校長室
Perfect DIVA-悪神の軍団-(第1回/全3回)
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●遺跡〜地上 そこかしこで戦いが起きていた。 氷で作られた四枚羽の翼――しかしそれはどんな熱を持ってしても溶けることはない――氷翼を広げ、緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)は上空からそれを見ていた。 密林といえど、すべてが緑の天蓋におおわれているわけではない。スポットのようにぽっかりと抜けている場所がある。 走り抜ける炎、雷。 雄々しい咆哮がとどろき、そこに銃声が重なる。チカチカときらめくのは、太陽を反射する剣か。 今またスポットを数人の少年が走り抜けた。長い銀髪が光をはじく。彼らを追うようにファイアーストームの火炎が走り、少年は一斉に三方へ散じた。火炎の主へ向け、おかえしのエネルギー弾を放ちながら。 ああやっぱり、と思う。 あのときのドゥルジもあの技を用いて彼と戦った。姿もドゥルジとよく似ている。 でも違う。あれはどれもドゥルジじゃない。 それをこうして己の目で確認できた遙遠の胸に去来したのは、煮えたぎる熱い溶岩のような怒りでも永久凍土のような冷たい怒りでもなかった。あえて近しいものを挙げるとすれば、虚無、虚脱感だろうか。 写真を見たときから分かっていたことではあった。けれどどれもブレていたし、唯一写っていたものは後ろ姿だったし……そこに自分が一縷の望みをかけていることには気付いていた。しかしまさか、これほど大きなものであるとは思ってもいなかった。 遙遠のなかのドゥルジは、燃え盛る炎を前に顔をおおって泣いている少年だった。 すべてが終わったあとも、あれだけはだれにも話したことはない。 彼だけが知るドゥルジの弱さ。 もう一度彼と戦わなければならないのであれば、戦うだろう。それは分かっていた。その心構えもできている。 ただ……。 「ばかなことを考えました」 もしかしたら、彼にもう一度会えるのではないか、などと。 あり得ない。ドゥルジは消滅したのだ。あの岸壁で、ひとかけらも残さずに。 広げていた氷翼をたたみ、戦場からは少し離れた場所へ降下した。 あれはドゥルジではないけれど、あの姿や技からして、彼と同等かそれ以上の能力を持っているのは想像に易い。そんな者たちのど真ん中へ下りるなんて無謀以外何物でもない。 歴戦の士がそうであるように、彼もまた、己の分というものを知っていた。(ここで大事なのは「歴戦の士」というのは常に連勝の英雄を指しているわけではないということである) そして己がかわいい遥遠としては、相手について何も知らない状態で戦いたくはなかったのだった。 (やっぱり最初にすることといえば手堅く情報収集でしょう) 手っ取り早い方法として用いるならずばりこれ。看破のメガネ。 『看破のメガネ(かんぱ の めがね) 効果:敵の弱点を見抜くことができるというメガネ』 「できる」でなく「できるという」のあたりが作り手の小狡さを表しているような使用説明書である。しっかり逃げ道を作っている。 効果がはなはだ疑問ではあるが、ま、試してみるにこしたことはないか。 念のため、ディテクトエビルと歴戦の飛翔術を発動させ、戦闘音を頼りにそちらへ近付いて行くと、開けた場所で志位 大地(しい・だいち)とメーテルリンク著 『青い鳥』(めーてるりんくちょ・あおいとり)が戦っていた。 まず遙遠の目に留まったのは青い鳥の方だ。彼のすぐ目の前で2丁の銃――黒装銃【鳴神】と白装銃【浄炎】――を手に、ドゥルジそっくりの銀髪の少年とゼロ距離の近接戦闘を繰り広げている。 一歩も下がることなく相手の攻撃を払い、いなし、死角をついて銃撃する。円を描く手、すべるような足さばき。その動きは銃舞にも、ガン=カタにも似て見えた。しかし彼女が発動させているスキルは銃舞ではない。歴戦の立ち回りとスナイプだ。そしてアクセルギア。 おそらくは彼女が修練を重ねて独自に編み出した攻撃法に違いない。激しい動きにひるがえる黒の上着すらも目隠しとして用いている。 緊迫した接戦だった。これはもはや決闘と呼ぶにふさわしい。おそらくちょっとしたタイミングのズレ、ひとつの読み違い、技の選択間違いで、どちらかが致命傷を負うことになるだろう。 そんな彼女からは少し離れた場所で、大地は漆黒の刀を用いて敵と激しく切り結んでいた。 その姿に「おや?」となる。 相手は少年ではなかった。白金の髪の美しい少女だ。白く透きとおる肌、銀色の瞳。膝上のミニワンピース、ブーツ。全身黒づくめの大地と対照的に、少女は何もかもが白い。それらは清楚ではかなげな印象を見る者に与える。護りたいと思わせるような。 しかし彼女もまた、少年と同じドルグワントであるのはすぐに悟れた。 細身でありながらバスタードソードを軽々と扱い、高速攻撃をしている。 対し、大地は腕のアクセルギアを効果的に用いて敵の剣を受け止め、すり流し、攻撃していた。相手が少女の姿をしていようがおかまいなし。繰り出す技に乱れはない。 大地が用いているのは片刃の日本刀、対する少女はバスタードソードだ。普通に全力でやり合えば、武器として利があるのはバスタードソードの方だった。もともと刀は西洋剣のように鋼の鎧ごとたたき斬ることを目的として作られてはいない。 しかし大地が手にしているのはただの刀にあらず、強化光条兵器である。打ち合うたび、刃こぼれしているのはバスタードソードの方だった。 数度の打ち合いで、バスタードソードは腹にひびを入れた。 それを見た大地はすかさず剣に蹴りを入れる。鈍い音をたて、鋼の剣は半ばから折れた。 くるくると放物線を描いて落下した剣先は遠い地面へと突き刺さる。 しかし少女は意外にも、いったん距離をとることも、手のなかに残った柄部を捨てることもしなかった。 3分の1程度になった剣の、割れてとがった切っ先を大地の顔目がけて突き込んでくる。大地はそれを冷静に見切り、紙一重でかわすや遠心力で下から斬り上げた。 少女はこれを宙返りをすることで避けたが、完全に避けきることはできなかった。切り落とされた髪の毛がぱらぱらと地へ落ちる。 ふわりと優雅に着地した先で、少女の左手が突き出された。それが何を意味するか、大地はもう知っている。 「させません」 即座に武器を背側のベルトにはさんであった黄金の銃に持ち替えて撃つ。 ――ドン、ドン、ドン! 銃声とバリアに激突した銃弾が砕ける音が重なった。 少女がバリアを解き、防御から攻撃へ切り替える一瞬。1秒にも満たないコンマの世界で、大地は動いた。 大地の姿がブレたように消える。 アクセルギアが停止するころには少女は胸を十文字に切り裂かれ、交錯した先で大地は己の勝利を確信しているかのように構えを解いていた。 一瞬時が止まったかのように少女が一切の動きを止める。そして再び流れ出した時間のなかで、少女は草地に倒れた。 「そこで先から何をしているんです?」 大地は振り返り、遙遠を見た。 「気付いていたんですか」 まぁ、気付いてあたりまえではある。気配を消すどころか身を隠してもいない。 ふと遙遠は手のなかのメガネに目を落とした。2人の戦いに気を奪われて、すっかり使用するのを忘れていた。 「看破のメガネですか」 小首を傾げた大地が口元にうすく笑みを刷いてこちらへと近付く。 「必要ありません」漆黒の刀が一閃し、青い鳥と戦っていたドルグワントの首を刎ねる。「相手が何者であろうと、首を落とせばいい」 「それはそうですが」 しかしせっかく持ってきたのだし。 遥遠はやっぱり試してみることにして、適当な相手を求めて歩いた。 わざわざ探す必要はなかった。ここまで来ると、いたる所で戦闘の気配がする。ただ、だれも止まってくれないのがネックだった。 「くそッ! ちょこまかと動きおって!! ――これでもくらえ! 雷帝招来!!」 降りそそぐサンダーブラストの雨を駆け抜けるドルグワント。彼らは高速で動くため、メガネが計測するだけの間とどまってくれないのだ。 一度、これはということがあった。 静麻が戦っていたときだ。中距離から銃の連射でドルグワントをその場に釘づけにしていた。ドルグワントはバリアを前面に盾状に形成し、これを防いでいた。弾切れから攻撃に転じるつもりだったのだろう。 だが静麻にはパートナーのレイナがいた。強化光翼をライド・オブ・ヴァルキリーで高速化した彼女がドルグワントの探知範囲外から急襲し、ドルグワントが振り返るよりも早くその背に乱撃ソニックブレードをたたき込む。 それは効果的な攻撃方法だったが、遙遠の役には立たなかった。 巻き込まれるのを避けて歩いていた彼は、やがて台風の目ともいうべき位置にたどり着く。そこにいたのは、白衣風コートのポケットに手を突っ込んだ少年だった。 (タケシさん…) 背中を向けている彼に、遙遠はメガネを向ける。メガネが計測を始めたとき。 ディテクトエビルが反応した。 反射的、横に逃げた彼の肩をかすめ、レーザーの剣が地面に垂直に突き刺さる。 軽やかに地に下り立ったのは、ブラックコートをまとった少女だった。ふわりとなびく白い髪。振り返った顔は、しかしドルグワントのあの少女のものではなかった。人間だ。 「きみは…」