波羅蜜多実業高等学校へ

葦原明倫館

校長室

空京大学へ

四季の彩り・雪消月~せいんとばれんたいん~

リアクション公開中!

四季の彩り・雪消月~せいんとばれんたいん~
四季の彩り・雪消月~せいんとばれんたいん~ 四季の彩り・雪消月~せいんとばれんたいん~ 四季の彩り・雪消月~せいんとばれんたいん~ 四季の彩り・雪消月~せいんとばれんたいん~ 四季の彩り・雪消月~せいんとばれんたいん~ 四季の彩り・雪消月~せいんとばれんたいん~ 四季の彩り・雪消月~せいんとばれんたいん~

リアクション

 第24章 4人組のバレンタインパーティー5

「政敏、そろそろ行きませんか?」
 空京ホテルのパーティー会場。カチェア・ニムロッド(かちぇあ・にむろっど)は、離れた位置からアクアを見ている緋山 政敏(ひやま・まさとし)にそう声を掛けた。彼は『彼女の日常の雰囲気を感じておきたい』とか言って、すぐにはアクア達の方へ行かなかった。ちなみに、この場所に落ち着いたのは優斗が合流する少し前である。
「うん? ああ、そろそろ合流するか」
 アクアの傍にいる皆の立ち位置や場所から関係を考察していた政敏は、カチェアとリーン・リリィーシア(りーん・りりぃーしあ)と一緒に彼女達の所へ向かった。だが、その途中でふと立ち止まる。
「そうだ、カチェアはアクア以外は面識ない筈だよな?」
「はい。私、アクアさんしか知り合いはいないです」
「よし、じゃあ1つ策を……」
 何やら楽しそうに、政敏はカチェアに耳打ちした。

「やっほー! 元気にしていた?」
 リーンが挨拶すると、こちらに気付いたアクアは冷静な口調で彼女に答える。3人には特に悪感情を持っていないのか、普通の対応だ。
「特に変わった事はありませんが」
「そっか、良かった」
 一方、政敏はリーン達から少し離れた所にいたラスに近付いた。
「お前らも暇な口?」
 きっと暇ではないだろう、と内心で逆の事を考えながら聞いてみると、ラスは苦々しい表情で彼の言葉を肯定した。
「……暇で悪かったな」
「あたしは楽しいよ! おにいちゃん、パーティーつまんないの? じゃああたし、1000Gだけ貰って1人で来れば良かったかなあ……」
 ピノは『暇』を単純に『退屈』という意味に取ったらしい。
「! い、いや、そういう意味じゃなくて……! パーティ自体は悪くないから、な?」
 どこまで本気なのか、残念そうな彼女にラスは急いで言い直した。半分は嘘だが。
(色々と読めない子供ですが、子供らしい勘違いもするのですね……)
 話が聞こえ、アクアはそんな事を考えた。それから、カチェア達に訊いてみる。政敏はともかくとして、彼女達に予定は無かったのだろうか。
「貴女達は、何故ここへ?」
「そうですね。ちょっと、政敏を連れ出そうと思ったんです」
「彼を……ですか?」
「政敏、最近は妙にこう、達観しているというか。落ち込んでいる訳でもないのに、遠い目をするというか……何でしょうね。何はともあれ、気分が一新できるんじゃないかと」
 そして、カチェアは政敏に目を遣った。彼と話しているラスとピノ、そして、蒼髪機晶姫のファーシーを見て、彼女は先程政敏から聞いた“策”を実行に移す。
「アクアさん。よろしければ、皆さんを紹介願えませんか」
「? 紹介……ですか?」
「ええ。他の皆さんとは初対面なので、お願いします」
 紹介内容から、アクアとそれぞれの今の関係も見て取れるだろう。政敏が欲しいらしい情報にも役立つだろう。そう思いながら微笑むと、怪訝そうだったアクアの表情が躊躇を含んだものに変わる。理屈は解るからいい断り方が思いつかない。そんなところだろうか。
「あまり気が進みませんが……」
(よくやった、カチェア。俺、アクアのこういう所好き)
 困惑しているアクアを、政敏はにやにやしながらチラ身していた。可愛い子が困る姿がちょっと好きなだけで、悪党じゃない。愛の1つだ、多分。
「分かりました。では……」
 出来ないとも言いたくなかった彼女は、仕方無く了承した。が、いざとなると益々困る。その様子を見たファーシーは、明るい声でエールを送る。
「アクアさん、頑張って!」
「! そんな事を言うなら自分で挨拶すればいいでしょう! ……カチェア、彼女はファーシー、私と機体番号が近い同種類の機晶姫です。見ての通り、妊娠中です」
 身も蓋もない紹介だ。
「そこにいる子供はピノ、剣の花嫁です」
「よろしくね! ピノ・リージュンだよ!」
 必要最低限の紹介を受け、ピノは屈託なく名字を追加して自己紹介した。
「で、その子供にくっついているのが自称兄です」
 ぴく、とラスのこめかみが引きつった。
「…………スクラップにしてやろうか?」
「出来もしない事は言わない方が良いですよ」
「……お前、最近調子に乗ってるだろ。ここでお前の悪事をバラしても……」
「ま、まあまあ。今日はパーティーですし、2人共その辺に……」
 そこで、優斗が割って入った。カチェアは彼にも注目する。
「その方とアクアさんは、どんな関係なんですか?」
「どんな関係でもありませんよ。強いて言うならば……」
「アクアさんとお付き合いしています、風祭優斗です。よろしくお願いしますね、カチェアさん」
「え、付き合ってるんですか?」
「違います!」
“顔見知り”だと続けようとした所で言葉を被せられ、アクアは力強く否定した。その時、背後から少女2人が割り込んできた。ファーシーから連絡を受けたテレサミアだ。2人共、メール画面を出した携帯を持っている。しかも、ミアは強盗鳥等ペットのお友達も連れている。優斗はこれ以上ない程に驚き、慌てふためいた。
「て、テレサ! ミア! どうしてここが……!?」
「浮気ばかりするお兄ちゃんには懲罰だよ!」
「折檻です!」
「う、うわああああーーーー!?」
 ぷるりんしろまりっちぴちこガレッツ、そしてフルールは、5体で仲良く協力して優斗を連行していった。会場から出たホテルの奥から、優斗の悲鳴が聞こえる。さすがに、現場は少々混乱した。が、そんな事はおかまいなしでテレサ達はアクアに迫った。
「アクアさん! 優斗さんとお付き合いしているってどういうことですか!?」
「待ってください、だから、違うと……」
 不名誉な誤解を解こうと、アクアは彼女なりに必死で2人と向き合う。が、2人は頭に血が上っていて聞いていない。
「アクアさんは私と優斗さんの仲を応援して頂けるハズでしたよね? 一体どういう事ですか!?」
「アクアちゃんは僕とお兄ちゃんの仲を応援してくれるハズだったよね? 一体どういう事なの!?」
「で、ですから……」
「私とミアちゃんのどちらの味方なんですか?」
「だ、だからですね……」
「僕とテレサお姉ちゃんのどっちの味方をしてくれるの?」
「貴女達、話を聞く気はあるのですか!!!」
 次々にまくし立ててくる2人を止めようと、アクアはあらん限りの声で怒鳴る。出会って初めて、彼女は優斗に同情した。
 ――この2人の相手は、確かに大変かもしれません……
「「…………」」
 アクアの一喝を受けて、テレサ達はやっと黙った。顔を見合わせる2人に、彼女は事情を丁寧に説明する。
「いいですか、私は彼と付き合うつもりはありません。そして、貴女達2人のどちらの味方でもありません。兎に角、どちらかと恋仲になればいいのです。そうすれば、彼も私の彼氏などという妄言でからかってくることもありません。私は迷惑しているんです」
「アクアさん、優斗さんにからかわれてるんですか!?」
「アクアちゃん、優斗お兄ちゃんにからかわれてるの!?」
 彼女の言葉に、テレサとミアはびっくりした。
「どこまでいい加減なのか……、許せません!」
「どこまで浮気症なの!? 許せないよ!」
 そう叫ぶと、テレサ達は飛ぶように会場を出て行った。一拍の後、またホテルの何処かから断末魔の悲鳴が聞こえる。その中で、ファーシーは首を傾げていた。
「優斗さん、そんな人には見えないけど……、アクアさんの思い違いじゃないの?」
「ファーシーもはっきりと聞いたでしょう。彼は、私が何も了承していないのに勝手に彼氏を名乗ったのです。からかい以外の何だというのですか」
「うーん、でも……」
「様子を見に行かなくて大丈夫ですか?」
 ファーシーは、まだ納得がいかないようだった。それはそうと、とカチェアが出入口に目を遣る。何が起こったのか詳細は不明だが、優斗達が戻ってくる気配はない。あの悲鳴の後、無闇に静かなのがまた怖い。だが、アクアは彼女の疑問に冷たい声で即答した。
「問題ありません。あれも日常の1つらしいですし。それに、彼はどうやら、何をしても復活するらしいので」
 キマクの時然り、桜の下然り。とアクアが指折り数えるように説明する。そこに、リーンもそういえば、と追加した。
「遺跡でもあんなことあったわね」
「ええ、だから気にする必要はありません」
 アクアはあくまでも冷静に、彼女達に断言する。
「『彼氏』ねぇ……あいつ、本気なのか?」
 本気だとしたら随分奇特な奴だ。そういう意味を込めて、ラスはひとりごちる。聞こえよがしだったのでそれはカチェアにも聞こえ、彼女は彼をちらりと見てからピノに話しかけた。何となく、自分と同じ匂いを感じたからだ。
「ピノさん。お互い苦労しませんか?」
「? 苦労?」
「アレも、本心語らない奴ですし」
 きょとんとした顔で見上げられ、彼女は政敏の方を目で示す。どことなく、出来の悪い兄弟を見るような表情だ。
「本心? そうだねー……」
 ピノはラスを見てから、うーん、と考えるような声を出した。
「アクアちゃんのこともさ、何かある時だけああやってつっかかってるけどね、本当は何考えてるのかよくわかんないんだよね。それは、しっぽちゃんに対してもそうなんだけど」
 怒ってくれるのは、嬉しくないわけじゃない。だけど何だか、拒絶していなければいけない、と思っているような、一度抱いた気持ちの移り変わりを拒んでいるような、そんな感じもする。
 もう、あれから1年近く経つのに。
「でも、うーん……結局さ」
 少し首を傾げて、カチェアを見つめて。
「要するに子供で、かっこつけたいだけなんだよね。たぶん」
 と、ピノは言った。
「政敏さんもそうなの?」
「そうですね、政敏は……」
 そうして、カチェアは政敏について思うところを話し始めた。

 一時の喧騒も過ぎ去り、何事も無かったかのようにそれぞれの歓談は進んでいく。リーンは、久々に会ったアクアに報告する。
「私達は、ザナドゥに行ってたんだけどね。今は一段落して南カナンで少し作業中なの」
「カナン、ザナドゥ……ですか」
 その地名を聞いて、アクアは複雑な表情を浮かべた。何せ、ザナドゥに関係する事柄は自分の住まい近くで起こった事で。
「私はそう暇も出来ずに関わっていませんが、色々とあったようですね」
「あれからどんな調子? したいこと、進んでる?」
「……私、ですか?」
 最後に会ったのは、遺跡での機械回収作業の時。まだ始めたばかり、という頃の事だ。
「最近は……ええ。回収もあらかた終わったので修理に入っています。幾つか、機晶石を埋め込んで起動させた機体も研究所に運びましたし……」
「そういえばあの時、変な男に絡まれてたわね」
 リーンは手伝いに行った時の事を思い出す。野生味溢れる男が、アクアをお持ち帰りしようと迫っていた。
「ああいった輩はたまに紛れてくるのですよ。見かけ倒しの連中です」
 彼女は、仕方ないというように溜息を吐く。
「でも、ファーシーさんが来てくれて嬉しかったでしょ?」
「……!! リーン、何故それを。私、言いましたか?」
「ピノちゃんがそう言ってたから。ファーシーさんに教えてもらったって。てことは、その前にファーシーさんも来てたって事でしょ?」
「…………。別に、嬉しくなどありません。邪魔なだけです」
 ふいと横を向い、心なしか紅潮してそう答える。その反応にリーンは苦笑して、自分の携帯電話を出した。
「メアド渡しておくわ。貴方は根詰めるタイプみたいだから」
「……? そうでしょうか……」
 アクアは先の表情を引きずったまま、釈然としないといった口調ながらも携帯を出す。互いの連絡先を交換すると、リーンは言った。
「今度はちゃんと『依頼』してきなさいな。万屋はいつでも門を開いているわよ」
「……ええ、分かりました」
 存外と素直に、アクアは頷く。何も言わなくても何処かから話を聞いてリーン達は来てくれる。何となく彼女はそんな気がして。それなら、最初から伝えておいてもいいかもしれない。とか、首肯した中で色々素直じゃない事を考えていたが。
「気持ちを形にすること。それは『当たり前の中』にこそ一杯芽吹いているのだから。だから、貴方の『日常』の中で見つけて幸せになって欲しいのよ」
「…………」
 その言葉に何を思ったのか、アクアは黙ったまま携帯の画面を見つめている。
「……ま、仕事もお前の一部で日常なんだよな」
 2人の話を聞きながら、政敏はやれやれと笑いかける。それから、空気を切り替えるように明るい声を出した。真面目な話ばかりじゃ湿っぽくなっていけない。だから、少しばかり馬鹿をしよう。
「そういえば、アクアに渡すものがあるんだよな。ほら、今日ってバレンタインだろ」
「……それが、何か?」
 アクアは怪訝そうに眉を上げた。気のせいか警戒度がいきなり上がったような。
「見てろよ? 気持ちを形にしてやるから」
 ……嫌わないよね? と内心冷や汗を掻きながら、笑って右掌を広げて見せ、グッと握った。さながら、気分はマジシャンだ。
「ぬぐぐぐぐ……」
 見返してくる彼女の前で、力を篭めるふりをして。そして、ぱっ、と手を開く。
「……!!!」
 途端に、彼女が驚いて顔を赤くしたのが分かった。手の中から現れたのは、非物質化で隠していた“アクアの網タイツ”。どこかのごみばこから出てきた網タイツである。
 どうだ! という気持ちで政敏はそれをアクア本人にプレゼントする。
 期待を裏切る辺りどうよ? されてないとは思うけど。
「さあ、どうよ! これをはいて俺を踏んで膝枕……」
「踏んでほしいんですか……?」
 膝枕の部分は無視し、アクアは俯いた状態で怒り心頭な空気を発していた。ふるふると震え、髪が逆立ちそうな雰囲気だ。
「どういうつもりかと思ったら、貴方、Mだったのですね……」
 殴る気満々のアクアの拳に冷気が集束し、政敏は――

「……これで、満足ですか?」
 氷漬けになった政敏の背中をヒールブーツで踏みつけながらアクアは冷徹に言う。それから、リーンとカチェアに冷静に“依頼”した。
「コレを持って帰って下さい。他のお客様の迷惑になりますので」
 ――まるで、マナーの悪い客に注意するウエイトレスのような言い方だった。