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【真ノ王】それは葦原の島に秘められた(前編)

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【真ノ王】それは葦原の島に秘められた(前編)

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〜VS.ユリン その一〜


 ユリンは、小柄な少女だった。緑の髪を短く刈り、褐色の肌、子供のように輝く青い目の持ち主だ。
 ヘソが出るほど短いシャツと短パンの上に、ガントレット、ブレス・プレート、レガースといった最低限の防具をつけ、身の丈ほどのクレイモアを二振り背負っている。
「服のセンスはイマイチ……」
 騎沙良 詩穂(きさら・しほ)は、清風 青白磁(せいふう・せいびゃくじ)セルフィーナ・クロスフィールド(せるふぃーな・くろすふぃーるど)に囁いた。
「ほとんど男の子の下着みたい」
「じゃけど、防具はなかなかええもんを使っておる」
 魔鎧である青白磁には、防具の良し悪しが分かるらしい。確かに簡素な服に比べ、防具にはそれぞれ美しい文様が描かれている。取り分け左のガントレットには、黒く輝く石が嵌め込まれている。
 詩穂は、銃型HC弐式を使って体温を確かめてみた。そこにユリンは確かに存在する。
「ということは、機晶姫じゃない?」
「体温のある機晶姫もいますからね……まだ何とも」
とセルフィーナはかぶりを振った。「それにしても、あの巨大な剣をどうやって抜くのでしょう?」
 桐ヶ谷 煉(きりがや・れん)が進み出た。
「その声……空京での事件のとき、ヴァーチャーを操っていたやつか。こんな女の子だったとはな」
「キミもあそこにいたの?」
 ユリンの目がぱっと輝く。
「ああ。あの時はちゃんと決着が付けられなかったが、今日は最後まで付き合ってもらうぞ」
 煉が抜刀すると、ユリンは「うん、いいよ!」とにっこり笑い、背中の柄を両手で掴んだ。そしてその場で素早く一回転すると、勢いで剣を鞘から引き抜く。同時に、鞘が足元に落ちた。
「……なるほど、ああやって抜くわけですか」
「行くぞ!」
 流星のアンクレットでスピードを上げ、斬りかかる。まずは実力を見極めるため、煉は敢えて本気を出さないことにした。細かく、突きかかっていく。
「見てみろ。一歩も動いておらん」
 青白磁が感嘆の声を上げた。ユリンは上半身のみの必要最低限の動きで避けている。
「つまんないなァ」
 ユリンの笑顔は、たちまち仏頂面になった。「トロすぎ、キミ」
「なら、これはどうだ!」
 煉は目を閉じ、精神を落ち着けるため明鏡止水の境地へと至った。だが、【アブソリュート・ゼロ】を展開するより早く、ユリンがそこにいた。
「バイバイ」
 クレイモアが煉の胸元を襲う。大気中の水分が氷へと変化していく一瞬のことだった。
 煉は刀でそれを受けたが、
「馬鹿な――!」
 軽々と、まるで小石のように吹き飛ばされ、煉は壁へと叩きつけられた。
「次は誰?」
 既に煉のことは忘れたようで、無邪気に問う。
「俺だ」
 氷室 カイ(ひむろ・かい)が前に出る。
「よーしっ、来いっ」
 ユリンは肩をぐるぐる回した。周囲に人がいることなど、全く考えていない。黒装束たちが慌てて逃げた。
「いくぞ」
 言うなり、カイは間合いを詰めた。ユリンは、何が起きるのか楽しみにしているようで、ワクワクとした顔をしている。
 鯉口を切り、【抜刀術『青龍』】を放つ。冷気を伴った刀が、目にも留まらぬ速さでユリンを襲う。
「おおっ……」
 感嘆の声を上げたのは、ユリンだった。スウェーで躱した彼女の髪が、何本か凍りつき、ぱらぱらと地面に落ちた。
「面白いね!」
 刀を鞘に戻す間がない。カイはそのまま、左手で「黒刀【月卿雲客】」を抜いた。
 だがそれを、ユリンの剣で叩き落とされる。
「馬鹿なっ……」
 全く見えなかった。
「パパが言ってたんだ。いあいって言うんだっけ? 最初の一撃を躱されると、隙だらけなんだよね」
 隙など見せたつもりはなかった。躱された、ただその一瞬を、ユリンはそう呼ぶのか。
「面白かったよ。でもバイバイ」
 何をしようとしているのか分かった。咄嗟に身を捻り、力を受け流そうとした。そうしなければ、全身の骨が砕けていたかもしれない。それほどの力だった。地面に叩きつけられ、カイは意識を失った。
「ハイ、次〜」
「少し、話をしませんか?」
 慎重に、言葉を選びながらシャーロット・モリアーティ(しゃーろっと・もりあーてぃ)が言った。
「話って?」
「そうですね……あなたのお名前は、ユリンと言うのですね?」
「そうだよ。パパがつけてくれたんだっ」
 ユリンは胸を張った。
「パパ、と言うのは?」
「パパはパパだよ」
「パパのお名前は?」
「オーソン!」
シャムシエル・サビク(しゃむしえる・さびく)という人をご存知?」
「誰それ?」
「アールキングの名を聞いたことは?」
「あるけど。ねえ、これ、何の遊び? つまんないよ」
 ユリンは段々、苛々してきたようだ。タン、タン、と足を踏み鳴らす。
 シャーロットは、これ以上話を聞き出すのは難しいと判断した。材料がまだ足りないが、ユリンがシャムシエルである可能性は否定できない。もしそうなら、この姿の違いはどういうことだろうか?
「来ないなら、こっちから行くよ!」
 ユリンが地面を蹴った。
「ぶーんっ!」
 クレイモアを軽々と振るう。だがそこに、シャーロットの姿はなかった。
「あれれ?」
【神速】と【軽身功】を使い、シャーロットはユリンの周囲を軽やかに、素早く移動し続けた。
「ユリン。こんなことはやめませんか? 一体、何の意味があるんです?」
「パパが褒めてくれるよ」
「オーソンのために戦ってるのですか?」
「そうだよ」
「……もしかして、あなたのパパはオーソンではないのでは?」
「何、言ってんの?」
 ユリンは口を尖らせた。
「なんかおまえ、嫌い」
 ユリンはぐっ、と足に力を入れ、くるりと回転した。一度だけではない。二回転、三回転、四回転……スピードが見る見るうちに上がっていき、やがて風を切り、渦を巻き起こす。
「あっ!!」
 ユリンの周りを移動していたシャーロットは、その台風のような風に押され、よろめいた。ユリンは回転を止めると、けろりとした様子で、シャーロットの喉元に剣を突きつけた。
「死ね」
「待て、ユリン!」
 樹月 刀真(きづき・とうま)の鋭い声に、切っ先が二ミリほど沈んだところでユリンは手を止めた。
「何だい?」
「小娘よ」
 玉藻 前(たまもの・まえ)の呼び掛けには、ユリンは鼻を鳴らして応える。
「ボクはユリンだよ!」
「分かっている。ユリン。遊びたいなら俺たちが遊んでやる。どうだ?」
 ユリンは刀真を上から下までじっくり眺め、「いいよ」とあっさり剣を引いた。シャーロットの首に血が滲んでいる。
「待って――」
 もしユリンがシャムシエルならば――。自分には、助命を願った責任がある。シャーロットは立ち上がろうとしたが、既に足が限界だった。
「あの子は化け物だよ……一人じゃ、無理」
 詩穂が後ろから声を掛ける。
「みんなでやるしかないよ」
 ユリンはもう、シャーロットを振り返りもしなかった。新しいオモチャを前に目を輝かせていた。