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あの頃の君の物語

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あの頃の君の物語
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誇りのために〜レン・オズワルド〜

 パラミタが出現した時、子供だったものたちにとっては、それは夢の世界であったり、おとぎ話の世界であったりしたことだろう。
 だが、レン・オズワルド(れん・おずわるど)とってはパラミタはそんなような世界ではなく、やっかいな現実だった。
「……またパラミタの奴らが来るのか」
 課長が苦々しげな顔でテレビの放送を見ている。
 ここは公安部・外事課。
 海外や在日外国人に関する捜査や防諜を担当するこの組織は、パラミタ出現後、その対応にも追われていた。
 ニュースの内容が人気のゆるキャライベントに変わるが、それでも刑事たちの苦々しさは変わらない。
「いい気なもんだよな、ゆる族を広報活動に使うとか」
「まったく……あの中にテロリストがいたらどうするんだよ」
 地方自治体はパラミタからやってきたゆる族を、動く着ぐるみとして喜んで使うようになったが、刑事たちからしたら気が気でない。
 あの可愛さを利用して誘拐に使われたらどうするのか。
 テロリストが混じっていて、イベントの時に爆発でもしたらどうするのか。
 公安の刑事たちは気が気でないのだが、表面上、パラミタを歓迎する風潮があり、それをなかなか言い出せなかった。
「まあ、俺たちが気をつけるしかないですよね」
 不満そうな課長や先輩たちの会話を止めるように、レンが割って入った。
 その言葉に先輩たちは苦い笑いを見せる。
「そうなんだがな……なにせ敵が多くて未知数過ぎるぜ」
「未知数ですか」
「大使館も情報機関もあるんだか無いんだかだしな……法制上もパラミタの奴らはどうなるんだか。資源に目がくらんでるのかも知れないが、そのあたりは政府もしっかりして欲しいぜ」
 パラミタの立場はとても微妙なものだった。
 法的にも軍事的にも立場的にも。
 そういうことを考えなくていい立場の人たちは新たな交流を単純に喜んでいればいいが、考えないといけない立場の人にとっては頭の痛い話ばかりだった。
「部屋の中であれこれ言っていたって仕方ないだろう。憂内、行くぜ」
 レンを呼んだのは山岡修だった。
 レンの大先輩とも言える叩き上げの刑事で、43歳。
 離婚しているが、娘が1人いる。
 離婚については忙しい刑事の職業病ともいえるもので、その話になった時はいつも山岡は苦い顔をして笑うばかりだった。
「行くってどこへですか?」
「決まってるだろう、あのバラバラ殺人の情報を集めに……だ」
「おう、期待してるぜ」
 課長から声がかかる。
 山岡は優秀な刑事だ。
 部下や上司からの信頼も厚い。
 実際、それだけの成果を上げてきている。
「任しておいて下さいよ、奴らの好きにはさせません」
 山岡はそう笑うと、レンを伴って部屋を出た。


 レンの運転で2人は街に出た。
 山岡は窓から見える街の様子を見ながら、溜息をついていた。
「……まあ、よく何者とも分からない奴らを歓迎できるよな」
 街では人気のゆる族のぬいぐるみが売られていて、パラミタの種族に憧れたらしい女の子が偽物の羽根飾りとかを背中に付けている。
 それが山岡には気に入らないようだった。
「あいつらの得体の知れ無さが怖くはないのかね」
 山岡の呟きは実は少数派ではなかった。
 表面上や報道では確かに歓迎ムードが多く見える。
 しかし、歓迎しない人もいれば、歓迎の笑顔の裏に、不安や恐れを抱いている人たちもいる。
「パラミタに近づいてた航空機がドラゴンに落とされそうになったとか……奇妙な話じゃねえか。衛星写真に写ったっていうパラミタの写真だってどこまで本物かわからねえし、パラミタにたくさん資源があるって言う地質学者だってどこまで本当のこと言ってるんだか。そう思わねえか?」
「そうですね……御用学者ではないとも言えませんし」
 先輩の言葉に、レンは丁寧に慎重に答えた。
 山岡だけでなく、パラミタを信用しない者がいる原因としては、パラミタの情報の少なさだけでなく、政府への不信もあった。
 毎年変わる政府に、生活が補償されないような制度。
 景気は悪くなり、その流れを政府は変えることが出来ず、自殺者は増え、未来に希望のない者ばかりが増えている。
 その中で、パラミタの出現は明るいニュースのように流れていたが。
「政府の空手形としか見えねえよ」
 山岡のように感じるのもおかしな発想ではなかった。
 内政が行き詰まれば外に何かを求める。
 それによって内政の問題から目を逸らそうとするのだ。
 山岡の話にレンは否とまでは言わなかった。
 おかしなことを言っているわけではない。
 理屈も真っ当だった。
 でも…………。
 ぬぐえない不安を、レンは感じ続けていた。


 それから数日後。
 レンは山岡と共にパラミタ人の護衛を命じられた。
 上からの命令だから受けるしかないが、この護衛という任務を現場の刑事たちは嫌がっていた。
「……面倒だからって、ケツ拭きをこっちに回して来やがって」
 山岡は隠すことなく悪態をついた。
 ここ最近、密かに日本の治安が悪くなっていた。
 パラミタにコネクションを求めるのは日本や各国政府だけではない。
 各企業や研究団体。
 そして、裏社会もパラミタへの足掛かりを求めていた。
 その事態をどう扱っていいのか分からない上の連中は、適当に公安部にその仕事を回してきて、護衛という名で彼らの付き添い兼運転手のような真似をさせていた。
 それがレンの同僚の刑事たちにとっても不満だった。
「行くぞ……」
 不愉快そうな表情で山岡はレンを促して、池袋に向かった。


「だいたい……あんな奴ら、本当に人間なのかよ」
 池袋に向かう車の中で、山岡はぼやいた。
「……と、言いますと?」
「魔法にしろ、異常に発達した肉体にしろ、知能にしろ……全然普通じゃねえ。あれは人を超えた存在、人とは違うナニカだ」
「…………」
「人でない者を人として捉えるべきじゃないんだよ」
 山岡はレンにとって尊敬すべき相手だった。
 刑事として、男として、山岡は若い頃からレンの面倒をよく見てくれた。
 その彼の言葉を、レンは重く受け止めていた。
「……あと20分で池袋に着きますよ」
 レンはそれだけを口にした。


 山岡とレンが池袋に着くと、そこでは信じられない光景が広がっていた。
「なんだ、抗争か!?」
 それはパラミタ人誘拐目的の中国系マフィアと、殺害目的の地球人原理主義者らの抗争だった。
「ちっ、情報が流れたか……」
 今回、レンたちが護衛を任されたパラミタ人は密かな大物だった。
 訪問が発表されていないのは、逆にそういう立場の人だからだ。
 そして、こうやって組織が狙うのも……。
「憂内、とにかく護衛対象を連れて、逃げるぞ」
 山岡は急いで護衛対象と連絡を取り、抗争の中を何とかくぐり抜けようとした。


 おかしい。
 しばらくして、レンはそう気付いた。
 山岡は護衛対象を連れて逃げると言っていたのに、抗争の中に紛れてしまっている気がする。
「山岡さん、あの……」
 レンが尋ねようとした時、山岡の手に拳銃が握られているのが見えた。
 とっさにレンは護衛対象を跳ね飛ばした。
 サプレッサーが付けられているため、発射音は抑えられ、抗争の音に紛れた。
 しかし、レンは見逃さなかった。
 山岡が護衛対象であるパラミタ人を撃とうとしたことを。
「どうして……!」
 その言葉だけで全てが通じた。
 山岡は黒い瞳でレンの方を向いて、低い声で言った。
「……バラバラ殺人の犯人はパラミタ人だった。証拠も見つけた。しかし……上に揉み消された」
「えっ……」
 この間、レンが山岡と聞き込みに行った事件だ。
「任しておいて下さいよ」
 そういった山岡の笑い顔が目に浮かぶ。
 しかし、その手に掴んだ証拠は、パラミタにコネクションを持ちたい者たちの都合で消された。
「……パラミタと繋がりたいために、犠牲になっていい人間がいるのかよ。このままじゃ、どうなっちまうか分からないぜ。俺たちも、俺の娘も……」
 山岡の言葉にレンはハッとした。
 もし、地球で誘拐事件が起きても、殺人事件が起きても。
 それがパラミタ人の仕業だとしたら、再び揉み消される可能性があるのだ。
 その犠牲者が、山岡の娘だとしても。
「そんなこと許されてなるものか……パラミタは地球の平和を乱す存在。地球はパラミタを求めていない。それを……証明してやる!」
 山岡は引き金を引いた。
 同時にレンも引き金を引いた。
 弾丸は2人の人間を貫いた。
「…………」
 倒れたのは山岡だった。
 抗争の中、声もなく、山岡は倒れた。


 気付くと、レンは病院にいた。
「……山岡さん」
 レンは尊敬する先輩の名を呼んでみた。
 もしかしたら、同じ病室にいるのではと思ったからだ。
 しかし、返事はなかった。

 レンは一命を取り留めていた。
 弾がうまく逸れたようだとか医者は言っていたが、レンはそうは思わなかった。
 自分の弾丸が山岡の命を奪ったように、山岡の弾丸も自分の命を奪いかけていた。
 ただ、消えかける意識の中で、青い髪の女性が来て、何かをしてくれた気がする。
 それがノア・セイブレム(のあ・せいぶれむ)であったとレンが知るのはもっと後の話である。
 
 
 レンはその後、山岡がパラミタ人来訪の情報をリークしていたことを知った。
 しかし、それは誰にも言わなかった。
『抗争に巻き込まれて同僚を殺した刑事』
 レンにはそんなレッテルが貼られ、山岡は名誉の殉職となった。
 彼の娘は、これから遺族として生活が保障される。
 そんなものが補償されても父は戻ってこないが、せめて尊敬する父であったと山岡の娘が思えるようにしたい。
 レンは自分の汚名よりもそれを願っていた。