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終点、さばいぶ

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終点、さばいぶ

リアクション


chapter.8 三駅目(3) 


 プロレスと、ちょっとだけいやらしい本。
 それらはある意味、青春チックなものとも言えるだろう。プロレスごっこをしたり、学校帰りに落ちているそういう本を勇気を出して拾ったり、そんな青春の一ページの代表格だ。
 つまるところ何を言わんとしているかというと、ここまではそういう青臭さでなんとでも誤魔化せる範囲のやり取りであったということだ。
 そう、ここからは、青臭さではなくイカ臭さの漂うどろっどろの戦いが繰り広げられるのだ。
 諸君には、ぜひともそういったことを心得て読んでいただきたい。
 電車という乗り物の闇の部分、それが今、露になる。

 出演者
東雲 秋日子(しののめ・あきひこ)、パートナー奈月 真尋(なつき・まひろ)
ドクター・ハデス(どくたー・はです)、パートナー高天原 咲耶(たかまがはら・さくや)
喜多川 マリア(きたがわ・まりあ)、パートナー雛乃・ヴィーシニャ(ひなの・う゛ぃーしにゃ)
騎沙良 詩穂(きさら・しほ)、パートナー清風 青白磁(せいふう・せいびゃくじ)
綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)、パートナーアデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)
宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)
武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)
鈴木 周(すずき・しゅう)

 企画・制作
SOD(スーパー・オリジナル・デザイアー)

 監督
ブルーベリー萩

 ナチュラルにハイな気分になってしまう……絶叫号泣痴漢電車

 ガヤガヤと喧騒。
 この時間の電車は、いつも混む。
 秋日子と真尋は、そんな電車に乗っていた。ガタン、と電車が揺れると、背後の男性とぶつかる。秋日子は軽く頭を下げた。
「はあ……男と同じ車両に乗っとーなんて、考えただけで虫唾さ走ります」
「真尋ちゃん、分かるけれど、何もしてない人にこっちから何かしちゃダメだよ」
「うー」
 秋日子と真尋は、そんな会話をしながら電車に揺られていた。見慣れた光景であり、慣れたやり取りだ。
 ただこの日は、いつもとは違った。
「この人痴漢です!」
 突然車内に響く声。それは、祥子のものだった。続いて聞こえたのは、ハデスの声。
「なっ、ちが、違うっ! 俺は何もひぶっ!!」
 ハデスの言葉を待たずして、祥子は思いっきりビンタを食らわした。ハデスの頬は真っ赤だ。というか、彼には本当に身に覚えがなかった。事実ハデスは、何もしていない。
 そう、祥子によって彼は、罪を着せられているところなのだ。電車が揺れた隙に体を押し付け、罪も押し付ける。世に言う冤罪事件だ。
 危うく犯罪者になりかけたハデス――まあ自分で悪の結社名乗ってるので既に自称犯罪者っぽいが――を救ったのは、咲耶だった。
「に、兄さんはそんなことしないと思います……たぶん」
「たぶんとはなんだ! もっとはっきり否定しろ!!」
 というか、ぶたれる前に割って入ってほしかった。ハデスは腫れた頬を押さえながら思った。
「……そうね、勘違いだったかも。悪かったわ」
 祥子は咲耶の様子を見ると、あっさり引き下がった。彼女の一番の狙いが、他にあったからだ。
 あと、咲耶の格好がちょっとイカれていたため「この子危ないわ」と判断したためだ。
 何を隠そう、咲耶は生卵を着ていた。ちょっと分かりづらいが、要は生卵で大事なところを隠しているだけだ。ド変態だ。
 本来なら女子高生の制服を着せたかったハデスだが、クジで生卵しか当たらなかったためやむを得ず咲耶に生卵を着せたのだ。着せるって言うかどうか分からないけれど。
 ていうか女子高生の制服なんて家にあるわけないだろっていう。
 まあそのへんはともかくとして、祥子は、一番の狙いを仕留めるため、そっとしびれ粉を車内にまいた。
 祥子の狙い、それは女性参加者だ。ポイントを奪いがてら、いろいろ女性の体にやっちゃおうということらしい。
 そのため、祥子は周囲にいる女性のうち、しびれ粉が効いていそうな子を探した。
「……うわっ、よりによってあの子なの」
 その目がある一点でとまる。どう見ても体の自由を奪われている女性がいた。生卵女――もとい、咲耶だ。
 まあでもああいう格好してるっていうことはそういうことなんだろうし、遠慮無くいただこうかしら。
 祥子はこの際だからと開き直り、咲耶の体をご馳走になることにした。
「あれ……兄さん……なんだか体が……」
 小刻みに体を震わせる咲耶を見て、ハデスが言う。
「どうした咲耶! 寒いのか! そんな格好をしているから……」
「これは兄さんが着させたんでしょう! そうじゃなくてなんかこう、痺れているような」
 ハデスと咲耶が言葉を交わしていると、そこに狙いすましたタイミングで祥子が入ってきた。
「大丈夫? さっきのこともあるし、私が看病するわよ」
「あ、えっと」
「いや、それを言うならぶたれた俺を……」
 なんで引っ叩かれた自分の心配をしないのか。ハデスは頬をさすりながら、ちょっと悲しくなった。が、祥子は完全無視で咲耶の体に手を伸ばす。
「このへん? このへんが痺れているのかしら?」
 首筋から肩甲骨へ向けて、祥子が細い指で撫でる。
「ひうっ!?」
 ぴくんと咲耶の体が反応した。その顔は、だんだん赤くなっていく。
「あら、熱もあるみたい。これは服を脱がせるしか……って、もうほとんど脱いでるわねこれ」
 ならば準備は整っている、と祥子は胸の間からへそにと、だんだん下の方向へ指を這わす。咲耶はしびれ粉のせいもあって、動きたいけれど動けないジレンマ、そして感じたくない快感に襲われていた。
「あ、うっ……」
「ふふふ、もっと奥までしびれさせてあげる」
 咲耶はもう陥落寸前だ。
 始めは、ハデスの指示で囮役として乗車したはずの彼女だったが、気がつけばやられ放題であった。そこに、ようやくハデスが割って入る。
「ククク、そこのキミ。随分自由にしてくれたようだな?」
 がしっと。ハデスが、祥子の肩を後ろから掴んだ。
「……どういうつもり? また痴漢って叫ばれたいの?」
「それはこちらのセリフだ。俺の可愛い妹に手を出すとは、どういう了見かな?」
「え、妹……!?」
 思わず、祥子の目が丸くなる。それは目の前のふたりが兄妹だったという驚きもあるが、なにより、妹が電車内でこんな生卵ブラ状態なのを放っておくなよという驚嘆だ。
「ていうか別に私は手を出すとかじゃなく、介抱を……」
 とりあえず弁明を始める祥子だが、ハデスは勝ち誇った笑みを浮かべている。
「こちらには咲耶という立派な被害者であり証人がいる。この状況でどう言い逃れをする?」
「くっ……」
 不覚だった。つい調子に乗って、指を動かしすぎた。祥子は言葉を失った。そこに、ハデスが悪魔の囁きを告げる。
「ところで、俺は今、キミのイクカを渡してくれるなら駅員に突き出すのはやめて、このまま咲耶を好きにさせてやってもいいような気分なんだがなぁ」
「え?」
「ちょっ、兄さん!? ち、痴漢させ続けるなんてダメに」
「イクカ、ほしいなぁ」
 卑劣ここに極まれり! まあ祥子も大概だったのでお互い様だが。一番の被害者は言うまでもなくやられ放題の咲耶である。
 大人の話し合いの結果、祥子は渋々イクカをハデスに渡し脱落を選んだ。人生から脱落するよりマシだからだ。

「痴漢騒動、収まったのかな」
 少し離れたところで起きたその事件の全容を知る由もない秋日子は、呑気にそんなことを言っていた。
「やっぱり男ん人は、根絶されるべきやと……」
 秋日子と話していた真尋は、痴漢という単語を聞いただけでもう虫唾が走るのだろう。目を吊り上げ、男性を目の敵にしていた。
 しかしそんな彼女らにも、魔の手は忍び寄っていた。
 じり、とふたりに近づく影がふたつ。
 牙竜と、周だ。彼らは言うまでもなく猥褻なことを目的としているのだが、互いにその存在、そしてその手にしているブツを確認するとどちらからともなく笑みを零した。
「……その獲物、お前もか」
「やっぱ、こういうシチュエーションならこれしかねーよな?」
 そんなふたりの手に握られていたのは、ワイヤークローと一般家庭にある長い電源コードだった。このふたつの共通点、それはどちらも細長く、何かを巻き付けやすいということだ。では何を巻きつけるのか? 決まっている。
 女体だ。
 彼らの口からその言葉が出たわけではなかったが、そのギラついた瞳が物語っていた。
 どうやら牙竜も周も、志は同じであるようだ。ふたりはこくりと頷くと、無言の合図で一斉に飛び出した。
「えっ」
「何っ!?」
 秋日子と真尋が物音に気づき後ろを振り返った時、既に牙竜と周は射程範囲に彼女らを入れていた。
「その一、男は、行動するって決めたら即実行だ!」
「端義にーさん、今思えばにーさんと身体検査したあの過去は、今日のためにあったんだな!」
 目を血走らせたふたりに一瞬体が硬直する秋日子と真尋。
 その隙に、牙竜はクジで当てた牛乳パックを空中に放り投げた。同時にアクセルギアのスイッチを入れ、自身の速度を加速させる。
 目にも留まらぬ動きを見せ始めた彼の口が、素早く開く。
「その二、男は、黙って企画物だ!」
 牙竜が、ワイヤークローを真尋に向けた。彼の手元で巧みに操られているワイヤー、その先端についた鉤爪が、真尋を襲った。
 さらに、牙竜は先程自分が放り投げた牛乳にも爪を当てており、引き裂かれた牛乳パックが宙で爆ぜる。
 そうなると、当然その中身は真下にいる者に直撃する。この先は言うまでもない。真尋は、あっという間に牛乳まみれになってしまった。
 ちなみにこの時、真尋の近くに立っていた雛乃という少女もさりげなく牛乳シャワーの被害に遭っていたのだが、彼女に本当の災厄が振りかかるのは、もう少し先である。
「っ!」
 牛乳を浴びた真尋は顔を歪め、声にならない声をあげている。しかし牙竜は、息を付く暇も与えない。そう、彼の放ったワイヤーは、確実に真尋のところへ向かっていたのだ。
 それと同時に、周も秋日子目がけ、突っ込んでいた。その手に持ったコードで、秋日子を縛り上げる狙いだ。
「イクカなんて、隠そうと思えばどこにだって隠せるんだ。それを探し出すために、これは仕方ねえんだ!!」
 周曰く、イクカのため、まずコードで縛って動きを封じてから身体検査をする必要があるとのことだ。
 まあ、仕方ないと言っている割に顔はニヤケっぱなしだが。
「おりゃあっ!」
「痛っ!!」
 そして、威勢のよい声を上げた周は、とうとう秋日子をふん縛ってしまった。ぎゅうっと、秋日子の柔らかな肉体にコードが食い込んでいく。
「痛っ、ちょ、キミ、痛いって」
「大丈夫だ! ちゃんと胸は強調されてるぜ!」
「いや、それ何が大丈夫なの!? いたたたたっ」
「へへへ、縛られて食い込んでる女体……堪んねえぜ」
 もう完全に犯罪者チックな発言をしだした周は、そのまま彼の言う「身体検査」へと移る。
「まずは脚からだ! おっと、もちろんやましい気持ちはねぇから、安心してくれよ!」
「いやいやいや! キミつい数秒前、女体が堪んないとか言ってたよね!? やましさ100%だよね!?」
「心配ねぇよ? イクカを取ったりしねぇって。俺は女体を探求したいだけなんだぜ!」
「心配だよ! 主にキミの頭が! もうなんか色々おかしいよ!? ていうかいい加減これ解いてよ、痛いから!」
 秋日子の言葉をオールスルーし、周は彼女の体をまさぐるのに必死になっている。
「撫でるように掌全体で摩擦、そして力を徐々に込めて……」
 一方では、牙竜が真尋をえらい目に遭わせていた。
「これは痴漢じゃない! 結果的にそうなるとしても、あくまで企画物だ!」
 意味の分からないことを叫びながら、牙竜は真尋の服を次々と鉤爪で切り裂いていた。しかし、彼が裂くのは衣服だけで、その下の肌は一切傷つけていない。
 乙女の柔肌を傷つけるのは無粋だという、彼なりのこだわりだ。その技術と相まって、その様はなにかの職人のように思えた。
「ちょっ、いい加減に……」
 既に大事な部分以外を切り取られてしまった真尋は、両手で体を隠しながら、鋭く睨みつける。それがまた、女体に狂った男の狂気を煽るのだ。
「刮目せよ! この桃源郷のような光景を!」
 しまいに彼は、記憶術で真尋のあらゆるハレンチシーンを脳に焼き付けようとし始めた。
 このあたりで、真尋、そして秋日子の堪忍袋の緒が切れた。
 ふたりは力を込めると、自分を縛り、あるいは襲っているコードやワイヤーを全力で遮断した。
「!?」
 まさかの反撃に周と牙竜が目を丸くする。しかし時既に遅し。彼女らは、クジで当てたアイテム「おたま」と「辞書」を構えていた。
「いい加減にしなさいっ!!!」
 がつん、とふたりが頭――決してアレの頭という意味ではなく――に重い衝撃を受けた。そこからの記憶はない。いや、それ以前の楽しかった痴漢メモリーも……。
 牙竜、周、いっときの幸福と引き換えに脱落。
 ちなみに衣服を切り裂かれた真尋も、「こげな格好で乗り続けるなんて、ウチにはできません」とリタイアした。



 もはや完全に車内の雰囲気は痴漢一色になっていた。そう、ここはもう普通の車両ではない。痴漢車両だ。まあ痴漢以上のことが起きているけれども。
 もっとも、この程度はまだ序の口だった。
 今までのやり取りをこっそり見て、「あ、このレベルをやっていいの?」と勘違いした者たちが出始めたのだ。
 その筆頭が、さゆみだった。
「ハケとかが当たればもっと良かったけど……まあ、これでもやれないことはないわね」
 ぼそっと、小さくさゆみが呟いた。ハケというその単語からは、もう流れ的に嫌な予感しかしない。ちなみに今彼女が持っているのは、生卵だ。
 一体さゆみは、この生卵で何をしでかすつもりなのだろうか?
 と。さゆみが隣にいたアデリーヌに視線を向けた。同時にくい、と指を動かす。その指先には、先程牛乳シャワーのとばっちりを食った雛乃がいた。
 ――あの女性が、ターゲットなのですね。
 アデリーヌは、一瞬でさゆみの狙いを理解した。
「……すみません」
 小さく呟いたアデリーヌが、すっと雛乃の背後に立つ。そして、その両腕が固く彼女の体をホールドした。
「な、なんですぅ!?」
「さあ、今です」
 いきなり背後から動きを抑えられ慌てる雛乃をよそに、アデリーヌはさゆみに言葉を告げる。さゆみはそれを受けて雛乃の前へと進んだ。
「かわいい女の子ね」
「え?」
 言うと、雛乃の反応を待たずさゆみは抱きついた。と思いきや、アデリーヌが拘束を解いたと同時、さゆみはそのまま雛乃を押し倒す。車内なのに。
「もう逃げられないわよ?」
 そこから馬乗りになったさゆみは、あろうことか雛乃の服を脱がしていく。車内なのに。もうここまでくると痴漢とかじゃない。強制猥褻なんたらだ。
 当然周りの者は、見て見ぬふりだ。悲しき現代社会というコンクリートジャングルは、我関せず主義なのだ。
「さて、いよいよこれの出番ね」
 あれよあれよという間に服を脱がされた雛乃の前にさゆみが取り出したのは、先程の生卵だった。さゆみはそれを、雛乃の首筋からうなじ、さらに下へくだって脇へと這わせていく。雛乃の肌を滑っていく生卵は、なんともシュールであった。
「……ふふっ、気持ち良い? まだまだこんなもんじゃないわよ?」
 言うと、さゆみは次第に強弱をつけ、雛乃のあんなところやこんなところまで生卵でいじりだした。きっとこういうフェチの人にはたまらないのだろう。
「きゃ、やっ、入っちゃいますぅ……」
 気持ちのスイッチが、だろう。くれぐれも誤解しないでいただきたいセリフである。
「ここ? ここがいいの?」
 雛乃の様子を見て、さゆみはさらに興奮を高めていった。するとそこに、彼女と同じくらい厄介な者が混ざってきた。
「わしも混ぜてもらおうかのう」
 言ってさゆみやアデリーヌ、雛乃の輪の中に入ってきたのは青白磁だった。
 青白磁は、その手に歯ブラシを持っていた。ここまでの流れを考えれば、彼がその歯ブラシで何をやるかは明白だ。
「大人のビデオでこういうのを見たんじゃ」
 言うが早いか、青白磁はもう身動きの取れなくなっている雛乃の体に、歯ブラシを這わせ始めた。
「あっ、ああっ」
 青白磁が耳たぶの近くに歯ブラシを当てると、雛乃は一際大きな声を出した。
「ここか? ここがええのんか?」
 お前誰だよというキャラに変わりつつ、青白磁は歯ブラシを上下にスライドさせる。その度、雛乃からは艶やかな声が漏れた。あとまあ他にも色々漏れた。
「く、悔しい……でも感じちゃいますぅ……っ!」
 雛乃は、すっかり涙目になっていた。それを見て、さゆみと青白磁はより興奮した。もうほんと、どうしようもない連中だ。
「もっと、もっとそういう声を聞かせて……」
「あー、気持ちいい! 超気持ちいい!!」
 さゆみと青白磁は、すっかり夢中になって雛乃の体に悪戯しまくった。生卵と歯ブラシが、代わる代わる雛乃の敏感スポットを刺激する。
 と、さすがにこの惨状を間近で見ていたアデリーヌは、雛乃がかわいそうになってきた。良かった。常識人はまだ残っていたのだ。
「も、もうそろそろ良いでしょう……」
「え?」
「なに?」
 途端に、ぐるりとさゆみ、青白磁の顔がアデリーヌに向けられた。その目は、「お前この流れ読めよ」というオーラで満ちている。常識的な意識で、とがめようとしただけなのに。
 そしてその不満は、ふたりの矛先を変えてしまった。
「……え?」
 それまで雛乃を責めていたふたりが、ゆらりとアデリーヌへと近づいた。アデリーヌは背中にぞっとするものを感じたが、もう遅かった。
「あ、あああああっ」
 大きな声と共に、アデリーヌは生卵と歯ブラシの同時責めで意識を失った。アデリーヌ、あえなく脱落。

 ここまででまだリタイアせず、その命運が尽きていない者は、ハデスと咲耶、秋日子、さゆみ、青白磁、そして雛乃。
 このラインナップを見ても分かる通り、生卵アーマーという変態装備の咲耶はさておき、明らかに秋日子と雛乃が残った者に狙われる展開になりそうだった。
 そんな現状を打破すべく、青白磁の契約者でもある詩穂は、クジで当てたアイテム「風呂上りのバスタオル」を手に無双を目論む。
「鞭打に水分を含ませての打撃、呼吸器官を塞いでの窒息……これなら、何通りもの攻撃ができるはずだよね!」
 ぴし、っとバスタオルを胸の前で構えて、詩穂が言った。
 ただ一点、気になるのは「風呂上りの」という点。
「これ、なんだか独身男性の住居からお借りしてきたものみたいだけど……」
 詩穂はバスタオルをまじまじと見た。よく見ると、タオルに何やら毛が絡まっている。
「これ、何……? まるでたっぷりとスープを絡ませるために作られたとんこつラーメン用の縮れ麺みたいな……」
 最終的に詩穂は「詩穂わかんなーい。まぁいっか」と軽い口調で考えるのを止めた。
 ちなみに念のため説明しておくと、この部分はアドリブでも何でもない。一般男性宅のバスタオルは十中八九毛が付着しているなど、失礼千万な話である。
 まあでも毛といっても別に色々あるし、きっと今回のこれは髪の毛とかそのあたりだろう。
 たぶんこのバスタオルの持ち主はパーマとかかけてるのだ。そういうことにしておこう。
「まずはシンプルな使い方から……!」
 そのへんはともかく、詩穂はそう言うと、再度バスタオルを構え直した。そして。
「えーいっ☆」
 可愛らしい掛け声とは対照的に、アクションスターさながらの動きでバスタオルを振り回した詩穂は、付近にいた犯罪者を次々と勢い良く叩き回っていった。
 そのまったく前触れも何も無い完全な暴力は、ハデス、さゆみ、青白磁を問答無用で車外へすっ飛ばした。
 きっとこれは、「君たちもう充分やりたいことやったでしょ」的なことなのだろう。
 良い思いをした者には、相応のリターンがあるのだ。
 さらに詩穂は、バスタオルをおもむろに水で濡らすと、濡れタオル状態にして攻撃力のアップを計った。まあ、風呂上りのバスタオルなので既に微妙には濡れていたのだけれど。
「さーて、あと残ってるのは……?」
 ざっと見渡す詩穂。生卵咲耶、秋日子、そして衣服を脱がされ牛乳まみれになっている雛乃。
「ま、まああの子かな……」
 この中から誰かと戦い、蹴落とせと言われた場合、大半の者が秋日子を選ぶだろう。なにしろ他の二名は、あまりにもかわいそうすぎる。それは詩穂も例外ではなかった。
「え、私!?」
 タオルをしならせながら真っ直ぐ向かってくる詩穂に、秋日子は驚きつつ迎撃の構えを見せた。その手に持ったおたまを唯一の武器として。
「負けるの嫌いだし、勝負を挑まれたら、受けて立つしかないよね!」
 秋日子が激しくおたまを振り回す。詩穂と秋日子の雑貨対決が、今幕を開けた。
 そして、すぐ閉じた。
 なにせバスタオルとおたまだ。ふたつともこれ以上ないくらい地味だ。故に、丸々カットされたのだ。
 ちなみに結果は相打ちである。
 詩穂、秋日子、ここで脱落。

 結局この車両では、エッグ咲耶とミルク雛乃がかろうじて生存者となっていた。
 そこに、隣の車両から雛乃の契約者、マリアがやってきて雛乃のところに駆け寄る。
「雛乃! 見つけたヨ!!」
 どうやらマリアは乗車中、雛乃とはぐれてしまっていたらしい。だが再び彼女を見つけた時、既に雛乃は気絶寸前であった。
「うう……マリアちゃん……」
 僅かに体を起こし、マリアの方を見る雛乃。その牛乳まみれのボディを見て、マリアは驚いて尋ねた。
「雛乃、これはなんダ?」
 この車両の犯罪臭、そして惨状を見ればそう聞きたくなるのも当然だろう。雛乃は息も絶え絶えに、マリアの問いに答えた。
「痴漢さんに、白い液体をかけられて、その後抱きつかれて、馬乗りにされて、服を脱がされて、生卵で弄ばれて、歯ブラシで磨かれたんですぅ……」
「……?」
 マリアは、雛乃が何を言っているかまったく分からなかった。状況がまったく思い描けない。なんだそれ。
「うんうん、もう大丈夫ネ」
 とりあえずマリアは慰めた。
 雛乃がいつものように妄想を働かせたんじゃないかと思い、適当に合わせることにしたのだ。
「でもこんな状態じゃ、続けるのは無理ネ……」
 マリアが雛乃を見て言う。その時彼女の視界に入ったのは、エッグ咲耶だった。
「マリア、雛乃と一緒に次で降りるネ。だからこれあげるネ」
 言って、マリアは咲耶にイクカを渡した。もしかしたら、唯一残っていた咲耶のお陰で雛乃が一命を取り留めたのだと勘違いしたのかもしれない。
 まあ事実、咲耶がいなければもっと雛乃にセクハラが集中していたため、あながち勘違いでもなかったのだが。
「え、あの……いいんですか……?」
 戸惑いながらイクカを受け取る咲耶。そしてマリアと雛乃は、揃ってリタイアを宣言し脱落となった。
 そして電車は、いつもの静けさを取り戻すのだった。

 ナチュラルにハイな気分になってしまう……絶叫号泣痴漢電車 完
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