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リアクション
そんな料理を待たされ続けている客の不穏な空気を読んで、フォローに回った店員がいた。
「お婆ちゃんは言っていた……本当に美味しい料理は食べた者の人生まで変える。嫌なことは、これ食べて忘れるッス!」
店員のルシオン・エトランシュ(るしおん・えとらんしゅ)が、「サービスッスよ」と付け加えて、ルシオン特製『生姜蜂蜜漬け』をテーブルに置く。
「これは?」
「すぐに身体がポカポカ温まりテンションが上がりやすくなる母親直伝の漬物ッス! 食べてみるッスよ? 美味しかったら、蜂蜜酒にもよく合うので、そっちの注文もお願いするッス」
周囲の忘新年会の陽気に、いつもの5割増の幸せな笑顔を振りまくルシオンが、ニィーと笑顔を見せる。補足すると、この『生姜蜂蜜漬け』は基礎代謝を活発にして体脂肪の燃焼を助けるのでダイエットにも有効であるが、ルシオン本人はそこまで知らない。
ルシオンには、この卑弥呼の酒場で看板娘を目指す!という野望があった。そのためにもここでナイスフォローを見せるのは悪くはないと踏んでの行動でもあった。
「ルシオンは良いフォローしてくれているわね」
「そう? 俺は、アイツの見え見えの野望に気付いているけど……まぁ……こういう年末も悪くない、よな」
雅羅と共に別のテーブルの食器を片付けながらルシオンを見ていた四谷 大助(しや・だいすけ)が呟く。
「年末だから私達店員も忙しいし、ああいう気が利く子がいると助かるわ」
「雅羅にそう言って貰えると、オレもルシオンも鼻が高いね」
照れたように微笑む大助。今回の彼は、主にルシオンが何かしでかさないか、そして雅羅がガラの悪い奴に絡まれないかとか気にしながら接客していた。従来、接客業にはあまり自信がなかった大助であるが、以前にもこの酒場で店員のバイトをした事もあってか、今回はスムーズに応対することができていた。
「よいしょっと」
雅羅が空いた食器を積み重ねていくのを見た大助が、嫌な予感を感じる。
「雅羅。その食器はオレが運ぶよ」
「え? 平気よ、これくらい」
「ううん……重さとかじゃなくて」
大助の頭の中には、「雅羅が食器を運ぶと危険!」との認識があったし、事実、先ほども彼女は既に皿を割りかけ、大助がバレーボールの要領で床にダイブしなければ危険であった。
「いいから、オレに任せてよ。雅羅は、テーブルを拭くのをお願い」
「ありがとう、大助」
はにかんだ大助は、雅羅から空の食器を取ると、先行して厨房へと歩き出す。
「(オレは雅羅が食器割って凹むところなんか見たくないだけだよ)」
そう考える大助は、雅羅と一緒に働く慌しくも楽しい年末に、自然と笑みが浮かぶ。
……と、そこに。
「うおー!! 若者の自動車離れって何だよぉぉ! 金あれば車欲しいぞぉぉーーッ!!」
「サービス残業って何だ!! 俺がいつサービスしたいって言ったー、うぉぉぉーーーッ!!」
「おお、お客さん、テンションアゲアゲッスね! あたしもちょっと叫んじゃうッス! うおー!」
思わず転けそうになる大助、素早く片足で踏ん張らなければ本当に転けていただろう。
「な、何だ? ていうか、最後のって……」
見ると、先ほど、『生姜蜂蜜漬け』を食べた男性客二人と共にルシオンが明後日の方を見てテーブルの上に立ち、何やら叫んでいる。
「お、お客様!? テーブルの上に立たないで下さい!! ちょっと、ルシオンまで何やってるのよ!?」
テーブルを拭いていた雅羅が慌てて駆け寄る。
「雅羅さん! 心配ないッス。ただちょーっとテンションが上がっているだけッス。ほら、酒場じゃよくある光景ッス……アガガガガガガ!?」
「……おい、そこのバカ。仕事サボって何やってんだ?」
食器を厨房へ戻して光速の速さで戻ってきた大助が、ルシオンの頭をヘッドロックしつつ引きずり下ろす。
「大さん!? ギブッ! ギブゥゥゥッ!!」
「いやぁ、オレもテンション上がるなぁー。ここはテンション上げてもいいんだろう?」
「上げなくて……アゲゲッ!? 上げなくてイイっすからぁ! あ、頭が、割れ……るッスゥゥーッ!?」
「よろしい」
大助にヘッドロックを解かれたルシオンが頭を押さえて蹲る。
「で、でもでも、大さんは、暗いお客さん相手に何が出来るっていうんスかぁ……お客さんをあたしみたいに盛り上げる事なんて無理ッス」
ルシオンの言葉に大助がピクリと眉を吊り上げる。
「はっ、舐めるなよルシオン。そこで見てろ……雅羅、ビール10本くらい持ってきてよ」
「え? ビール?」
「そう。瓶のやつね」
再び大助は客の方を見る。
「お詫びとしてビールをご馳走します。ああ、お代は、このルシオンの給料から引きますので」
「え? いいのか?」
「はい、ですから、テーブルから降りて頂けないでしょうか?」
大助のヘッドロックの威力を見せつけられた客二人は、渋々とテーブルから降りる。まだ若い彼らは彼らで、何かしらの問題やストレスを抱えているのだろう、と大助は思う。
「これでいいの?」
雅羅がお盆に瓶ビールを10本載せてやってくる。
「ありがとう。と、そこでストップ。動かないでね?」
雅羅を立ち止まらせた大助が、フゥと一呼吸つき、精神を集中させて体に力を込める。今や、この状況を他のテーブルの客達も興味津々に見つめている。
「はぁッ!!」
気合一発。
大助は拳聖の体技を生かしてビール瓶の首を手刀で切り飛ばすと、上空にシャンパンのコルクの様に舞い上がった切り離されたビール瓶の首から上をバランスよく片手でキャッチする。
「「「うおおおぉぉぉーー!!」」」
歓声と共に拍手が起き、大助が慌てて周囲を見る。
「おお、大さん! かっこいいッス!!」
ルシオンの声に大助が頭を掻く。ここまで注目と喝采を浴びるとは思っていなかったので、何だか気恥ずかしい。
「気分良く新年を迎えられるよう、お客さんへのちょっとしたサービスだよ」
「本当、お見事ね」
雅羅にも褒められ、大助はさらに顔が上気するのを感じた。
「(こういうの、慣れてないんだから仕方ないだろ! ああくそ、恥ずかしい……)さ、さぁ! お客さんにビールを振舞って……」
ビールを客に振舞い颯爽と退場しようとする大助。
そこに、声がかかる。
「大助さん、その役目は私達がしますよ」
「え?」
振り返っった大助の先には、ネコ耳メイド服に着替えた佐那と朝斗がいた。
「「いらっしゃいませ☆(蒼木屋なので)AOキャロットへようこそ☆」」
手を猫のように折り曲げ、さらに首を少し傾けて微笑む二人。どことなく、朝斗の表情に哀しみが漂う気がする。
「ほう。ネコ耳メイドあさにゃんではないか!」
「!?」
あさにゃんという単語の響きに、朝斗が驚くと、先程の客の待ち合わせていた人物がこちらに向かって歩いてくる。
「おお、加藤さん! 遅かったではないですか!」
「うむ……少し会議が長引いたのだ」
大助と朝斗の前を通って席に着くのは、後方で束ねた銀髪の男。姿は何故か軍服である。
「あ……あのお客様? 何故その名を?」
「知らぬはずはあるまい。ネコ耳メイドあさにゃんといえば、巷では有名な話だ。各地で出没し、ご奉仕活動に励んでいると聞いていたが、まさかここでも勤労しているとはな」
精悍な顔を少し緩める男。彼の名は通称『加藤少佐』と言われている。
ネコ耳メイドになった(させられた)回数が16回の朝斗の事等、仲間やネット情報でとうに確認済みであったのだ。
「すいませんね、あさにゃんが着替えで手間取ってしまって……」
「構わん。男児たるもの、古今東西女性を待つのは当然!」
加藤少佐はそう言って、空のビールグラスを朝斗の前に差し出す。
「ほら、あさにゃん! ビールをついで!」
佐那に小突かれた朝斗が瓶を持ち、ビールを注ごうとすると、
「違うッ!!」
鋭い加藤少佐の声が飛び、朝斗はビクリと身を強張らせる。
「え……えぇーっと? 何がでしょうか? お客様?」
「ネコ耳メイドならではの注ぎ方があるだろう」
加藤少佐は手に持っていたブリーフケースから、一枚の紙を取り出し、朝斗に渡す。
「ガイドを書いて来て正解だったな。その通りにしたまえ」
読むに従って青ざめていく朝斗の顔を見ていた佐那がヒョイと紙を覗き込む。
「佐那さん……僕……僕は……」
「あさにゃん……頑張って!」
ポンと佐那に肩を叩かれる朝斗に絶望の時間が訪れた。
そして……やり直しが始まる。
「お、おかえりなさいませご主人様……にゃん!!」
一見するとふざけている感じに見えるが、客に失礼のないのは【貴賓への対応】で接待しているためだろう。
猫のポーズを決めた朝斗に頷く加藤少佐が席に付き、ビールグラスを手に持つ。
「ではでは〜……あ、あさにゃんが一杯注がせて貰う……に、にゃ〜!」
瓶ビールを手にした朝斗が、頬の傍に瓶ビールを摺り寄せ、
「ねぇ? あさにゃんに注いで欲しいにゃん?」
「うむ。頼む」
「はぁい! それじゃ、魔法をかけながら注いでいくにゃん!」
瓶を傾けていく朝斗。
「おいしくなぁれ、おいしくなぁれ……!」
ビールがグラスに入っていくが、泡がグラスから零れそうになる。
「おっと!」
「ああ、まだ待つにゃん!」
グラスからはみ出した泡を指でサッと撫でた朝斗が、その指をピトリと加藤少佐の口に当て、
「勿体ないにゃん! はい、完成〜〜!!」
グラスを一気に飲み干す加藤少佐が、ドンッとグラスをテーブルに置き、
「完璧だ! これぞ、魂のこもった接客術、素晴らしいぞ! あさにゃん!!」
「ありがとうございますご主人様! また、呼んでにゃん!」
笑顔でお辞儀をして踵を返す朝斗。
「あさにゃん……凄いですね」
「朝斗……」
パートナーのルシェンとアイビスが複雑そうな顔でこの光景を見つめる中、ワッと朝斗が厨房へ逃げこもうとするが、直ぐ様佐那がその手を掴む、
「あさにゃん、どこへ行くつもり?」
「佐那さん! 僕は、限界にゃん!!」
すっかり語尾がおかしくなった朝斗に、内心大喜びした佐那が得意げに言い放つ。
「ふふふ、そうは問屋がおろさないわ。今のあさにゃんを見て、瓶ビールの注文が増えたのよ!」
「……え?」
「もう一つ衣装を用意してきたけど、今日はこのまま、ネコ耳メイドあさにゃんとして働きましょうね?」
「そ、そんなぁぁーーー!! ち、ちびあさ、た、助けてよ!!」
朝斗が助けを求めたのは、『機晶型飛行翼』で飛んで厨房にオーダーを通したり、席の案内、コースの締め切り時間のお知らせ、御会計等を行う全長40cmの人形のちび あさにゃん(ちび・あさにゃん)であった。
「にゃ?」
猫の様にしか発せられないちびあさにゃんが振り向き、朝斗を見つめた後、装備している『ハンドベルト筆箱』で、適当な紙にスラスラと何かを書き、朝斗に見せる。
「ボクも忙しいから、お互い頑張ろうね」
「……」
因みに、ちびあさにゃんは本業の他に、朝斗達に比べてノリ易いので、ちょっとした踊りや芸等を行ったり、また酔っ払って潰れてるお客が【ナーシング、ヒール】で軽い介抱をする役目も担っていた。
朝斗の声無き悲鳴を聞きながら、また別のテーブルへ飛んでいくちびあさにゃん。
佐那と揉める朝斗を見ていた大助が雅羅に呟く。
「オレの恥ずかしさなんて、大した事なかったね」
「そうね……ところで、ルシオンが作ったこの生姜蜂蜜漬け、辛さと甘さが絶妙で美味しいわね」
小腹が減ったのか、もぐもぐと生姜蜂蜜漬けを摘む雅羅。
「雅羅? それ、何か副作用があるんじゃなかったっけ?」
「え? うーん、そう言えば、体がポカポカしてきたわね。あ、でもこれは、夢悠から貰った栄養ドリンクの効果なのかしらね」
腕をグルグル回して、「さぁ、お仕事頑張りましょう!」と張り切る雅羅を見て、大助は一抹の不安を覚えながら、また店員としての労働に勤しむ事になるのだった。
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