リアクション
● 南カナンの地域にはいくつもの村や町々が存在する。 そこには平凡で平和な日常を送りながら日々を生きている住民たちがいて、彼らは自ら望んで勇士になった志願兵以外には戦う術を持たない者がほとんどを占めていた。 「はあっ!」 そんな彼らを守るために赴いた志願兵と一般兵士の中に混じり、五十嵐 理沙(いがらし・りさ)は氷の力を宿した富士の剣を振るう。 「さっ、早くこっちに逃げて!」 「あ、あわわ……」 慌てて逃げ惑う住民を背にして、理沙は果敢に敵へ立ち向かう。 燃えるような赤いセミロングの髪が一閃するたびに炎のように揺れ、さながらその姿は戦場を走る烈火のようだった。 「な、なんだ……なんなんだこいつら……!」 シャドーの姿に恐れおののく住民たちの中には腰を抜かす者もいる。 「大丈夫。私たちもいるから心配しないで! でも……それでもみんなが協力し合わないと、このままじゃやられるのも時間の問題だわ! 協力して、自分たちの身を護る事を最優先に考えて!」 「理沙、街の人たちの避難はわたくしに任せてください」 必至に呼びかける理沙の背後で、セレスティア・エンジュ(せれすてぃあ・えんじゅ)が自ら身を乗り出す。 まるで水のように青みがかった髪の下にあるのは、聖母を彷彿とさせる優しげな顔だ。しかし、その表情は険しく結ばれ、彼女の気丈さを物語っていた。 「だからあなたは、シャドーの殲滅を最優先に」 「……わかったわ」 「皆さん、兵たちは迅速に対処へ動いてますから、安心してください。慌てず、こちらに避難を!」 セレスティアの優しげな雰囲気が少なからず住民たちの安心感を誘ったのか。彼らは彼女の先導に従ってゆっくりとであるが避難へ動き出す。 (任せたわよ、セレスティア) それを横目で確認してから、理沙は次なる標的は動き出した。 一体、二体、三体と――。理沙の剣が振るわれるたびに、次々とシャドーは斬り倒されてゆく。 徐々に彼女の気も高ぶってきて、頬が上気してきたのが自分でも分かった。 「!?」 それが仇となったのか、視界が狭くなっていた時を狙ってシャドーが死角から襲いかかってきた。 マズイ、と思ったときにはすでに遅く、シャドーの攻撃が眼前に迫る。 ガァイン――ッ! 「大丈夫ですか……っ!」 巨大な盾でその攻撃を一歩手前で食い止めていたのは、ボブカットの黒髪に険しい表情を浮かべた一人の少女だった。 「レ、レジーヌさんっ」 「ま、街の人だけじゃなくて……自分の身も……守らないといけないですよ。……誰一人として、傷つけさせません!」 ぐぐっとせめぎ合っていた剣を、少女は押し返す。 普段は大人しく消極的な教導団の契約者――レジーヌ・ベルナディス(れじーぬ・べるなでぃす)の瞳にはいまや守護騎士を思わせる気迫があった。彼女はシャドーと対峙したそのとき、装備していた盾をかなぐり捨てる。どこかで拾ってきたらしい薄汚れた盾はガシャンと音を立てた。 その瞬間――レジーヌは幻槍モノケロスを手にシャドーへ飛び込んでいく。 光の力で輝く槍の穂先は、シャドーの突き出した刃のような腕をかいくぐって、その懐に深く沈んだ。 「……はぁっ……はぁっ……」 「レジーヌさん、どうしてここに……?」 消滅したシャドーの跡を見下ろして肩で息をつくレジーヌに、理沙は眉根を寄せる。 「セ、セレスティアさんに……頼まれたんです。『理沙は、頭に血が上るともう敵を倒す事しか考えない娘なので……守ってください』って」 「あの娘は……もう」 理沙は複雑そうな表情で息をついた。 「それに――」 「?」 「シャムスさんは……その……兵士や契約者であっても……誰かが傷つくことは、嫌なはず……ですから」 レジーヌは遠く黒夢城へと赴いた領主のことを思いながら、静かに微笑を浮かべる。 「……そっか」 理沙は遠くからしか見たことのない領主のことが少しだけわかったような気がする。 それだけ誰かに思われる存在であると知れただけでも、その距離が縮んだと思われた。 「それじゃあ、絶対に生きて帰らないとね。みんな――で!」 「――はいっ!」 二人は最後の一言に力を込めて、ぐわんと身を回す。 振り返りざまに振り抜いた槍と剣は、いつの間にか背後に回っていたシャドーを斬り裂いた。 「行きましょう!」 理沙のかけ声にレジーヌがこくっと頷き、彼女たちは次なる敵へと向かっていった。 |
||