベートを邪魔するなんて恐れ多いし、僭越だし。あまつさえ、わたくしは女の身でなんの見返りも出せないのですけど……」 「私だけが頼り、ということか?」 「はい。わたくしもアメリカ生まれのアメリカ育ちの既製品に囲まれた生活だったので、ヨーロッパ式の格好良い衣装はさっぱりわからないんです」 「大量生産大量消費の国の女にしては、良い目の付け所だな」 「それに、マークの身長が最近伸びてきて、服も幾つか買い直しになったんですけど、どうせならこの機会に奮発してマークの一張羅でもと思ったんです」 「なるほど。おまえ達の感覚から言えば10万Gは高級品なのか。それで失敗はしたくない、と?」 「はい。ほぼ全財産を奮発と言って良いのかは疑問ですが……。こういった事をお願い出来るのはジェイダス理事長しか居ないんです」 フッとジェイダスが笑う。 「気に入った」 「え?」 「成長期の衣服は重要だ。私みたいに若返るという者で無い限り、その時は一瞬しかないのだからな! そして、そこに持ちうる限りの財を使うという姿勢にもだ!」 ジェイダスがマークに近づく。 「マークと言ったな? おまえ、どんな服が着たいのだ?」 「え? 僕は……姉さんが言うから……」 「違う。こういう時、男ならば主張するんだ」 今のジェイダスはマークより背が低い。しかし、堂々と詰め寄るその姿は流石薔薇の学舎の理事長といったところか。 「どうせ姉さんにとっては着せ替え人形だけど……できればレディをエスコートするための服がいいな……て」 小声で呟くマークの言葉にジェイダスがやや苛立ちを見せ、 「レディ?」 「はい、姉さんを……エスコートできるように」 後方のジェニファを横目で伺うマーク。 「……目的は今一つ気に入らないが、私に任せておけ」 ジェイダスが服を選び始め……クルリとマークを振り返って、 「レディの様な男をエスコートする服でも良いな?」 「え? ……はい、まぁ……」 「うむ」 マークはジェイダスにどのような服を選ばれるのか、気が気ではなかった。 ……が。 「どうだ? イタリアのクラシックなスーツだ。これなら、レディだろうが、男だろうがエスコートしていても誰も文句は言うまい」 鏡に映った自分の姿を見つめるマーク。 シャドーストライプが入った生地は、遠くからでもその高級感が漂う。 「マーク! 凄くカッコイイわよ!」 ジェイダスの指示で、後方から眺めるジェニファが思わず手を叩く。 「あれ、でもこんな一張羅作って、背が伸びたら着られなくなるんでは?」 マークの不安げな言葉に、ジェイダスが彼の肩を抱き寄せて囁く。 「マーク。おまえ……いつまで姉に服を買ってもらうつもりだ?」 「え?」 「背が伸びるという事は、おまえ自身が年月を重ねて成長していくという事と同義だろう?」 「……」 ジェイダスが怪しげにマークの頬を指で撫で、 「ならば、おまえは次は自身の手でこのスーツを買えばいい。その時こそ、男として真のエスコートとやらが出来るのではないか?」 「!!」 ジェイダスの言葉にマークが衝撃を受ける。マークは、今は家族の一員として愛されているが、早くジェニファを守る立場になりたいと思っていた。その心をジェイダスに読まれた気がしたのだ。 「その時には、既に小さくなっているであろうこの服がおまえの成長の証として残るのだ。……違うか?」 ジェイダスがマークにウインクする。 ヒソヒソと肩を組んで話すジェイダスとマークの様子に、ジェニファはややドキドキしていた。 「(ジェイダス様……まさか、マークにまでその毒牙を……!?)」 握りしめた手に汗を感じるジェニファだったが……。 「はい!」 いきなり元気よく叫んだマークに驚くジェニファ。 「な、何? マーク、どうしたの?」 「何でもないです! 姉さん」 マークがニッコリとジェニファに微笑む。 「それでは、私が見立ててやったそのスーツを買うがいい。生憎、私は忙しい身でな。次の店に行くぞ?」 ジェイダスは二人に手を振り、店から出ていく。 「な、何か、二人でヒソヒソと話をしていたみたいだけど?」 ジェイダスを見送ったジェニファが、会計をしながらマークに尋ねる。 「はい。ジェイダスさんと男と男の話を少ししただけです」 笑うマークであるが、ジェニファには『男と男の話』の中身が気になってしょうがないのであった。