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忘新年会ライフ

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忘新年会ライフ

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「料理が遅いぞー!」
「もう乾杯のビールはすっかり空いちまったよ!」
 とあるテーブルから聞こえた声を聞いたのは、別のテーブルから注文を受け厨房へ戻ってきていた店員のアイビス・エメラルド(あいびす・えめらるど)であった。
 即座に厨房に確認するアイビスだが、そもそもその注文がこちらには来ていなかった。
「注文が届いてない? おかしいですね……先ほど取りに行ったのは……ルシェン?」
 アイビスは共に店員として働くルシェン・グライシス(るしぇん・ぐらいしす)の姿を探すも、見当たらない。
「……先ほどこちらに戻ってきたのを見たはずですが……ん?」
 周囲を見渡していたアイビスが、厨房の傍に電話ボックスサイズにカーテンで仕切られた一角を見つめると、中から声が聞こえる。
「あ〜さ〜にゃ〜ん☆私も手伝っちゃいますよっ☆」
「ぼ、僕は自分で着替えられるから、いいよ!」
「だ〜め!!」
「朝斗はいつも警戒してるようだけど、そうは問屋が卸さないのよ! 今回佐那さんの協力もあって蒼木屋でアルバイト店員の手続きもできた事だし!!」
「ってルシェン、佐那さん、何用意してるの!? って、ビデオカメラ!? ルシェン!?」
「ああ、コレ? 朝斗、いえ、あさにゃんの姿をきちんと撮影しないとね」
「き、着替えなんか撮ってどうしようっていうんですか!? ぼ、僕は早く料理を運ばないと……」
「そうそう。だから私が衣装はスナップボタンとファスナーで早着替えに特化した構造に改造しておいたでしょう?」
 ジーッというファスナーが下がる音がする。
「うわぁぁぁーー!?」
「……」
 アイビスが、ツカツカと近寄り、カーテンをバッと引く。
「あ……」
「アイビス? 丁度いいわ、手伝ってくれます?」
 開いたカーテンの先には、ブルーを基調としたウェイトレスの服を半脱ぎにされた榊 朝斗(さかき・あさと)と、朝斗の服を脱がしにかかっている富永 佐那(とみなが・さな)とルシェンがいた。
 佐那は、いつも通りブルーのウィッグとグリーンのカラーコンタクトを着用しコスプレネットアイドル海音シャナに変身……だけではなく、今回は更にブルーの猫耳と猫尻尾を付けてこの日だけの限定版として『海音シャにゃん』(或いは海音シャナver.あさにゃん)になっている。
佐那の傍では、協力して朝斗の衣装チェンジの手伝いをする、今回の蒼木屋でのアルバイト手続きを行った張本人、というか黒幕であるルシェンがチャイナドレス姿でデジタルビデオカメラ片手に立っている。
「注文の伝票がこちらに届いていないのですけど……」
 アイビスが一同を達観気味に見た後、静かに口を開く。
「伝票……、ああ! ルシェン、コレだよ」
 朝斗が半脱ぎのウェイトレスの服のポケットから伝票を取り出し、アイビスに渡す。
「ゴメン! さっき、オーダーを取りに行った時に、別のテーブルのと一緒になって、忘れていたんだよ」
「そうですか……」
 アイビスは伝票を受け取り、チラリと朝斗を見る。
「朝斗の着替えはまだかかりそうでしょうか?」
「直ぐに終わりますよ、アイビス。あ、あなたもひょっとしてネコ耳メイドに……」
「なりたくありません、それに今回のターゲットは朝斗のはずでしょう?」
 瞬時に否定したアイビスの言葉に、朝斗が涙目になって必死に首を横に振っている。
「フフフ、アイビスさん。ネコ耳メイド服は2つあるんですよ?」
「二着も作成したのですか、佐那?」
「はい。私はコスプレイヤーだったという昔取った杵柄を活かし、夜鍋して三種類のウェイトレスのコスチュームを二人分六着作りました」
 佐那は、作成が時間的に難しい場合は、空京のディスカウントショップで売っている物をそれらしく可愛くアレンジ、改造するつもりだったが、いざ作業を始めると途中で投げ出すわけにもいかず、結局全ての衣装がオール手作りのオリジナル品となった。
 佐那の衣装箱には、今現在朝斗が着ているノーマルなウェイトレスの衣装の他に、着替えさせようとしているネコ耳メイドの服が見える。
 佐那が衣装箱を見つめるアイビスの視線に気づいて微笑む。
「幸い、私とアイビスさんは身長も同じくらいですから、良ければこの後……」
 無言のアイビスがカーテンを勢い良くクローズさせ、厨房へと向かう。背後に朝斗の恨み節を聞きながら……。
「すいません。こちらの注文を最優先で作って下さい」
「あいよー!」
 厨房へオーダーを通した後、溜息をついたアイビスは思う。
「(いつでしたか、朝斗を注文のたびに着替えさせる、という様な事をルシェンと佐那が相談していましたね……。しかし、まさか私まで店員として登録されているとは)」
 すっかり巻き添えをくらった形で働く事になっていたアイビスの苦労は推し量れないものがあった。