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ひとりぼっちのラッキーガール 後編

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ひとりぼっちのラッキーガール 後編

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第36章


「康之、無事か!?」

 匿名 某が声を掛けた。
 名を呼ばれた大谷地 康之は笑顔で応える。
「ああ。すまねぇ、心配かけたな」
 康之が『恋歌』の亡霊に憑依され、突然姿を消したときは焦ったが、辛うじて意志を保ち、どうにか『恋歌』の亡霊と心を繋げたことで、康之は無理に除霊させることを止めていた。
「……亡霊全部を助けるって言い出した時は、どうしようかと思いましたよ」
 某のパートナー、結崎 綾耶も胸を撫で下ろした。
 そんな綾耶の頭に手を置いて、ぽんぽんと撫でる康之。

「……ごめん。でも、おかげでさ……いい方向に行きそうなんだ……」
 そう言った康之の顔は、晴れ晴れとしていた。某は康之の方を叩き、軽く笑った。
「……そっか、どうだ? 教えてもらったか……彼女達の名前?」
 ふ、と康之も笑みを漏らして。
「――ああ。でも、もうそれも必要ない……俺達が覚えていれば。
 あの娘たちは、もう『恋歌の亡霊』じゃない……『恋歌』になるんだ」

 さほど興味なさそうに、フェイ・カーライズが口を挟む。
「ああそうか、ところで聞きたいことがある」
 ずい、と眼前に迫る長身に、やや後ずさる康之。
「あの娘たちは……髪を結っていたか」

「……またそれか……いや、どうだったかな……視覚的にはわりとぼんやりしてたし……?」
 とぼける康之を更に追及するフェイ。
「いやわりとその辺が重要でな? これからまだ恋歌本人の救出とか、アニーの救出とか色々あるわけだろう?
 たとえ幽霊といえども、その想いを無駄にはしたくない。で、どうなんだ?」
「いや、わかんねぇよ。つかわけわかんねぇし」
「何だと貴様、何故そこまで心を通わせておいて最も重要なポイントを見逃すのだこの朴念仁の出来損ないが!
 私のやる気がその一点だけでどれだけ違うかまだ分からないか!
 ああもういい、こんなヤツをアテにしてもしかたないことだった。なに、幽霊の髪を結ったことはないが……やればできるはずだ!!」
 いよいよ康之の胸倉を掴んで前後にゆすり始めたフェイだが、そんな二人に綾耶が仲裁に入る。

「ま、まぁまぁ二人とも……」

 しかし。

「危ない!!」
 綾耶は瞬時に護りの翼を広げ、それを防いだ。
 突如現れた怨念のこもった亡霊――それは間違いなくレンカだった。
 恋歌の一時的な死により恋歌への憑依を解かれてしまったレンカは、暴走しつつもビルの中を探し回っていた。

 最愛の者である、四葉 幸輝を。

 そして今、パーティ会場のある最上階はほぼ倒壊し、恋歌のいた一角を除いては完全に壊されていた。
 ゆえに、すでにここは戦場である。

 遠目には、アニーの入ったカプセルも、それを巡って争う幸輝とコントラクター達の姿も見える。

「どうやら、言ってる場合じゃねぇみたいだな!!」
 康之が戦闘態勢を取った。
 その背後で、某はそっとささやく。

「ところで、さっきの……『恋歌』になるって……?」
 どういうことだ、と某は聞いた。


「ああ……そのまんまさ。彼女たちは恋歌になるんだ……新しい、『四葉 恋歌』に」


                    ☆


「つまり……これが、16人の……今までの『恋歌』たちの魂……ってことですか?」
 佐野 ルーシェリアが尋ねた。
 それに対し、スプリング・スプリング答える。
「そうでピョン。この『破邪の花びら』を依り代にして、数十人分の魂が集まっている……。
 まぁ、私には正確な人数は分からないでピョン。
 けれど、すでに亡霊と化した魂を浄化してひとつにしたので、これでどうにかひとり分、てところでピョン」

 スプリングの手の中で光る、美しい桃の花びら。それが、『恋歌』の亡霊達が集まった、魂のカタマリだった。

「すげぇな。そんなこと、できるのかよ」
 狩生 乱世が感心したように呟いた。

 ぴくり、とスプリングは反応する。
「できるかっていえば出来るかもしれないけど……おかげでこっちはえらい疲労よ、下手すりゃこっちが力の使いすぎで死ぬっつぅの。ラーメン一杯でチャラににしようとか考えてんじゃないわよスカポンタン、まったく何を言い出すかと思えばあのすっとこどっこいが……カメリアもあんなヤツどこがいいのか……」
 誰にも聞こえないように、ブツブツと呟くスプリング。
「……スプリングちゃん?」
 霧島 春美の呟きで我に帰る。
「……何でもないでピョン」
 こほん、とひとつ咳払いをして。
「それで、これからこの『恋歌』達の魂を今の四葉 恋歌の中に入れようと思う。
 すでに亡霊だった『恋歌』たちの意識はほとんどないけど……これは、彼女たちの望みでもあるでピョン」

 亡霊達に憑依され、魂を通じ合ったコントラクター達は、『恋歌』たちの望みを可能な限り叶えることを望んだ。


 生きたい。


 しかし、神ならぬ身に彼女達を元通りに生き返らせることなど、できるはずもない。
 ならばせめて、今の恋歌は生かしてあげたい。彼女たちはそう望んだのだ。

「今の恋歌の身体は確かに生きている……けれど、精神と、魂がすっかりすり減っているのでピョン」
 スプリングは続けた。ルーシェリアは疑問を口にする。
「……心が疲れるって意味で、精神は分かりますけれど……魂が……?」
 恋歌の胸に手を当て、スプリングは頷いた。
「そう、魂。……レンカが憑依している間、恋歌から命の根幹とも言える、魂を削り取っていったのでピョン。
 おそらくそれにより、恋歌が生まれつき内包している能力……幸輝が『幸運能力』と呼ぶあの力もある程度奪っていたのでピョン」

「つまり、今の恋歌には肉体的にはともかく、精神的に、そして魂の力が足りない……そしてその『恋歌』達が、その不足分を補ってくれるっていうのか?」
 風森 巽が恋歌を見下ろし、スプリングに問いかけた。スプリングは恋歌の元に跪き、両手を恋歌の胸元にかざした。

「そう……巽が『四葉 恋歌』という名を持つ少女を殺し……一人の少女に戻した。
 そして、新たに『恋歌』の魂が彼女の命になる……」

 す、とスプリングの手元から花びらが離れ、恋歌の胸の上に、ひらりと舞い降りた。

「……」

 皆が見守る中、花びらは恋歌の中に吸い込まれていき、見えなくなる。


 どくん、と。


 恋歌の身体が跳ねるように反応したかと思うと、大きく開いた口から荒い息が漏れた。
「……恋歌……!!」
 皆の呼ぶ声が聞こえる。


 こうして。
 こうして、生まれた。


 18番目の四葉 恋歌が。