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終点、さばいぶ

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chapter.6 三駅目(1) 


 電車は三駅目を通過した。
 とうとうイクカを入手していない者は残り100ポイント。もう後がない状況になっていた。
 だが幸い、次の四駅目まではかなり距離がある。諸々の事情で。
 それはさておき、四駅目までに至るこの道中で、ギリギリの乗客たちによるギリギリの駆け引きが、数多く起こっていた。
「ヒラニプラから空京の旅……短い距離だけど、列車の旅も楽しいわ。景色もすっかり春ね」
 つり革に掴まり、外に見えるのぞかな花畑を車窓から眺めながらそう呟いたのは、黒崎 天音(くろさき・あまね)だ。別に彼はオカマキャラでこれからいこうと思ったわけではない。
 ある理由により、女装しているだけなのだ。それにしては、立派につくられた胸の谷間や、ばっちりな春仕様のメイクなど随所にマジっぽさが垣間見えるが。
 パートナーのブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)もそんなことを思ったのか、思わず小声で反応を示した。
「……無駄に張り切っているように見えるのは、気のせいか」
「やだ、張り切るって何のことかしら? これ、あたしのナチュラルメイクだけど?」
「そういうことではなく……」
「もう、せっかくの旅なんだからそんな辛気臭い表情はやめてほしいわ」
「……もういい」
 意外とノリノリな天音に、ブルーズは溜め息を吐いた。
 そもそも一体なぜ、天音は女装しているのだろうか?
 それは、車内で他人のイクカを盗むためである。そう、今の天音は、イクカを狙う女スリなのだ。スリを働くには、女の方が都合が良い。
 まず男性よりも接触しやすい。特に男性相手の場合は顕著だろう。さらに、痴漢と間違われる心配もない。そういった理由で、天音はいたって自然に女装しているのだ。自然すぎて逆に怖いくらいだ。
 と、天音の隣にひとりの乗客が立った。ちらりと横目で天音は見る。そこには、自分よりもだいぶ背の低い、かわいらしい女の子がいた。
「あら、キミも列車の旅を?」
「はい、ハルカはのんびり旅をしたかったんですけど、なんか変なことに巻き込まれてしまったみたいですー」
 話しかけた天音に答えたその少女は緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)
 正確に言えば、彼は少女でも女の子でもない。
 そう、「彼」なのだ。つまりは天音と同じ、女装者である。しかも遙遠の場合、ちぎのたくらみを使い幼さもプラスしている。
 つまり今ここには、ちょっときれいなおねえさんと小さな女の子に扮した男性二名と、それを怪訝そうに見ながらシートに座るドラゴニュート一名がいる。なんとも不思議な光景である。
 ふたりが互いにその真実を知っているかは分からないが、胸中にある思いはそう離れていなかった。
 終点まで、乗り続ける。
 天音もだが、遙遠もその目的のためには力を尽くす心積もりであった。
「お仕置きは回避したいです……他の人を蹴落としてでも頑張るのです!」
 心の中でそう固く誓う遙遠。とはいえ、現状ではそれはなかなか厳しかった。
 なにせ、遙遠の引いたアイテムは、生卵だったのだ。本当はもっとこう、大きいサイズのなにかが当たると思っていた。生卵では、そう簡単に蹴落とせない。
「……」
 懐に入った生卵をじっと見つめる遙遠。それを、天音は不審そうな目で眺めていた。
 卵を……温めている?
 隣人が何をしたいのかいまいち理解できなかったが、鳥に憧れでも抱いているのだろうと結論づけ、自分の目的を優先させるため動き出した。
 天音がブルーズに目配せをすると、ブルーズはごそごそと本を取り出す。表紙には「黒ストッキング少女」と書かれている。はっきり言ってこんなものを持たされているのはとても不本意だが、天音が「たぶんこの車内ではこういうのが人の興味をひくから」と言われ渋々それを広げたのだ。
 こんなタイトルの本を出されては、仮にそこまでフェチでなくとも、反射的に目はいってしまう。
 遙遠も例外ではなく、「なんでしょうかこの本は」といった感じで視線をそちらに向けた。
 天音の狙いは、その瞬間だった。
「きゃっ」
 小声で漏らすと同時に、天音は遙遠に向かってよろめいた。電車が揺れたフリをして、接触を図ったのだ。
 服の中にイクカをしまっていた遙遠だったが、その見事な手際と素早い動きにまんまとスられてしまう――かに思われたが、遙遠にとって幸運なハプニングが起こった。
 電車が、本当にカーブに差し掛かり車体が揺れたのだ。
 これにより、遙遠も演技ではなく実際にふらつき、そのせいで天音は本来の標準を逸らしてしまい、結果スリに失敗してしまう。
 車体が揺れたことが事実であるため、天音の動きが不自然だと疑われなかったのが唯一の救いだ。
 が、そう何度も同じ手を使うわけにもいかない。天音が次の行動を決めかねていると、新たな人物がこの車両にやってきた。
「満を持して、我、登場!」
 堂々とそう名乗りでたのは、風森 巽(かぜもり・たつみ)である。彼はすっと両手をあげる。そこには、何枚ものカードが収められていた。
 彼が何を企んでいるかは分からないが、一瞬そこにいた全員の視線が巽に集まった。そこで天音は、これを好機と読んだ。
 ブルーズに再び目配せをすると、ブルーズはこっそりサイコキネシスを発動させた。
 隣にいる遙遠のイクカを念動力で動かし、天音の手中に移動させる算段だ。遙遠が意識を巽の方に奪われていたこともあり、その作戦は成功するかに思われた。事実、遙遠のイクカは既に天音側までふわふわと移動している。
 が、そこで巽が予想外の行動に出た。 
「どうせ、持っててもいつかは奪われるに違いない! ならば……欲しいやつが持っていけ!! そうらぁ!」
 言って、突然巽がカードをばらまいたのだ。
「!?」
 ばら撒かれたカードは、遙遠や天音の周辺に散らばり、そこに移動中のイクカも紛れ込んでしまった。
 巽が撒いたのは、「Naraca」というカード。皮肉にもそれは、イクカとパッと見結構似ていた。
「あ、あれ、ハルカのイクカがドコカへ……」
 ラッパーの如き韻を踏みながら、遙遠がしゃがみ込む。困ったのは、天音も同様なのだが、実はもうひとり、巽の行動で目論見を潰された者がここにいた。
 ――マジかよ、イクカどれだよ!?
 心の中でそう叫んだのは、最初に捨て台詞を吐き、ひとり集団を離れていた隼人だった。彼は、光学迷彩で姿を消して潜んでいたのだ。
 なぜ潜んでいたのか? それは、「勝手に自滅した」と周りが油断している隙を突き、他者のイクカを奪うためだった。そのために選んだ手段が、サイコキネシスでイクカを奪取するというブルーズと同じ手法なのである。
 つまり、ブルーズが遙遠のイクカを動かしているその時、実は隼人もイクカ奪取を企んでいたということだ。
 そして両者の奪い合いは、巽がカードを散布したためおじゃんになった。
 あまつさえ、動揺のあまり隼人は迷彩を解いてしまう。
 それぞれの事情をそれぞれが知らず、困惑している様子を巽は満足そうに見ていた。
「今のうちに、ここにいる全員のイクカを……」
 そう企んだ巽が、すっと前に出た。そして彼はしびれ粉を取り出し、風術で拡散させることで隼人や天音、遙遠たちの動きを封じようとする。風が少しずつ風に乗り始めた。
 この混戦、巽の独り勝ちに終わるのか。この場面を見れば、誰でもそう思うだろう。しかし、そうではなかった。
「ボクたちの出番のようだね。いくよ」
 戦況を窺っていたブルタが、ここで飛び出したのだ。始発駅で何やらよからぬことを企んでいたブルタ。彼が画策していたのはこれだったのだろうか。
 その答えは、彼の背後にあった。
「だ、大丈夫でしょうか……?」
「大丈夫だろうとそうじゃなかろうと、やるしかないんだよ!」
 ブルタの後に続くように登場したのは、玖珂 美鈴(くが・みれい)とパートナーのカイ・フリートベルク(かい・ふりーとべるく)だった。
 そう、ブルタの企みとは、少数派対多数派という構図を作るため、他者と共闘することだった。そこに乗ったのが、カイなのだった。
 争いごとに向いていない美鈴の代わりに、カイはそのように立ちまわることを選んだのだった。ただ、あからさまに負のオーラをまとっているブルタの誘いに乗ったのには、何か事情がありそうではあるが。
 そして共闘体勢となったブルタ組が狙いを定めたのは、最も割合の多い蒼空学園の生徒であった。
 正直学園ごとに派閥争いとかしているわけでもなく完全なる個人戦なのであまりそこに意味はない。というか、狙われた蒼空学園の生徒がかわいそうですらある。
 ちなみに今この場にいる蒼空学園の生徒といえば――隼人と、そして巽だ。ブルタ組は、そのふたりを優先的に襲った。
「くらえっ!」
 カイが、美鈴の引き当てたアイテム「枕」を力任せに引き千切ると、中からビーズがはじけ飛んだ。
「っ!?」
 それは目眩ましの役割を果たし、一瞬空を舞うビーズに一同は視界を遮られる。その隙に、ブルタは控えていたパートナーのステンノーラに指示を出し、あっさりと隼人のイクカを奪った。
 抵抗をしなかったのは、隼人がしびれ粉を最も近い距離で受けていたため、思うように体が動かなかったためだ。
 ステンノーラはそのまま天音のイクカも奪おうとするが、どうやら彼はまだ体の自由が残っていそうだったため、安全策を取り、一旦近づいたもののすぐに退いた。
 さらに、ブルタとカイの同時襲撃に虚をつかれた巽も、カイの餌食となってしまうのだった。
 隼人、巽両名が「蒼空学園生だから」という理不尽な理由によりここで脱落。
 ブルタの計画は完璧であった。ここまでは。
「さて、次は空京大学の生徒を……」
 言って、ブルタがギラリと視線を動かす。不幸にもここには、該当する生徒がいた。遙遠だ。ブルタはゆっくりと一歩踏み出した。
 次の瞬間。信じがたいことが起きた。
「!」
 突如、後頭部に強烈な衝撃が走る。ブルタが後ろを振り向くと、そこにはしてやったりという顔のカイがいた。その手には、彼自身が当てたアイテム「マグカップ」があった。
「同盟、は……」
 ある意味鈍器のような物で殴られたブルタは、倒れながらそう言った。カイが答える。
「は? 裏切りなんて、サバイバルじゃ前提だろ。俺も美鈴も、罰ゲームはごめんだっての。な?」
「カ、カイ……すっごく痛そうだよ……?」
 美鈴はただおろおろとうろたえるばかりだが、彼女がそうして戸惑っている間にも戦況は刻々と変化していく。
 カイの裏切りにより、ブルタは戦闘不能となった。が、こうなることを見越してか、ブルタはこっそりステンノーラに自分のイクカを預けていた。
 はずだった。
「……!?」
 ない。懐にしまっていたはずのイクカが、ない。ステンノーラの顔が僅かに歪む。彼女は冷静に記憶をたどる。と、ある場面が思い起こされた。
 そう、天音に接近したあの時だ。
 天音は、その歴戦の立ち回りと忍者さながらの素早い身のこなしで、ステンノーラが近づいた瞬間に彼女のイクカをスっていた。
 女スリ、恐るべしである。
 ちなみにその天音はといえば、しびれ粉で動けないブルーズを連れるのを諦め、ひとりブルタ組の内輪揉めの隙に別車両へと逃亡していた。
「あなた……わたくしのイクカを取りましたよね?」
 ステンノーラが残されたブルーズに詰め寄るが、完全に後の祭りである。
「ぞ……存じ上げません」
 唇をどうにか動かし、ブルーズは立派に役割をまっとうした。彼の最後の役割、それは何があっても、何を聞かれても最後まで存じ上げないことである。
 ちなみに女スリは、さらっと遙遠の分もパクっていた。とんでもない手癖の悪さだ。当然、遙遠もブルーズに問いただした。
「ハルカのイクカがないですー。あなたマサカ……」
「存じ上げません」
 頑張って韻を踏んだのに、ブルーズは動じない。そう、彼はあくまで存じ上げないのだ。
「そういった変な本まで持っているのですから、怪しいのはあなた以外……」
「存じ上げません」
「ハルカのイクカ、返すのですー」
「存じ上げません」
 この後ふたりに何度も詰問されたブルーズだったが、彼の口からそれ以外の言葉は出てこなかったという。

 そしてブルタを裏切ったカイは。
「結局、裏切ってまで手に入れたのはこれっぽっちかよ……」
 その手には、ブルタが奪った隼人のイクカ、そして自身が奪った巽のイクカがあった。
「で、でも盗まれたりしなかっただけ、良かった……」
「甘いっての美鈴。もっと頑張んないと、お仕置きが待ってるんだぜ?」
「ふえ……お仕置きはやだけど……」
「ほら、分かったらさっさと次行くぞ次!」
「ま、待ってよカイ……!」
 ぐいぐいと引っ張っていくカイに、美鈴はあたふたしながらついていくのだった。
 この戦いによる脱落者、トータル五名。
 隼人、巽、ブルタ、遙遠、ステンノーラ。



 一通りスリ騒動と裏切り騒動が落ち着いた車両。
 ブルーズは観念して最後の時を待ち、カイは美鈴を引き連れ隣の車両へと移っていた。
 と、そこには車内販売を続けていた望の姿があった。
「冷たい飲み物ー、冷たい飲み物いい加減めしあがってくださいな。最悪イクカくださいな」
「何やってるんだろ、あの人……」
「さあ、追いつめられてヤバくなったんじゃないか? 春だしな」
「そういえば、さっきからこのへん、なんだか暖かいね……」
 美鈴がなにげなく呟く。そう、望がなまじ車内温度を上げてしまったため、この一帯は暖房車両になっていたのだ。この季節にこれはさりげなくキツい。
「なるほど、否が応でも飲み物を買わせる作戦か……」
 カイが望をキッと睨む。もちろん買う気はない。それよりも、倒して奪った方が早いに決まっているからだ。
 しかし、彼の本当の敵は望ではなかった。
 カイがこの時倒さなければならなかった敵、それはこの車両とはまた別の車両にいた。

「まりー、お前まだシャンバラ山羊のミルクアイスなんか食ってるのか、相変わらずママっ子野郎だな……」
 パートナーのロドペンサ島洞窟の精 まりー(ろどぺんさとうどうくつのせい・まりー)に話しかけている男、それは弥涼 総司(いすず・そうじ)だった。
「まあいい、とりあえずまりー、もうあまり時間がない。オレはこの能力を使うぞ」
 彼らも残り100ポイント、余裕が無いのは一緒だ。そして総司は、悪疫のフラワシを発動させた。
「この能力、ナインライブス・ジェイデッドとでも呼ぶか……」
 クールに言い放つ、総司だが、対照的にまりーはそれを見て汗をかき、途端に慌て始めた。
「ウワアアア、兄貴ィ! マ、マサカッ! チョッ! チョット待ッテクダサイヨッ!」
 その様子からも、総司のそれが相当危険なものであることが窺える。が、総司はお構いなしだ。
「まりー! この列車を先っちょからケツまでとことんやるぜッ!」
 言うが早いか、総司は病原体を散布し始めた。まりーはさらに困惑する。
「ヤルンデスカ!? 乗客全員ヲ敵ニ回スツモリデスカ!!」
「言っただろうがよォー、トコトンやるってな!」
 そして、総司のフラワシは隣接する車両にも拡大していった。

 初めに異変に気付いたのは、カイだった。
「ん……? この気だるさは……? ゴホ……」
 急に倦怠感と咳に襲われ、カイは呟いた。
「……なあ、なんだか暑くないか?」
「う、うんたぶん暖房が……」
「いや、そういう暑さじゃなくてもっとこう……ゲホ」
「カイ? 大丈……ケホッ」
 彼の身を案じる美鈴。が、彼女にも不穏な気配が忍び寄る。
「体調がよろしくないようですね? そんな時にはトマトジュースを……コホ」
 あまつさえ、ふたりのイクカを隙あらばとろうと目論んでいた望までもが咳き込みだした。ちなみにこの時隣の車両にはブルーズがいたが、彼はただしびれ粉で動けない以外、何も異変は起きていなかった。
 一体彼らに、何が起きているのだろうか?
 それは、湿度の違いがあるからであった。一般的に、温められた部屋では湿度が低くなる。そして風邪などのウイルスは、湿度が低ければ低い方が繁殖しやすい。
 つまり、望が室温を上げてしまったばかりに、三名は総司の格好の餌食となってしまったのだ。
 カイが本当に、優先的に倒すべき相手、それは総司なのであった。しかしもう手遅れである。
 悪寒が彼らを襲い、体調はすこぶる最悪であった。
 その好機を、総司は逃さない。
「まりー、そろそろ頃合いだ。いけッ!」
「ヨシ兄貴ィ! ヤツラノイクカヲ奪ッテヤルッ!」
「……そうじゃねえまりー」
 釣り竿を構え、ターゲットのイクカを奪いにいこうとするまりーを総司が止めた。首をかしげて総司を見るまりーを押しのけ、彼はスタスタと望たちのいる車両へと進む。
 そこには、咳と気だるさで辛そうにしている三名の姿があった。総司は無言で近づくと、問答無用で彼らのイクカを強奪した。
「ア、兄貴ィ!」
 慌てて追いかけてくるまりーの頬をペシペシと叩き、総司は言う。
「だからおまえはママっ子野郎なんだよまりー。いいか、オレたちの世界では『奪ってやる』なんて言葉は使わないんだ。なぜなら、その言葉を言う時にはもう奪ってるんだからな」
「兄貴……」
「『奪った』なら使っていいッ! 分かったか、まりー!」
「ワ、ワカッタヨ兄貴ィ!」
 色々と危険なやりとりをしながら、ふたりは車両を移った。
 望、美鈴、カイ、再起不能。
【残り 56名】