リアクション
「ボクはこれがカワイイと思うよ! うん!」
「私は、こちらの服の方が良いです」
「(アゾートさんもサクラさんも好みが違うから難しいなぁ……)」
佐倉 紅音(さくら・あかね)は、アゾートとサクラと共にブティックを訪れていた。
流石に10万Gの高級ブランド品は所持資金の問題があるので無理な紅音であるが、そこそこの値段のモノなら買えるので、それを見にきていたのだ。
紅音の前には、彼女を悩ます三点の衣服が置かれてある。どれも他の衣服とのトーナメントを勝ち上がってきたモノである。
とはいえ、やはり金銭面という現実問題があるので、この内の一つを選ぶ事になっていた。
その候補は、やや質素ながらカジュアルなベージュ色のカーディガン。煌びやかなスパンコールが散りばめられた黄色のドレス。ちょっとセクシーな赤い水着。
「水着は、来年を見越して……って、結構期間あるわよね」
「冬でも春でもプールに行けばいいんじゃない?」
これは、アゾートが推す一品である。
「プールかぁ……」
「そうそう。キミ、意外とスタイルがいいもの」
「意外とスタイルいい……って服が似合うかどうかって意見じゃないですけど……アゾートさん」
そんな紅音にサクラはスパンコールドレスを推す。
「では、このドレスですね。ほら、キラキラしていますよ?」
「どこで着るんだろうね?」
「私なら、聡さんの前でなら着ますわ。……ああ、修学旅行と言えば、私が物見遊山で空京に来た時、たまたま修学旅行で空京に来ていた山葉聡にナンパされた事がありましたね……」
サクラが店の天井を見つめて、何か彼女の中での幸せな思い出に浸る。
「私はコレかなぁって思うんですけど……」
紅音が手にしたのは、カジュアルなベージュ色のカーディガン。
「駄目だよ。カワイくないよ?」
「キラキラしていませんね」
「……ねぇ、シドさんはどう思う?」
すかさずアゾートとサクラに駄目出しをされた紅音は、後方にいたパートナーのシド・ハートウェル(しど・はーとうぇる)に振り向く。
「クレタ島に向かったつもりが何処かに消えた生徒はまだ見つからないのか? ……ああ、わかった。それは宜しく頼む。……何? 未確認飛行物体!? 聞いてないぞ? は? ギリシャから『石像に傷を付けた』とクレームだと!?」
携帯を手に、あちこちの関係各所からの修学旅行中の生徒達に関する苦情や報告を受けるシド。
「……まだ、忙しいみたいね。本人が現場主義者で助かってるわ。普通なら胃に穴空きそうだもの」
紅音の視線に気付いたシドが携帯を切って、長く深い溜息をつく。
「修学旅行は戦争だな。それで紅音、俺に何か用か?」
「……シドさんの悩みに比べたら私のは月とスッポンだから……いいわ。自分で解決するよ」
「そうか。済まないな」
シドの携帯がまた鳴る。
「俺だ。……何? ホテルの一部屋をジェイダス理事長が荷物置場にすると言って聞かないだと!? 運送業者は何をしているんだ!?」
「……」
紅音が見つめる中、シドはイキイキとした表情で表へと出ていく。
シドは、紅音の修学旅行に故あって(個性的過ぎるメンバーの面倒を見切れる人材が足りなさ過ぎる+もし大惨事あった際にリカバーできる人がセルシウスとジェイダスとかだけ)、引率としてわざわざやってきたのである。
そんなわけで、個性的過ぎる修学旅行生達の泊まる宿の手配や個性的過ぎるメンバー起因で建造物が破損した場合の補修等、何かと忙しい。
紅音が「ちゃんと寝てる?」と尋ねたくなるほど、シドの携帯電話は鳴り続けているし、絶えず彼が携帯の予備バッテリーを複数個持ち歩いている事からも、その忙しさは推測出来るであろう。
最も、ホテルの料金はシドが創始者の財団(ハートウェル財団)の方で先払いしており、後程シャンバラの各学校から天引きする算段であったし、その他諸々も後ほどの天引きが決定している。
謂わば、引率者兼旅行保険屋みたいな感じである。
何かと忙しいシドであるが、これでも彼は彼なりに修学旅行を楽しんでいると紅音に語る。
そう言えば「我に艱難辛苦を与え給え!」と月に叫んだ武士がいたなぁ、と紅音は忙しそうなシドを見て思い出すのだった。
× × ×
「シドはいるか?」
店の扉を付き添う陽が開くと同時にジェイダスが入ってくる。
「あ、ジェイダスさん」
紅音がジェイダスに挨拶する。
「シドはいないのか?」
「ええ、シドなら今、外に出て行きましたが……」
「入れ違いか……陽、探してきてくれ。私はここで待っている」
「はい、ジェイダス様」
陽が直ぐ様シドを探しに街中へと走っていく。
「全く、シドめ。私の買い物した荷物のために一部屋借りたいと言ったら、満室だと? 少しでも私の美しい衣服にホコリがついたらどうするつも……ん?」
ふと、ジェイダスが紅音が悩んでいた三つの商品に目をやる。
「何だ? この調和のとれていない衣服は? どれも個性が強すぎる!」
「えっとジェイダス元校長……」
「私は今、理事長だ」
「あ、すいません。……その、私の服なんですけど、悩んでいて……」
紅音の言葉にジェイダスが薄ら笑いを浮かべて首を振る。
「おまえも私にコーディネート希望なのか……」
「ん、と……一応そうなりますね」
「本来、女の服など興味も無いのだが……仕方ない。シドを待つ間だけ、相手をしてやる」
ジェイダスはそう言うと、三点の衣服と紅音を見比べる。
「……調和がとれていないならば、全て買うというのも手だな」
「いえ……それが出来れば既に」
やっています、と答えようとした紅音の台詞を遮り、ジェイダスが持論を展開する。
「服を買うという行為は、夏の暑い日に水を飲むのと同じだ。然るべき時に然るべき場所で買う。それがどの位か等というのは些細な問題だ。つまり、満たされるまで買えばいい」
「……え?」
「全部買えばいい。そこに生まれる調和こそが美なのだ」
その時、息を切らした陽が再び店に現れる。
「ジェイダス様! シドさんを発見しましたが、忙しいらしく『用があるならそちらから来てくれ』との事です」
「何!? 相手がこのジェイダスだとわかっての台詞か!? 引率しているシドの顔を立てて我慢していたが……こうなればあと一部屋分買い物をするぞ! 陽!! 付いてくるか?」
「はい! お供します!!」
「ならば、行くぞ!!」
華麗に身を翻したジェイダスと陽が街中へと飛び出していく。ストレスの発散に買い物をする、というのはたまに聞くが、アレと同じだろうか?
一方、店に残された紅音は、三着の衣服を結局全てお買い上げした。おみやげ代を削ったり、最悪、シドに融資してもらえば何とかなるだろうという考えの元に……。
会計をする紅音が、ジェイダスに言われた言葉をふと思い出す。
「ジェイダス元校長曰く『調和こそが美』との事ですが……要するに全部似合っているという事でいいのでしょうか?」