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リアクション
第3章 〈災厄〉に生きる
シャムス部隊がアバドン側の契約者と対峙していた頃。
どこか遠くから轟くドラゴンゾンビの声を、緋山 政敏(ひやま・まさとし)とモートが向かい合いながら聞いていた。
政敏の周りには彼と一緒にこちらのルートに来た仲間たちがいる。パートナーのカチェア・ニムロッド(かちぇあ・にむろっど)やリーン・リリィーシア(りーん・りりぃーしあ)、それに綺雲 菜織(あやくも・なおり)とその隣の有栖川 美幸(ありすがわ・みゆき)が、それぞれに武器を構えて身構えていた。だが、政敏だけはどうにもやる気がなさそうにポケットに手を突っ込んだまま、ぼけっと遠くからの声に耳を澄ませているだけだ。それをおもしろがっているのか、モートも何も行動を起こさなかった。
「向こうも派手にやってるのかな?」
「さあ……どうでしょうかねぇ」
ようやく出た会話はそんなものだった。
「それよりも、お久しぶりです。皆さんお会い出来て、少し懐かしい気分になりました」
「また会えて嬉しいぜ?」
「私もですよ……ひゃひゃ……」
まるでどこかの旧友にでも会ったように、二人は会話を重ねた。
「――ひとつ、聞いてもいいか?」
「なんなりと」
「お前はなんで、この地に来たんだ?」
政敏にとってそれは、ずっと思ってきた疑問だった。
ザナドゥの地に行ったことも、それを求めてのことなのかもしれないと今は思う。その時に知ったのは、モートが元々はザナドゥにいた魔族の一人だったということ。何の因果だったのか、肉体を失うことでパラミタへの門をくぐった彼は、〈災厄〉となってカナンに混沌を降り注ぐことになった。
別に同情や悲哀を感じているわけではない。
ただの疑問。聞きたいこと。それが、あっただけだった。
「……なんででしょうねぇ?」
モートはその薄汚いフードの中で、紅い瞳を遠くに向けた。
「もしあなたが勝ったら、教えてさしあげる。そういうことでは、駄目でしょうか?」
「……面白いな、それ」
にやりとした笑みを眼光で見せたモートに、政敏はくすっと笑った。
そして、彼もようやくポケットから手を出して身構える。リーンが一歩前に足を踏み出した。すっと政敏の右手が差し出されると、そこに光が集まってくる。
白く輝く光はひとつの剣となる。名もなき剣。ただ、そこにあるだけで輝きを放つ、まるで政敏の心が形を為したような剣。
「政敏。遠慮なく行きたまえ。そうそう……千里君からだがね。『気にするな』だそうだ」
剣を握りしめた政敏に、菜織が微笑しながた言った。
「了解。――んじゃ、いくか」
剣の花嫁のリーンとの共有感覚によって生まれた強化型光条兵器の剣が、淡く輝いた。
モートが生み出した闇の空間が、部屋を包み込んでいた。
見渡す限りそこには何もない。光と言えるのは政敏の持つ光条兵器の剣だけだ。そして、闇から生まれるのはモートと同じ紅い瞳を有する影の軍勢――シャドーたちだった。
「うおぉっ!」
政敏たちは次々とシャドーを斬り倒していく。
モートがその手に握る杖を振ると、闇の中からぬっと腕が飛び出して政敏たちへと襲いかかった。
「くっ……!」
「政敏、このままじゃ埒があきませんよ」
「わかってる!」
シャドーたちの数は倒しても倒しても減ることはない。奴らはモートがいる限り、この空間の中では復活を繰り返すのだ。
ただ、その動きにはパターンがある。徐々にその動きを、美幸の記憶術が見切り始めていた。
そろそろ――仕掛けられる頃合いか?
「政敏、道は私たちが作ります。その間に……モートを」
カチェアが盾を構えて、政敏に告げる。
「菜織さん、お願いします」
「うむ、任せてもらおう。必ず、切り開いてみせる」
リーンの呼びかけに、菜織も刀を構えて答えた。
チャンスは一瞬。シャドーとモートの隙をついて動きだし、政敏をモートのもとまで送り届ける。
「菜織様! きます!」
「――ッ!」
美幸が自分の脳内に記憶されていた敵の動きや情報を、精神感応で声なく菜織に伝えた。
それを目印に、菜織が動き出す。同時に、カチェアも。
カチェアは盾を構えたままバーストダッシュで敵陣を突っ切った。シャドーたちがそちらに意識を動かす。
「ハアアアァァッ!」
その間に、リーンが稲妻の札を敵へと叩き込んでいた。
御札で呼び寄せられた稲妻は、シャドーたちだけではなくモートにまでも降り注ぐ。即座に魔の結界を張って稲妻を避けたのは、モートの反射神経のすごさというべきか。しかし、攻撃は稲妻だけではなかった。
「……むっ――!」
「今です、菜織さん!」
美幸が光術をモートに向かって放っていたのだ。
光に目がくらんだモートへと、すでに近くまで接近していた菜織が真空波を叩き込む。返す刀で、彼女は下方からモートの体を斬り裂いた。
しかし、致命傷にはならなかった。斬り裂いたのはモートの体の肩口だけだ。ざっくりと裂けたそこから激痛が走ったのか、モートの苦鳴が聞こえた。
その瞬間、菜織の後ろから飛び込んで来たのは政敏だった。光の剣がモートを狙っている。
だが、モートは瞬時に体勢を立て直すと政敏を闇の腕で叩き伏せた。ドガッと、地面に叩きつけられる政敏の姿。
モートはフードの奥の紅い瞳に、嘲りの色を光らせた。
「残念でしたねぇ……それでは、私は倒せませんよ」
「――どうかな」
そのとき――モートの目に驚愕が広がる。
声が聞こえたのは背後だ。目の前に迫っていたのは、政敏だった。彼の背中では、カチェアがゴッドスピードの爆発的な加速力で彼を後押ししている。
思わず先ほど倒した政敏を見やったモートは、苦々しく瞳を歪めた。
(分身でしたかっ!?)
もはや気づいたときには遅い。
白く輝く、闇の世界に一筋を灯す剣は、モートの心臓を捉えていた。
それでも、最後の悪あがきか。モートの杖が政敏の剣とぶつかり合う。激しいせめぎ合いが、光と闇の火花を散らした。
「ぐ、おおおぉぉ!」
押し返し、押し返される。力と力が、均衡する。
政敏が必死で食らいついている姿に、仲間たちが叱責を与えた。
「……繰り返させない! そう言ったのは貴方ですよ! 帰ったらお腹枕でも何でもしてあげますから! ちゃっちゃとケリつけてください!」
「ひ、膝枕は今回は私がしますから!」
美幸とカチェアの声だ。
(へへ……じゃあ、今回は二人分の膝枕か)
こんなときでも、彼の表情は笑みを作る。
(――なら、頑張らないとなぁ!)
ぐん、と光の剣がモートの杖を一気に押し返した。
そして――
「終わりだ」
モートの杖が粉々に壊れ、無の剣は闇の化身を貫く。
瞬間――それまで部屋を覆っていた闇の空間は、無数の羽根が飛んでいくように消えていった。
残されたのは、心臓を貫かれて床に倒れているモートと、それを見下ろす政敏たちだけだ。
血が流れることはなかった。モートは闇だけの存在。代わりに、政敏の光の剣から溢れてくる光が、彼の体を徐々に消滅させていく。少しずつ少しずつ、ローブの中は光に満たされていた。
「教えてくれ、モート」
「…………」
「お前は、何のために……」
見下ろす政敏を、モートがまだかろうじて残っていた紅い瞳で見上げた。
「なんでしょうかねぇ」
死を間際にしたくぐもった声で漏れたのは、そんな言葉だった。
「……覚えていないんですよねぇ、なにも」
「覚えてない?」
「どうしてここにいるのかも……。どうして、私は〈災厄〉となったのかも……。過去は遠い忘却の彼方にあって……今の私を作るものじゃ……ありませんでしたから……」
それが、答えだった。
思わず政敏は口を閉ざす。ただ、じっと消えていく闇を見つめることしか出来なかった。
「私は…………闇に長く居すぎたのかもしれませんねぇ」
自嘲気味にこぼれる言葉は、モートなりのこの世に残す何かだったのか。
一瞬、政敏はなにか告げようとして口を開きかけた。
しかし、その前に光がモートの顔を包み込んでいって、そこにモートであったものを何も無くしてしまっていた。
そう。もう何も無いのだ。何も。〈心喰いの魔物〉と呼ばれた者の跡に残されていたのは、薄汚れたローブと杖だけだった。
しばらく政敏は黙り込んでそれを見つめていた。仲間たちは彼を見守る。
やがて――
「また会おうぜ。ダチ公」
誰ともなく政敏はつぶやいた。
それから彼らは、傷の手当てをしたり、部屋には他に何も残されていないかを調べたりした。
最後にモートの薄汚れたローブを政敏は拾い上げる。汚いから捨ててくださいと言う仲間たちの声はあったが、彼はそれを無言で受け流して腰に巻いた。まあ汚れてはいるが、いずれ洗えば良いだろう。そうすれば、多少は旅装の代わりになるはずだ。
「よし、行くか。まだ終わっちゃいない。最後の〈災厄〉……アバドンが、残ってるんだからな」
彼はいつも通りの表情を浮かべ、仲間たちと先を目指した。
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