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あの頃の君の物語

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あの頃の君の物語
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幼き頃の出会い〜博季・アシュリング〜

 博季・アシュリング(ひろき・あしゅりんぐ)は元々は音井博季といった。
 これはまだ博季が音井の名字を名乗っていた頃の、小さな頃の話。


 博季の兄嫁はイギリスの人で、一度、博季たちにイギリスを見せたいということで、彼らはイギリスに招かれた。
 義父たちに連れて行かれた兄嫁の実家は、緑に囲まれた郊外の田舎町で、小さな庭もあり、花とハーブが植えられた素敵な家だった。
「まぁ、いらっしゃい」
 兄嫁の実家の人は大歓迎してくれた。
 特に歓迎されたのは博季だった。
 義姉の親兄弟は義姉から、博季の話を聞いており、博季のためにたくさんの洋服やおもちゃを用意していた。
 義姉の母は服をたくさん用意していて、博季にニコニコとそれを見せた。
「これ、これ着てみて。キルトっていうスコットランドの民族衣装なんだけどね……」
 説明しながら、もう着せられている。
 お人形のように可愛らしい博季に、その民族衣装はとても似合った。
「まぁ、かわいい!」
「とっても似合うわぁ、誰か、カメラカメラ」
 親戚たちは盛り上がり、博季はたくさん写真を撮られた。
「もう、ママ、それじゃ博季くんが疲れちゃうわよ」
 義姉の妹さんが助け船を出してくれた。
 ……と思ったら。
「博季くん、見てみて〜。これね、イギリスで大人気のおもちゃなの」
 妹さんの方はおもちゃをたくさん用意していた。
「一緒に遊ぼう〜」
 いとこたちまで待機している。
 博季は親戚たちにあちこち引っ張られながら、めぐるましくイギリスでの日を過ごした。


 イギリス滞在3日目。
 楽しくないわけではないのだけど、あまりのめぐるましさに疲れた博季は、朝食の後、そっと義姉のお屋敷を抜け出そうとした。
 お庭を通って、まっすぐ門を出て……。
「どこかにお出かけかい?」
 門を出かけたところでかけられた声に、博季は心臓が飛び出そうになった。
 ドキドキしながら振り返ると、そこには義姉の父が立っていた。
「あ……」
「たまには1人でこのあたりを見てくるかい?」
 その言葉に、コクコクと博季は頷いた。
 どうなるかとドキドキしたが、義姉の父は花に水をやりながら、博季に言った。
「このあたりは危険なところはないけれど、迷子にならないように遠くに行きすぎないようにな」
「は、はい」
 見逃してくれることに感謝しながら、博季は急いで外に出た。


 郊外の小さな田舎町。
 小さいといっても博季にとってはすごい大きさで。
 蔦草の這った家や、一面ハーブに囲まれた邸宅など、博季にとってはどれも珍しい物だった。
「わぁ……」
 博季は知らない世界に迷い込んだような気がした。
 教科書でしか見たことのないような町並みが本当にあって、それはまるで本に自分が入り込んだかのような錯覚を覚えた。
 どれもステキで、どれも楽しくて……。
 気付くと、博季は見知らぬお屋敷の前にいた。
「……大きなお屋敷ですね」
 お屋敷は古いお屋敷で、とても大きかったけれど、でも、どこか古びてるような印象があった。
 昔はもっと立派なお屋敷だったのだろうけれど、手入れする人が減ってしまったのかも知れない。
「あれ……?」
 博季の視界に、小さな女の子が入ってきた。
 肩まである金色の髪に、大きな青い瞳。
 その女の子は何やらキレイな缶を手に持って、お庭に出てきた。
 なぜかキョロキョロと辺りを見回している。
(どうしたんだろう……)
 博季が様子を見守っていると、その女の子は庭にある古いベンチに座り、そっと缶の蓋を開けた。
 缶の中身を見た少女の顔がうれしそうにほころぶ。
 その表情を見て、博季はドキッとした。
(可愛い……)
 なんて可愛い笑顔の子なんだろうと博季は思った。
 人の家を覗いているという状態なのも忘れて、博季はその子に見入った。
 缶の中を眺めていた女の子はもう一度、周囲を警戒して、缶の中からある物を出した。
 それはショートブレッド。
「えへへ〜」
 小麦粉とバターと砂糖と塩だけで作ったシンプルな伝統菓子。
 それを手にした女の子はとても幸せそうな笑顔で、それを食べ始めた。
「おいしい〜」
 ニコニコといい笑顔で、ぱくぱくと女の子がショートブレッドを食べる。
 その幸せな顔と空気に、博季も思わず笑顔になった。
 ところが、女の子に気を取られていたため、博季の足元がお留守になり、庭の外にあったジョウロを蹴ってしまった。
「!!」
「あっ……」
 博季も驚いたが、その数倍は女の子が驚いていた。
 女の子と目が合い、博季はなんと言っていいのか迷った。
「あ、あの……」
「い、言わないでね!」
「え?」
「お菓子食べ過ぎって言われてるの、だから、その、しーっ、で……」
 女の子が唇の前に人差し指を立てる。
 その様子を見て、博季は小さく笑い、自分の唇の前にも人差し指を立てた。
「はい、しーっ、で。秘密にします」
「約束だよ、秘密にしてね!」
 そこで家の中から音がした。
「リンネー! 誰かいるのー!」
「う、ううん。なんでもないよ。すぐ戻るー!」
 リンネと呼ばれた少女、リンネ・アシュリング(りんね・あしゅりんぐ)は洋服の中にお菓子の缶を隠し、急いで屋敷に帰っていった。
 屋敷の扉に入る時に、博季に小さくバイバイした。
 博季もリンネにバイバイして、義姉の家に戻っていった。