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死いずる国(前編)

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死いずる国(前編)

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AM10:50 生者の相談

「では皆さん、ご自分の心臓を抉り出してください」
「……は!?」×全員
 オヅヌコロニー。
 雨宮 七日(あめみや・なのか)の笑顔の一言に、その場の全員が凍りついた。
「あら、反応ナシみたいですわね」
 『フールパペット』を使用して死人を操ろうとした七日は、僅かに首を傾ける。
「あ、俺も操ろうとしたんだけど、なーんか上手くいかないんだわ」
 そんな七日を見て、カルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)同意する。
「ちょっと前に倒したての死人には成功したことがあるんだけどな、奴らすーぐ勝手に動き出しちまう」
「やっぱこの死人には効かないんじゃねーの?」
「そうとばかりは言えないんじゃないかな」
 日比谷 皐月(ひびや・さつき)の言葉に、遠野 歌菜(とおの・かな)が明るく反論する。
「ここにいる皆の中に、死人はいないって事かもしれないよ」
「いや、油断は禁物だ」
 月崎 羽純(つきざき・はすみ)が歌菜の肩を抱くようにして、自分の側に引き寄せる。
「皐月が言ったように、死人には効かない可能性は高い。潜入している死人は存在すると思った方がいい」
 警戒するように周囲を見回す。
 日本に唯一取り残されたコロニー、生者の最後の砦、オヅヌ。
 そこに残された人間の数は、しかし、多くはなかった。
 更に、その中に死人が紛れ込んでいるのではないかと疑う者もいる。
「簡単な話じゃん。こいつでほら、ザクリと」
 緋王 輝夜(ひおう・かぐや)は手に持ったナイフを振り下ろす真似をする。
「すぐ再生するのは死人」
「そんな……」
「ああ。後で治療すれば問題ない」
 緋王 輝夜(ひおう・かぐや)の提案にルカルカ・ルー(るかるか・るー)は僅かに表情を曇らせたが、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)は即座に同意する。
「俺も、賛成だ」
 沈んだ顔のアキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)が同意する。
「まずは死人を炙り出す必要がある」
「それならまず、宝珠を使ってみたら如何かしら?」
 冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)の言葉に朝倉 千歳(あさくら・ちとせ)も何度も頷く。
「そうだな。宝珠の力を死人が厭うなら、宝珠の前に全員集合させてみよう。苦しそうな様子を見せた奴は怪しい」
「駄目だ」
 即座に否定する青葉 旭(あおば・あきら)
「誰が宝珠を狙っているか分からない。多人数の前に宝珠を出すのは反対だ」
「ね、そもそも宝珠に守られたこの地に死人なんて入り込まないって」
 明るく続ける山野 にゃん子(やまの・にゃんこ)を渋い顔で睨み付ける。
「……俺は、理子と共に宝珠を守ってきた」
 今まで黙って皆の話を聞いていた酒杜 陽一(さかもり・よういち)が、ゆっくりと口を開く。
 彼は理子の護衛として、時に影武者として、ずっと理子と宝珠の側にいたのだ。
「宝珠の前で怪しい動きをする奴は、いなかった」
「ああ。俺も理子と宝珠に近づく奴を観察していたが、特に変わった奴はいなかったな」
 クローラ・テレスコピウム(くろーら・てれすこぴうむ)が陽一に同意する。
 彼もまた、理子と宝珠の護衛を申し出ていた。
 陽一とクローラの間に僅かに緊張が走るが、それに気づくものはいない。
「なら、これだね」
 桐生 円(きりゅう・まどか)が銃型HC弐式を持ち上げる。
「こいつの熱感知システムで体温を確認してみれば?」
「そいつは無駄だ」
「どーして」
 小さく笑った国頭 武尊(くにがみ・たける)を見て、円は唇を尖らせる。
「ここにいる奴はひととおり確認済みだ。けど、引っかからなかった」
 武尊は銃型HC弐式を抱えると、小さく顔を歪めた。
 自嘲するかのように。
「じゃあやっぱり、ザクリだ」
 輝夜の言葉に全員が顔を見合わせる。
 ダリルは黙々と治癒の用意をしている。
「そんじゃ一人ずついこっか。はい」
「え……あ」
「ちょっと、オデットに何するのよ」
 オデット・オディール(おでっと・おでぃーる)に向かってナイフを突き出したアキラに、フランソワ・ショパン(ふらんそわ・しょぱん)が憤る。
「えーと、でも全員に確認しなきゃいけないし」
 アキラの腕には、既に輝夜に刺された傷がある。
 新しい傷跡からは、ゆっくりと血が滲み出ていた。
「いいの、フラン」
「オデット……」
「確認しなきゃ、いけないんだよね。お願い」
「じゃあ失礼して」
 目を瞑ったオデットの白い腕に、ナイフが煌いた。

「……と、全員に傷をつけさせてもらったワケだけど」
 一通りチェックが終わったコロニー内。
 辺り一帯にほんのりと血の香りが漂っている。
 輝夜が周囲を見渡すと呟いた。
「ぱっと見、すぐ傷が再生する奴ってのはいなかったねえ」
「死人の再生能力がどれくらいのものかはっきりと判別がつかないのであれば、これ以上の調査は無駄だ」
「それより、早く治療しないと……万が一死人がいた場合、傷口から生気を吸われちゃうよ」
 ダリルが次々と怪我人の治癒を行い、九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)がそれを補佐する。
「まあ、アレや。ここに死人なんていなかったんや!」
 瀬山 裕輝(せやま・ひろき)の言葉に、明らかにコロニー内の空気が緩む。
 ほっとする者、疑われた事に憤る者。
 しかし、それらを眺める武尊は終始苦々しい表情を崩さなかった。
 アリス・ドロワーズ(ありす・どろわーず)もまた、武尊と同じ表情をしていた。
(嘘……ネ)
 アリスも武尊も、嘘感知を発動していた。
 そしてその感覚は、終始違和感を彼女たちに訴えていた。
 嘘。
 何をどのように偽っているのかまでは分からない。
 彼らは、疑わしい存在は即座に葬るつもりでいた。
 しかしそれに強固に反対したのは、高根沢 理子(たかねざわ・りこ)だった。
「体温も傷の治りもフツーの人間と同じなのに、疑わしいってだけで殺すなんてダメ、絶対!」
 そう言われてしまった以上、動くことは叶わず口を噤むしかない。
 はっきり分からない以上、不安を煽ることはできない。
 しかし、嘘をついているらしい人間は、いた。
 アリスは唇を噛む。
(実際のところ、どうなんだ?)
(体温に関しては、死にたての死人ならまだ体温が残っている可能性がある。傷の治りも、こちらの予想以上に遅いのかもしれない)
(……ひとまずは、引き下がるしかない、という所か)
 コロニー内を見渡して、武尊とダリルは小声で言葉を交わした。

「私は、仲間を信じたい」
「誰も信じるな」
 歌菜の宣言と、瀬島 壮太(せじま・そうた)が理子に告げたのとはほぼ同時だった。
「ハイナのことも信じるな、オレのことも信じなくていい。うっかり何かを信じて、騙されればあっというまに死人の仲間入りだ」
 感情を抑えた声で、壮太は続ける。
「リーダーが失ったら組織は終わる。おまえはどんな手を使ってでも、最後まで生き残らなくちゃなんねぇ」
「でも……信じたい。信じるよ、あたしは。皆のことを、守ってくれる壮太のことも」
 壮太とは逆に、強い意志のこもった言葉で理子は答える。
「あたしも、理子ちゃんのこと信じてる」
 七瀬 歩(ななせ・あゆむ)が一歩前に出る。
「疑心暗鬼になるのは分かります。でも、理子ちゃんやハイナさんは安全な所から離れてまでこの国を救おうとしてるんです。皆さんも……理子ちゃんたちのことは信じてあげてください」
「守る、という一点に関しては協力する」
 それまで黙ったまま理子たちを見ていた玖純 飛都(くすみ・ひさと)と名乗る人物が、小さく呟いた。
「こんな時、仲間を信用できないのか、なんて言う人は信用できないよね」
 天野 木枯(あまの・こがらし)の冷ややかな言葉が、その場にいた全員に突き刺さった。


AM0:50 とある人物たちの独白

 よかった。
 傷は、自己治癒する前に治療できた。
 死にたての体はまだ温かい。
 しかし、ゆっくり冷えはじめている。
 もって、あと2,3日。
 なんとか持てばいいのだが……

   ◇◇◇

 私は、死んでなんかいません。
 いいえ死人かもしれませんが他の人とは違います。
 きっと治るはず。
 きっと大丈夫。
 それまで、誰にも見つからないようにしなければ……