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仲秋の一日~美景の出で湯、大地の楽曲~

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仲秋の一日~美景の出で湯、大地の楽曲~

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第2章 秋晴れに響け

 すっきりとした秋晴れの下、音楽祭は開催された。
 今日はアイドルとしての出場ではないから、と白波 理沙(しらなみ・りさ)はロック調の曲のイメージに合わせた衣装で来ていた。
 理沙の横ではチェルシー・ニール(ちぇるしー・にーる)がにこにこしながらベースギターを抱えている。
「本当にこれでいいのか?」
 何となく居心地が悪そうにしながらじっと理沙を見つめるのは、カイル・イシュタル(かいる・いしゅたる)だ。
 理沙は笑顔で頷いた。
「もちろんよ。とても似合ってるわ! ね、チェルシー、悠里?」
 二人はほぼ同時に首を縦に振る。
「まあ……理沙がそう言うなら」
 ビジュアル系ロックバンド風な衣装を着せられたカイルは、理沙を信じた。
 理沙とチェルシーは内心でガッツポーズをとった。
 カイルはまったく自覚なしだが、彼は見た目が良い。
 これを利用して会場の女性客のハートをゲットだ! ……と、二人はたくらんだのだ。
 カイルはそんなことなどまったく知らず、全面的に信頼している理沙の言葉を信じた。
 彼女が似合っていると言うならこれでいいのだろう、と。
「しかし……オレや理沙はそれでもまだロックバンド風だから違和感ねぇけど、何でお前だけゴスロリ?」
 と、チェルシーを見る龍堂 悠里(りゅうどう・ゆうり)
 チェルシーはスカートの裾を軽くつまみ、かわいく微笑んで答えた。
「だって、わたくしにはこれがよく似合いますでしょう?」
「……そうだな」
 理沙のような活発な衣装を着ているチェルシーはちょっと想像が難しかったし、こんなに自信たっぷりに言われては納得するしかない。
 何より、それは本当のことなのだから。
 と、そこに理沙の名を呼びながら、長い金髪の女の子が駆け寄ってきた。
 彼女を確認したとたん、理沙の表情がパッと輝く。
「雅羅! 来てくれたのね。……何か凄い息切れしてるけど大丈夫? 何かあったの?」
 呼吸を整えた雅羅・サンダース三世(まさら・さんだーすざさーど)は苦笑した。彼女は数名からお誘いを受けてこの音楽祭の開かれるオアシスへ出発したのだが……。
「ここに来る途中で移動中の巨獣の群れに鉢合わせちゃってね。それで回り道で来たら約束の時間に遅れそうになったのよ」
「ふふっ、困った体質は健在ね。でも無事で良かった。これからちょうど私達の順番よ。出られそう?」
「大丈夫よ。もしかしたら走ったのがいい運動になって、声が伸びるかも」
「それは頼もしいわね」
 二人はツインボーカルでステージに立つ約束をしている。
「それにしても凄い人ね」
 人がひしめく観客席を見渡した雅羅が感心する。
 しかし不意に、何かを懸念するように眉を寄せた。
「何事も起こらないといいんだけど……」
「あははっ。大丈夫よ! ここには契約者もたくさんいるんだから。何かあってもすぐに対応できるわ」
 笑い飛ばす理沙に、雅羅は、どうか災難体質が発揮されませんようにと願うのだった。
 そして、司会者の明るい声に紹介され、五人はステージに立った。
 マイクを持った理沙が客席へ挨拶する。
「今日は素晴らしい秋晴れだね。こんな素敵な日に開催できた幸運と、ここで大切な仲間や友達と歌えてとても幸せです。どうか、みんなにとっても幸せな日になりますように!」
 理沙がドラムの悠里に合図を送ると、笑顔で応じた彼の手のスティックが軽やかに回った。

 ──ちょっと、あのギターの人、誰?
 ──本当だ。すごいかっこいい!
 ──でも、ドラムの人もいいなあ。何ていうバンド……あ、バンド名ないって司会の人が言ってたね。
 ──即席で作ったんだってね。
 ──ボーカルの女の子二人、かわいいなあ。学生かな? どこの学校だろう?
 ──俺はどっちかってぇと、あのベースの子がいいな!
 ──このロリコンめ!

 ざわざわと理沙達の演奏の隙間から漏れ聞こえてくる声達。
「いやぁ、盛り上がってるねぇ」
 言葉のわりに関心の薄そうな調子で呟きながら、高崎 悠司(たかさき・ゆうじ)は会場の端のほうをのんびり歩く。
 この音楽祭に見知った顔ぶれがいるらしいという噂を聞き、ふらりと遊びに来たのだ。
 目的の人物の一人は探さなくても見つかった。
「おーい、ガイアー」
 身長100メートル超のティターン一族の長、ガイアは足元から自分を呼ぶ声に気づき視線を下ろした。
「……おお、お前か」
「今、俺のことわかんなかっただろ。まぁ、いいけど」
「ははは。元気そうだな」
「まーね。そっちはどうだ? 弟の調子はどうよ?」
「……妹のことか?」
「あ……ああ、うん、妹だったな。入院してたろ?」
 悠司の間違いを、ガイアはお互い様だと笑って流した後、入院中の妹について話した。
「最近はあたたかい日には病院の庭に出られるようになったらしい」
「そりゃ良かったな。治療費は足りてるのか?」
「問題ない」
 ガイアの背が高すぎて表情はよくわからないが、口調が穏やかだったことから悠司も安心の笑みを浮かべた。
「他の連中には会ったか? ミツエとかセリヌンのおっさんとか、レンお坊ちゃんとかさ」
「俺がどうかしたか?」
 すぐ傍から聞こえた声に悠司は驚き、そちらに顔を向けた。
 ガイアの隣にいるのは蓮田レンだ。
「いつからそこに?」
「始めからずっとだが」
「なに、並んで見てたとか?」
「偶然だ」
 どうやらガイアが巨大すぎて、その横のレンが見えていなかったようだ。
 悠司は少しからかうような笑みでレンに言った。
「レンお坊ちゃまは音楽祭にも仲のいいお友達と見に来たんか? ……おっと、そう睨むなよ。せっかくの祭りじゃねーか」
「ハッ。そういうお前は何しに来たんだ? ボランティアに精を出すような奴じゃないだろう?」
「単に遊びに来ただけさ。で、何しに来たわけ? まさか、ハスターでバンド組んでたりしてんの? まあ、レン坊ちゃんはビジュアルそれなりだし、そっち系の人気は出るのかもしれねーなぁ」
「バンドだと? そんなもん……」
 鼻で笑い飛ばそうとしたレンだったが、急に何か考え出した。
 何となく嫌な予感がした悠司は、適当に挨拶してこの場を立ち去ろうしたが、それより先にニヤリと笑んだレンに引き止められてしまった。
「暇人のお前に舞台を用意してやる。ギターくらい弾けるだろ。ガイア、お前はここでボーカルだ。ミゲル!」
「俺はそんな名前じゃないと言ってるでしょう。何度言えばわかるんですか」
 レンに呼ばれて姿を見せた英霊のミゲル・デ・セルバンテスだが、彼はいまだに自分をドン・キホーテだと思い込んでいた。
 しかしレンは気にせずに話を続ける。
「暇人のこいつがステージに乱入したいそうだ。行くぞ!」
「おい……。ちょっとガイア、あんたはいいのか!?」
「歌うのは久しぶりだな」
「マジかよ……。トロールの真似して歌ってもあんま良いことねーかもしんねーよ?」
「そういやヤツとも久しく会ってないな」
 『トロール』で誰のことだか通じてしまい悠司は内心で苦笑する。
「急用だってよ」
「そうか。今日もパラ実は平和だな」
 何も起こらないことのほうが異常事態だとガイアは言う。
「さて、覚悟はいいか、暇人」
「待て、俺は一言も……つーか、暇人暇人って言うなよ」
「道を開けろ!」
 レンは悠司の訴えを無視して、彼を引きずってステージへ向かう。
 そして、理沙達の出番が終わると、無理矢理割り込んだのだった。