校長室
Perfect DIVA-悪神の軍団-(第1回/全3回)
リアクション公開中!
3人が元の場所へ戻ったとき、ルイたちは最後の攻勢をかけていた。 ルイはシュリュズベリィ著・セラエノ断章(しゅりゅずべりぃちょ・せらえのだんしょう)の呼び出した召喚獣たちとで少年を中心に円形に囲む。 「これで準備運動は終わりました。この温まった肉体で、あなたを破壊しつくしてあげましょう! さあ、いっきますよおぉ!」 ルイの気合いのこもった声。それは自身へのものとも、戦闘の結果そうなったふうを装って定位置についたパートナーたちへの合図ともとれる。 「ふっ!」 と息を吐いて。 地を蹴ったルイは次の一刹那にはもう少年にこぶしを入れていた。 受け止められるのは分かっていた。しかし片腕ではない、両手を使わせたことにルイが笑顔になる。 「そうでしょうとも、そうでしょうとも。やり合うからにはお互い全力を出しきることが礼儀というものです。たとえどれほど実力差があろうとも、手を抜くことは最大の無礼。……とはいえ、あなたと今の私にそれほど差があるようには思えないのですけれどね」 少年が高速で繰り出すこぶしや蹴りをすべて受け止め、にっこり笑っての挑発。 実際のところスキル全開、さらには召喚獣たちの補助によってなんとかついていけているのだが、そんなことはおくびにも出さず、回避ばかりと気取られないようときおり七曜拳もはさみ、わざと打たれもした。そして宙を飛ぶようになめらかな足さばきで少年の移動にもついて行き、決して距離をとらせない。 (……なにやら速度がだんだん増しているように思えるのは気のせいでしょうか…?) 掌打を用いて受け流していたが、その証拠のように、払えると思ったこぶしやひじ打ち、蹴りがルイの体をかすめるようになってきていた。 手を読まれ始めているのだ。 ルイの行動パターンを学習し、次に彼がどう払うかを読んでいる。 (これは、思っていた以上に厄介です) 悟られないように、気取られないように。そして決して引き離されないように。 ルイはリアの攻撃位置へ少年を誘導した。 「……SPリチャージ開始……完了。 朱の飛沫……発動開始」 リアは小さくつぶやき、ニルヴァーナライフルを自身に接続する。 ――できるか? 己に問う。 今の自分がどういう状態か、分かっている。全体的に各部の機能が少しずつ低下している。オールクリア、コンディショングリーンとは到底言い難い状態だ。 そんな自分で作戦を完遂できるか? 「……できる、ではないな。やる、だ」 なんとしても、やりぬく。今の自分に出せる力が80%というのであれば、80%の力でやりぬけばいい。それだけだ。 「ルイ、避けろよ」 リアの体から強力な機晶エネルギーが流れ込む。ニルヴァーナライフルの銃口が輝いた。 木の上でチカっと光がまたたいた、次の瞬間。 最大出力で放たれたビームが少年を直撃した。 「んんっ?」 神速で十分距離をとったルイは、まぶしさに目を眇めて様子をうかがう。 ビームはある一点で八方に拡散していた。少年の突き出された右手から1メートルほど手前の空間だ。ビームとバリアがぶつかり合い、強烈な白光を放っていて、まるで炎が燃え盛っているようだ。 (ビームで蒸発しなかったのはよかったですが、これはまた…) その脅威的な光景に場の全員の目が釘づけになっているなか、リアだけが冷静に奈落の鉄鎖を飛ばした。鉄鎖は少年の右足に絡みつく。 「……あとは頼んだ、ぞ……すばやくな。そう、長くはもたん…」 ずずず、と背にした木に沿ってすべり、ニルヴァーナライフルにもたれかかる。彼女のエネルギーはほぼライフルに装填されていて、危険水域に達する寸前だった。 それでも奈落の鉄鎖を維持し続ける彼女を振り返って、セラが悲鳴のような声で呼んだ。 「リア! ……うもー!! こんなドシリアス、セラのキャラじゃないんだけどなあっ!!」 ジレンマに陥りつつ、セラは大急ぎ歪魔の時計を取り出した。 ビームはほぼ消えかけている。早くしないと全面展開されて防がれてしまうかもしれない。 「リアの苦労を無になんか、絶対させない!! ――くうっ!!」 彼女に向かって放たれたエネルギー弾を、炎の聖霊が相殺してくれる。 そして歪魔の時計の効果範囲内に入り、歪魔の時計が発動した。 少年の「時」が歪み、あきらかに動きが緩慢になっている。 「今です、ガジェットさん!!」 「了解なのであります!!」 FUシルバーベルーガとはすでに合体済みだった。ブースターから赤い炎が吹き出す。 ノール・ガジェット(のーる・がじぇっと)は全速力で突貫した。 防御も回避もしない、考えない、まさに渾身の特攻! エネルギー弾が左肩を砕き、脇をえぐり、片足を吹き飛ばしても、彼の速度は衰えなかった。 「うおおおおおおおおおーーーーーーーーーーーなのでありますっ!!」 ――ガキィインッ!! 交錯したというよりも、体当たりした、というべきか。 クローアンカーユニットが地に突き立ったとき、そのアームの間には少年がはさまっていた。 いささか乱暴すぎて片腕が千切れてしまったようだ。だがノールとて肩が断線し、左腕が動かなくなっている以上、こうするしかなかった。 しゃがみ込んだノールの全身から黒煙がたなびく。いくつか回路が焼き切れて、溶けてしまったのかもしれない。焦げたにおいもしていた。 「アト、は、任せタ…」 その言葉を最後に、ノールは全ての活動を停止した。 「……腕、なくなっちゃいましたね」 セラの傀儡の糸でぐるぐる巻きにされた少年を見下ろして、ディングが見たままを告げる。 六鶯 鼎(ろくおう・かなめ)は、 「まぁ、これでよしとしましょう」 と腰に手をあてた。 なにしろ、残りは胸部をルーフェリアのパイルバンカーで貫かれた少年か、首ちょんぱされた少女しかないのだ。あの激戦を見たあとでは「なぜ五体満足じゃないんですか」なんて文句も言えないし「もう一度やり直してください」とも言えない。 (ま、ドゥルジは胸から下全部砕かれても痛みを感じている様子はなかったですからね。腕がないくらい平気でしょう) そう考え直して、鼎はおもむろにポケットから小瓶を取り出した。 中にコロンと転がっているのはただの小石――にあらず、ドゥルジの石である。 「へェ、それが例のドゥルジとかいうやつなのか」 サミュエルがうさんくさそうに見つめて言う。 「の、一部です」 彼には、石が人間になるというのが今いち理解できないらしい。それもしかたないだろう、これは正確には「石」ではないのだが、どう見ても石にしか見えないし、飛び散った石が戻ってきて人間の体になるという、あれは実際に目にしないと分からない。 手袋はしていたがどんな不測の事態が起きるか知れない。用心深く取り出して、指でつまみ上げる。あの日以来1日たりと手放したことのない、不思議な石を。 そして見下ろした。 ドゥルジそっくりの少年。ほおにDというマーク、「H00072」という数字が入っている以外は記憶のなかの彼とうり二つだ。 (さて「ドゥルジ」……もしや、あなたはこうなることを知っていたんですか? この少年たちとわれわれが戦うことになると) 分からなかった。 彼は何も言わず、すべてをなぞとしたまま、消えてしまった。 よみがえらせたなら……そのときこそ、語ってくれるだろうか? あのとき何をしていたのか。そして、今何が起きているのかを。 鼎はぎゅっと石を握り込み、念じた。 (ドゥルジ。この状態のあなたにあなたとしての意思がまだあるかわかりませんが、これは千載一遇のチャンスです。今からあなたと同じ姿をした身体にあなたを触れさせます。千切れた腕が飛び戻ってこなかったところからして、あなたと同じ材質とは思えませんが、まぁ、同じ人物が造ったものだとしたら互換性があるかもしれませんしね。 あなたのあの驚異的な再生能力でもって、この肉体をのっとりなさい) 「ほら早く。さっさとしないとまた援軍がきちゃいますよ」 動かなくなった鼎を、ディングがどんっと前に突き飛ばす。 「なっ、何をするんですか、いきなり! 危ないじゃないですかっ」 「鼎さん、私疲れました。ここ、土くさいし、緑いっぱいで虫もうじゃうじゃいそうだし。 私、あんころもち食べたいです、あんころもち。あ、あと抹茶スイーツも。いつものお店のがいいです。早くツァンダへ帰って、買ってきてください。私はひと眠りしてますから、起きるまでに用意しておいてくださいね」 ひとの話を聞かない、どこまでもマイペースなディングにまじまじと見入って……そしてぷっと吹き出した。 「はいはい。帰ったらそうしましょうか」 肩の力が抜けた思いで鼎は少年の体に小石を乗せる。 しかしいつまで待っても、少年がドゥルジになる様子はなかった。 そして不思議と、いつまで経ってもほかの少年や少女が現れる気配も、全くなかったのだった。