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仲秋の一日~美景の出で湯、大地の楽曲~

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仲秋の一日~美景の出で湯、大地の楽曲~

リアクション

 レン達の乱入で騒々しくなったステージは、騒々しいまま演奏が始まった。
 しかし、それよりも横山 ミツエ(よこやま・みつえ)を驚かせたのは、ガイアが歌っていることだった。
 しかもレンとのツインボーカルだ。
「へえ、ガイアって歌えるのね」
 感心して眺めていると、聞き覚えのある声がひかえめに話しかけてきた。
「こんにちは、ミツエさん。来てたんですね」
「あら、あんたも来てたの? 警備のボランティアって感じだけど、当たり?」
「ええ、当たりです。ミツエさんは見物ですか?」
「そうよ。ほら見て。ガイアが歌うとこなんて初めて見たわ」
 と、ミツエはガイアを指す。
 天を衝くようなティターン族を、鬼院 尋人(きいん・ひろと)はのけぞるように見上げた。
 ……首が痛くなりそうだ。
 そのままぼんやり眺め続けてしまいそうになり……尋人はハッとしてミツエに視線を戻す。
「ミツエさん、いつかの荒野でのことですが」
 尋人はまっすぐにミツエを見た。
「今度また、荒野で騎士として雇ってもらえるよう押しかけるので、よろしくお願いします」
「ふっ。いいわよ。でもその時は、身も心もあたしだけの騎士になるって誓ってね。だって、騎士ってそういうものでしょ?」
 主に対する絶対の忠誠をミツエは尋人に求めた。
 尋人は片膝を折って丁寧にこの場を去る挨拶をすると、再び会場の見回りに戻った。
 ステージの参加者と共に歌ったり踊ったりする観客達の間を縫いながらミツエの言葉を反芻していた尋人の思考は、やがて別の人物との思い出に変わっていく。
 そもそも尋人が一人で会場の見回りなどをしているのは、その人物のためともいえる。
(あの時、何もなかったら今頃はみんなで温泉に行ってたのかな)
 尋人の指先が、無意識に自身の唇をなぞる。
 思い出すのは、荒野で行った打ち上げ華美のこと。
 あの時の唇へのぬくもりは、確かに偶然などではなかった。
 その時の感触を思い出して、何となく頬が熱くなったような気がした時、不意に話しかけられた。
「おう、兄ちゃん。ぼんやり歩いてっとぶつかるけぇ、気ぃつけや」
 ハッとして声の主を見ると、目つきが悪くて顔に目立つ傷のある、ヤのつく職業のような男がいた。
「何やええことあったか知らんが、ここは混雑しとるからのう」
 尋人の顔がパッと赤く染まった。
 どうやら思い出にひたりすぎたようだ。きっと、気づかずに幸せそうな微笑みを浮かべていたのだろう。
 尋人は表情を引き締めると、男の手に握られているものを見てスッと目元を鋭くさせた。
「ここで何をしているんだ?」
「見てわからんか? チケットのもぎりじゃ」
 そう言って彼──今は人間形態をとっている魔鎧の清風 青白磁(せいふう・せいびゃくじ)は切なげにため息を吐いた。
 尋人は怪訝そうに眉を寄せる。
「もぎり?」
「兄ちゃん、わしのことダフ屋か何かと思うとるじゃろう。……悲しいのう」
「あ、いや……」
「まあ、そう思われても仕方がないのう。これでもヘクススリンガーなんじゃがのう。……切ないのう」
 また一つ、ため息をこぼす青白磁。
 それは思わず同情してしまうようなため息だった。
 尋人の警戒心もすっかり解け、逆に労わるように尋ねた。
「あんたの連れは一緒じゃないのか?」
「連れは二人おるが、一人はパラ実軽音部として参加予定じゃし、もう一人は温泉じゃ」
「一人で働かされてんのか?」
 青白磁はため息で答えた。
「がんばれよ。ここから連れを応援してあげなよ」
「ああ、そうするけぇ。兄ちゃんもがんばりや」
 二人は互いを励まし合って別れた。
 尋人は、今度はしっかりと周りに注意しながら歩いた。
(そうだ、浮かれている場合じゃない。キスできたからといって、何かが変わるわけじゃないし、それであの人の何もかもが自分のものにできたわけじゃないし)
 むしろ、これからが本番なんだと、尋人は気持ちを引き締める。
 大切な人を、がっかりなんてさせたくないから。
「……もっといろいろ修行しないとダメだな」
 小さく決意を口にすると、自身を高めるには何が必要かと考え始めた。
 そして、また一枚チケットを切った青白磁は、少し離れた高台を、目を眇めて見やった。
「クロスフィールドは今頃楽しんどるかのう」
 連れの一人であるセルフィーナ・クロスフィールド(せるふぃーな・くろすふぃーるど)をちょっぴり羨ましく思うのだった。

♪ ♪ ♪


 その頃、露天風呂の男湯ではラルク・アントゥルース(らるく・あんとぅるーす)がガイアとレンのツインボーカルに爆笑していた。
 レンと共にステージに立たされベースギターを持たされているのは悠司だろうか。
 そんなラルクを、ここに誘われた龍騎士一名と従龍騎士三名が不思議そうに見ている。
 代表して龍騎士がラルクに尋ねた。
「何がそんなにおかしいんだ?」
「いや、だって、あの二人! 仲が良いとは言えねぇのに、何であんなことになってんだ?」
「なるほど……。かつては敵同士だったものが和解し、共に楽に興じているというわけだな? 良いことではないか」
「和解ねぇ……。本当にそうなのかは知らねぇが、こりゃおもしれぇ酒の肴だ」
 ククッ、と笑い、ラルクは湯に浮かぶ盆の上からおちょこを取り、中身を飲み干す。
 それから龍騎士のほうを見て、彼の前にもぷかぷかと浮かんでいる盆の上の徳利を手に取り、おちょこに酒を注いでやった。
「清酒の味はどうだ? 気に入ってくれたか?」
「独特の風味が良いな。米からできていると言ったか」
「ああ。エリュシオンはどうなんだ? 酒はあるのか?」
 ラルクの中で、エリュシオンと酒はイメージとしてあまり結びつかない。
 しかし、聞かれた龍騎士は得意そうに笑った。
「我が国にも自慢の酒があるぞ。実は手土産に持ってきてある。ここで飲むのも悪くなかろう」
 おい、と龍騎士は従龍騎士に声をかけ、その自慢の一品を部屋から持って来させた。
 戻ってきた従龍騎士は、人数分のグラスとボトルを一本、それからドリンクピッチャーを持っていた。
 従龍騎士は、それらを安定感のある岩の上に置く。
 龍騎士は立ち上がると岩縁に腰かけ、ボトルを開けた。
 ボトルから注がれたのは深い色合いの赤い液体──ワインだ。
「ここにもあるだろう? もっとも、俺達の国では水で割って飲むんだ。このままだとアルコール度数が高いからな」
 龍騎士は説明しながら水割りにしたワインをラルクに差し出す。
 ラルクも龍騎士の近くの岩縁に腰かけ、グラスを受け取った。
「さて、我らの味がお前の口に合うかな?」
 龍騎士は自分用に作ったグラスを掲げて口に運ぶ。
 その少し挑発的な笑みに、ラルクも精悍な顔に笑みを刷くとグラスの中身を口に含んだ。
「──いい味じゃねぇか」
「そうか。それは良かった」
「そういや、お前らってふだんは何してんだ? いつも戦争に出てるわけじゃねぇんだろ?」
「当然だ。俺もその一人だが、我ら龍騎士は地方の土地を治めている者が多い。召集命令のない時は任された土地の管理や、配下の指導が主な仕事だな」
「それってつまり、地方領主の生活をしてるってことだな。なるほど、戦えればいいってもんでもねぇのか。案外忙しそうだな」
「ああ。遠征後は俺にしか判断できない案件がたまっていることもあるな」
「戦場に持ってこられても困るしなぁ」
「急ぎのものは持って来るように言ってあるぞ。……が、ほとんどは優秀な家臣が処理してくれる」
「へえ。そんな中で、どうやってその強さを身につけたんだ?」
「龍神族の谷を知っているか? 龍騎士の修行の場なのだが」
「ああ」
「そこにスパルトイという者達がいて、彼らに稽古をつけてもらう。後は、大切な相棒であるドラゴンの世話も、大事な訓練の一つだ」
 ラルクは頷いた後、もっとも気になっている筋トレ方法について尋ねた。
「ふむ……そのようなことはあまりしないな。先ほど言った訓練の中ですべて身につけていく。お前はのその筋トレとやらをするのだろう? どのようにするのだ? 効果的なら新たな訓練方法として加えるのもいいかもしれんな」
「いいぜ、教えてやるよ」
 そして彼らはのぼせるまで筋トレについての情報交換と実践をしたのだった。