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リアクション
第5章 解放の時 6
『き、貴様は……!』
アバドンの後ろ――祭壇のような場所にいたのは二人の契約者だった。
一人はどこか気まぐれそうな雰囲気を滲ませる若者であり、もう一人はタバコを吸いながら醜悪な獣でも見るようにアバドンを見下ろしている少女。
若者――七刀 切(しちとう・きり)は祭壇に隠されていた心臓を模した機械に、『一刀七刃』と呼ばれる愛用の刀を突き立てていた。
「モートの動きを探っとったら、案の定こうして切り札残しとったちゅーわけやなぁ。悪いけど、回路は止めさせもらったで」
「ぐっ……!」
黒夢城の回路はかろうじて生きていたのだ。
アバドン=モートの闇の空間を作る魔力はそれゆえに増幅されていたのである。
彼があえて契約者たちに戦いを挑んだのも、あるいはそれを隠すためなのだと切は踏んでいた。元々はモートの動向を探るために侵入したのだが、運はこちらに味方してくれたようだった。
「頼むで、来栖さんっ!」
切は刀を突き立てたまま横にいた少女に言った。
静かに少女がうなずいたその瞬間――彼女の姿はアバドン=モートの頭上高くにあった。
「ドブネズミ……これがお前の本当の最後だよ」
死霊騎士が守る場所とは反対側からの攻撃。しかも焦りが隙を生んだこともあったのだろう。
少女――坂上 来栖(さかがみ・くるす)が冷笑とともに投じた虚影魔術の紅い槍を、アバドンは避けることが出来なかった。
心象の中にあるものを具現化するという闇の魔術が生み出した紅い槍は、穂先だけは槍の形を残したまま、まるで血のように広がってアバドンを拘束する。そのまま、アバドンは壁に磔にされた。
「本物のジョーカーはこちらで切らせてもらった。あとは、どちらのカードが強いかだけだ」
来栖は顔色をまったく変えずに吐き捨てるよう言う。
「恩に着る、切さん、来栖さん!」
「かまへんかまへん。それより、最後はビシッと決めてくれな」
二人に礼を言ってから、シャムスはアバドンへと駆け出した。
『貴様等……このオレに勝てると思うなよおおおおぉ! 貴様らがオレに勝てる道理などは、存在しないのだッ! 』
力任せに磔を振り払おうとするアバドンの咆吼が響く。
「僕たちは諦める事はしない! そうやって僕たちは、これまでカナンやザナドゥの戦いを切り抜けて来たんだ! だからこそ……お前らの思う様にいくと思うなッ!」
死霊騎士と戦う榊 朝斗(さかき・あさと)がそれに牙を剥くように言った。
彼の瞳はいま金色に染まっていた。だがその中心には黒瞳がハッキリと光を覗かせている。いわば、瞳の周りを包むのが金の輪となっているのだ。それは――彼が自分の中の闇の人格である『アサト』と同調した証拠でもあった。
彼の声は朝斗の声と重なっており、二つの声が重なっているように聞こえる。次第にそれすらも、ただ一人の声に聞こえるようになってきた。
もはや朝斗はアサトであり、アサトは朝斗だった。
(負けるわけにはいかない。ここで、必ず終わりにしてみせる――)
それは全員の思いであると同時に、朝斗の思いだった。
二度と悲劇は繰り返させない。その元凶を――いま打ち破るのだ。
朝斗に追随して、ルシェン・グライシス(るしぇん・ぐらいしす)が続く。蒼穹のような青い髪を靡かせる娘は、退魔の槍『エクソシア』を振るって目の前の敵をなぎ払った。
「シャムス、同時に叩きましょう!」
「ああ!」
ルシェンの呼び声に答えて、シャムスは二人で同時に槍と剣による乱舞を叩き込んだ。
そんな二人の後ろから、アイビス・エメラルド(あいびす・えめらるど)がガチャリと装備したレゾナント・アームズの拳を構える。冷然とした表情であった機晶姫の娘は、一瞬だけ意識を集中するように目を閉じると、次の瞬間には地を蹴って前に飛び出していた。
「うおおおおおおおおぉぉぉ!」
普段の彼女からは想像できないほどの猛々しい咆吼が響き渡り、その拳が二人に追いついて敵を吹き飛ばしていく。
「にゃー! にゃにゃにゃにゃっ! にゃー!」
そんなアイビスの肩に乗る何か小さな人影が、わめくような鳴き声を発した。
「了解。敵機捕捉。迎撃開始」
彼女はそれに平然と答えて、隙を突いて迫っていた死霊騎士を叩き伏す。
彼女の肩にいるのはゆる族のちび あさにゃん(ちび・あさにゃん)だった。朝斗にそっくりな顔ながらも、小さな耳に小さな身体。いかにもペットという雰囲気を受ける「にゃー」という猫語ぐらいしかしゃべれない人形製のゆる族は、アイビスへと敵の動きを伝えているのだ。
当初は光学迷彩とベルフラマントで姿を隠していたが、いまとなってはそれも大した役には立つまい。第一、死霊騎士の剣線がアイビスの脇にある空間を裂いて、マントが破れてしまっている。
契約者たちの猛攻は、アバドンへと迫る。
「ク、グオオオオオオォォ!」
アバドンは自分を磔にする紅き槍をどうにか振り払おうとするが、黒夢城の回路が止められているせいで本来の力が発揮できず、苦しみながら暴れ回るしかなかった。
そして、ついにアバドンを守る死霊騎士たちをはねのけ、一本の道が作られる。
「朝斗!」
ルシェンが、己が契約者を呼んだ。
刹那、陣の炎がアバドンを守ろうとする複数の死霊騎士を焼き払った。
「今や、やったれ! ……ああああさとぉぉぉ!!」
『ここで、死んで……たまるかあああぁぁ!』
「アバドン、ナラカの奥底へ落ちろぉぉぉッ!」
アバドンの頭上へ飛んだ朝斗。
同時に、アバドンは無理やりに磔の紅い槍を弾き飛ばした。そのせいで奴の体も傷つき、血だらけになっている。だが、アバドンはその血塗られた瞳で朝斗を見上げ、黒き剣を振り上げた。
刹那。一瞬のことである。
ライトブリンガーの光を宿した朝斗のトンファー剣『ウィンドシア』は、まるでアバドンの脳天を殴り飛ばすように振り下ろされた。そして、それは漆黒の剣を粉々にする。ウィンドシアの刀身は――アバドンへと叩き込まれた。
『グアアアアアアアアァァァ!!』
アバドン=モートの絶叫が響き渡った。
『馬鹿な……馬鹿ナアアアァァァッ!!』
ライトブリンガーに斬り裂かれたアバドン=モートはその場にくずおれる。
その体に憑依していたアバドンそのものと共に――肉体は闇に覆われて次第に失われていく。
最後まで、その絶叫は止むことがなかった。
そして最後にアバドンが消滅した後、その場にカランと音が鳴る。
床に転がっていたのは――シルバーソーンが入った小瓶だった。
●
「や、やった……やったぞおおぉぉ!」
アバドンがその場から完全に消滅したのを確かめて、契約者たちは一同に喜んだ。
それまでの緊張感や不安や怒りを全て歓喜に変えたように、互いに抱き合って一様に声をあげる。
バタンと床に倒れて安堵する者や、思わず泣きじゃくる者など、その挙動は様々だが、全員の顔に安堵の笑みが浮かんでいた。
ついに、全てが終わったのだ。
「終わったな……」
もはやアバドンは一片の欠片もなく消滅している。
床に残されていたアバドンの跡であろう黒い影を見下ろして、シャムスはつぶやいた。
「ええ、これで――」
そんな彼女に仲間の契約者が声をかけようとしたその時――。
突如、黒夢城が崩壊を始めた。
「な、なんだ……!」
「もしかして、アバドンが消えたからこの城もその支えを失ったんじゃ……」
「おいおいおいおい!? マジかよ!」
慌てふためく契約者たちは、すぐに出口を探した。
しかし、そこはすでに瓦礫によって塞がれていた。魔法や技によって瓦礫を吹き飛ばすことも考えたが、そうすれば余計に黒夢城の崩壊を早めてしまう可能性がある。そしたら生き埋めになるのは必至だ。
新たな危機に契約者たちが可能性の糸をたどっていた。
その時――耳をつんざくような機械の駆動音が聞こえてきた。
「あれは……!」
崩壊して開けっぴろげになった天井を見上げると、そこに飛んでいたのは巨大な飛空挺の姿。
「エリシュ・エヌマ……」
『みんなー、無事!? 迎えに来たわよー!』
エリシュ・エヌマから聞こえてきたのは、代理艦長を務めるローザマリアの快活な声だった。
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