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Perfect DIVA-悪神の軍団-(第1回/全3回)

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Perfect DIVA-悪神の軍団-(第1回/全3回)
Perfect DIVA-悪神の軍団-(第1回/全3回) Perfect DIVA-悪神の軍団-(第1回/全3回)

リアクション

「こんなこと、させない、の」
 少女は退屈そうな無表情で、手のなかの看破のメガネを握りつぶす。
「ね。このままいなくなってくれない? そうしたらハツネ、あなたのこと壊しちゃったりしないから」
 それは提案というよりも、願望のように聞こえた。そう口にしつつも……などといった悪意ある言葉遊びではない、心の底からそれを願っているのだと。
 しかしすぐさま飛んだ怒声が、彼女のかすかな希望を打ち消した。
「何を言うか82番! この場にいる者は全員、1人の例外なくわれらの敵だ! 見敵必滅! いいか? 見・敵・必・滅だ! その視界に入るすべての敵を抹殺するのが82番であるきさまの役目なのだ!!」
 哄笑だった。
 己の言葉に酔った男の、狂気をはらんだ声。
 斎藤 ハツネ(さいとう・はつね)は振り返り、男を見た。斎藤 ハジメ(さいとう・はじめ)、悪逆非道な母の弟。
「なんだ? その目は。もしやこの俺に逆らおうというのか? んん?」
 自身の優位を確信しているハジメは愉悦の表情でハツネを見下し嗤う。
「よもや俺がこれを持っていることを忘れているんじゃないだろうなぁ? おまえはそこまでおばかさんじゃないと思っていたんだけどね。もしそうなら、調整が必要というわけかな?」
 と、ズボンのポケットから何かスイッチのようなものを取り出して、指でつまんでひらひらと振って見せた。
「ハツネは……82番じゃないの。ハツネなの」
 せめてこれだけは、との一縷の希望も、ハジメに黙殺された。
「そらそら。このボタンに遊びは少ないぞ。これをすべて押し込めば時尾さくらがどうなるか…」
 ボタンを押し込む真似をする。
 ――どこまでもいけすかないヤツ。5年前と全く変わっていない。
 ハツネはぐっとレーザーマインゴーシュを握る手の力を強める。
 やるしかない。
 母と妹の命に比べれば、見知らぬ男の命など塵も同然。
 ハツネの半分閉じられた目に浮かんだ並ならぬ決意に、それと察した遙遠もかまえをとる。間合いを詰めようと跳躍してきた彼女に、ブリザードをぶつけた。
 氷雪のカーテンを斬り裂くハツネをさらに左右からアイシクルエッジの刃が襲う。彼女がカタクリズムで風を起こし、これに対処している間に遙遠は林立した木々の密集地へすべり込んだ。
 戦おうと思えばできるが、どうも事情がありそうだ。
「やめなさい!!」
 追おうとしたハツネの前に、遠野 歌菜(とおの・かな)がバーストダッシュで立ちふさがった。
「あなた、ハツネちゃんって言ったわね? 今、私たち人間同士で争ってどうするの? 敵はあの少年たちでしょ?」
「それは……だって…」
 ハツネだってこんなことはしたくなかった。
 だが…。
 母斎藤 時尾(さいとう・ときお)と妹伏見 さくら(ふしみ・さくら)の姿が浮かぶ。買い物に出たまま戻らない2人を心配して捜しに出たハツネの前に突然現れたあの男、ハジメが言ったのだ。
『2人は俺の方で預からせてもらったよ』
 と。証拠として見せられた動画には、どこともしれない場所で手足を縛られて転がされた2人の姿があった。
『は、ハツネ、ちゃん…』
『お姉ちゃぁ……ん…』
 母は反対の方を向いていたのでよく見えなかったが、さくらはカメラに真正面を向いていた。涙にうるんだ目で千切れるような息をこぼして…。苦しげに顔をしかめ、痛みに耐えているようだった。
『2人に何をしたの!』
『おやおや。心外だな。叔父の俺が自分の身内に危害を加えるわけがないだろう? むしろ感謝してほしいね。倒れていたところを俺が保護してやったんだから』
『じゃあなんで縛ってるの!』
『こうでもしないと高熱にうなされて危ないからさ。今、2人をみている者がいないからね。もしものことがあったら82番、おまえも困るだろう? もちろん、俺も困る』
 今のところは。ハジメの顔は言外にそう告げていた。
『82番。おまえの力はよく知っている。おかげで右目と四肢がこのありさまだ。もう決しておまえの力を侮ったりはしない』
 そしてハジメは告げた。2人を返してほしかったら、この密林にいる者たちを抹殺しろと。
『もし……もししなかったら、どうするの?』
『うん? ばかだばかだとは思っていたが、そこまでおばかさんだったかな? おまえは』
 ――ああ…!
「……絶対、もう二度と、2人を失うのはいやなの…」
「どうした! さっさと女を殺せ、82番! タケシさまにおまえの活躍をお見せしろ!!」
 ハジメはタケシに気に入られようと躍起になっていた。あの少年の姿をした兵器は、それだけ彼にとって衝撃的だったのだ。このデモンストレーションでタケシに気に入られれば遺跡に招かれ、その技術を見せてもらえるかもしれない。設計図が手に入れば、彼の研究は飛躍的な進化を遂げられると彼は信じて疑わなかった。
 ハツネは深く息を吸い、止めると、剣をかまえる。
「壊れて、なの」
「だめ、ハツネちゃんっ」
 だがハツネは剣を止めようとしなかった。歌菜は大空と深海の槍で受け止める。
(だめだわ、この子に言っても)
 かといって彼女と戦うことはできない。全くの無表情でその心の内は読めないけれど、あの会話といい、どう見てもこれは彼女の本心じゃない。
 歌菜はひたすらハツネの繰り出す剣げきの受けに専念し、ブラインドスナイプスによる死角狙いも、魔鎧と歴戦の武術で対処する。
(歌菜)
 パートナーで夫の月崎 羽純(つきざき・はすみ)のテレパシーが届く。
(もう少しだ。耐えろ)
 その言葉の意味を悟る前に、羽純がスパロウから飛び降りた。
「だ、だめだよ、羽純くん! 動いたら――」
 刻々と悪化していく体調の悪さに立っているのがやっとだった彼は、入り口で待っているはずだった。説得して、納得させられたと思っていたのに。
 あわてる歌菜の前、羽純はどうにか着地し、ハジメに向けてサンダークラップを放った。
「うわっ!」
 無理に避けようとしてバランスを崩し、倒れ込んだところへ飛竜の槍をふるう。とっさに上げた腕を槍が貫く――はずだった。
「!」
 ガキッという金属製の音がして、槍は穂先を流される。破れた白衣の袖の下から見えたのは義手だった。
「おまえ…」
「ク……クク…。残念だったな。俺の四肢はとっくの昔にあの狂った女にもぎ取られている。おまえにやれる分は残ってない」
 ちらりとハジメの視線が背後に流れる。スイッチが転がって、くさむらに半分埋もれていた。
 羽純の様子を伺い、隙を探っていたハジメは、やおらそちらに身をねじった。だが羽純の方が早い。彼を中心にカタクリズムの風が沸き起こり、スイッチを巻き上げて飛ばした。
 それを見て、歌菜がハツネに言う。
「どういう理由があるか分からないけど、もうやめて。彼はあのスイッチを押せないわ」
 つばぜり合いをしていたハツネの目が、ハジメにそれた。
「はーーーーっはっはっは!! ばかなやつらだ! あれが「好き」でもないことをしてると思ってるのか!? あれはな、そういうやつなんだよ! 見ろ、この手足、この目を! あいつが俺をこんな姿にしやがったんだ!! いやそうに見えているのは、単に俺に命じられているのが不服なだけで、人間を壊すことなんかハナからなんとも思っちゃいないんだ!」
 ハジメがハツネを見る。
「何をぼけっとしている! 俺を護れ!! さもないと2人の居場所は永遠に分からないぞ!!」
「――あっ…」
 ハツネは歌菜の槍をはじき飛ばし、けん制のなぎを払うとひと跳びでハジメと羽純の間に割り入った。
 カタクリズムの風が急速に巻き起こる。これに対抗すべく、羽純もカタクリズムを発動させたが、すでに先からの攻撃で彼の体力・精神力ともに限界近くまで下がっていた。
「羽純くんっ!!」
 足元をふらつかせた彼を見て、歌菜は先からじっとこちらを見ているタケシに向かい、叫んだ。
「タケシくん!! そこの人にやめるように言って!!」
「わたしが? なぜ?」
「なぜ、って……あなたがさせてるんでしょう?」
 違うの?
「きみに思惑があるように、そこの人間にも思惑がある。それだけの話だ」
 軽く肩をすくめ、彼女に背を向けかける。
 だが、とタケシは言葉を続けた。
「そこにわたしが存在するかのように判断されるのはわたしの意図ではない。断言しておこう。わたしは人間の力を必要としていない。アストーとドルグワントで十分だ」
 そして今度こそ、背を向けて去ろうとする。
「待って! あなたたちの目的は何? 何がしたいの? 何をするつもりなのか、教えて!」
「なぜ?」
「戦わずにすむ方法があるかもしれない……それがあなたたちにとっても最善の方法じゃない?」
 そうすれば、ハツネちゃんだって、きっと…! しかし歌菜の願いはかなわなかった。それは、肩越しに振り返ったタケシの何の感情も浮かんでいない目を見ただけで分かった。
 彼はそんなことに関心を持っていない。
「戦いを仕掛けているのはきみたちの方だ。わたしの邪魔をしなければ、わたしの方にきみたちと戦う理由はない」
「そんな、のは……詭弁だ…。言うとおりにしろ、逆らえば殺す、と、言ってるも同じだ…」
 がくりと片ひざをつく。
 もう集中力を保てない。羽純のカタクリズムが弱まるにつれ、ハツネの力の風が猛威をふるいだす。
「おまえの、言い分を、通さなかったら……俺たちを殺しても、通そうとするんだろう…?」
「人間。何を考えようがそれはきみたちの勝手だ。しかしわたしがそれに応じるかどうかはまた別の話だ」
「羽純くん!! ――うっ」
 駆け寄ろうとした歌菜の前、力の風が吹き荒れる。もう完全にハツネの力がこの場を支配していた。近寄れない。
「まったく、この俺にこんな真似をするとは。おかげで計画がだいなしになるところだった。
 殺せ、82番」
 ハジメからの命令に、ハツネが羽純の頭上へ剣を持ち上げる。
「いやーーっ!! やめてぇえええーーーーーっ!!」
 歌菜は絶叫した。