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リアクション
●それぞれのポートシャングリラ
忙しいと服を買いに行く暇もない。
それがマルティナ・エイスハンマー(まるてぃな・えいすはんまー)の悩みのタネ、さいわい、春のバーゲン期には非番が重なったので、こうしてポートシャングリラまで出てきている。
「しかし、時期が時期だからでしょうか…バーゲン時期ですけどカップルの方々が結構多いですわね」
ふとそんな言葉が出てしまう。いや、うらやましいというわけではないのだが、一人身のマルティナとしては、こういう買物ぐらいしかストレスを発散する機会がないため、多少は遠慮してくれないかなあ、という気持ちがないわけではない。
なんだかさっき、教導団の金元なななの姿を見たような……しかも、彼氏連れでペアルック(しかもペアネコ耳!)だったような……。
まあいい。気にしている時間がもったいない。
「まず狙うは春物のワンピとスカート!」
そう誓って、マルティナは大手ブランドのバーゲンに飛び込んだ。
色はピンクとか白とか明るめの色が人気だろう。売り切れる前にしっかり確保しておかないと。
わっさわっさとバーゲン品の山をチェックしているうち、マルティナはなんとなく見覚えのある人物と同じスカートを手にしていることに気づいた。
「ええと、どこかでお見かけしたような……」
「あたし? パラ実の熾月 瑛菜(しづき・えいな)だけど」
「シャンバラ教導団のマルティナ・エイスハンマーですわ。歌でパラ実をシメようとなさっている方ですわよね?」
「まあ、そうだな」
それにしても、瑛菜の選んだスカートは随分と可愛らしい。若草色なのも以外だ。もっと硬派なカラリングが好みかと思ったが。
「……え? これ? 違う違う」
マルティナがじっと見ているので、瑛菜は意図が判ったらしい。
「これはあたしのじゃなくてパートナーの分な。アテナ・リネア(あてな・りねあ)の」
「あ、それはそれは失礼しました。どうぞ」
「サンキュ。マルティナってんだっけ? これこの色じゃ最後の一つだったんだ。恩に着るよ」
瑛菜は手を振ってその場を離れた。なんとなくだが、彼女とは仲良くなれそうな気がする。
さてマルティなは、後からその瑛菜がアテナと合流しているのを見て首をかしげた。
どう見てもアテナは十五センチは瑛菜より背が低い。
つまり、マルティナや瑛菜のサイズではアテナには大きすぎるような……。
やはり瑛菜が照れ隠しにアテナ用と言っただけなのか? サイズに無頓着すぎるだけなのか? 謎は尽きない。
さてその後もマルティナは、大きい影響が出ない程度に散財をしてほしいものを大量に買い込んだ。服だけじゃない。パンプスとかバッグとかハットとかも買い、ついでにコスメ類、一人きりなのを活かしてかわいい下着も買ったりした。いずれもお買い得だったので大変結構。
ただし、荷物が多すぎて前も見えない状態になったのは計算外だった。
「荷物をロッカーに入れて、軽めにお食事でパスタでも食べようかしら……」
よたよたと歩いていて、彼女は誰かにぶつかってしまった。
「す……すいません! 大丈夫ですか!?」
バラバラバラッ、と散った荷物もそこそこにして相手を探すと、そこにはなんとも大柄な少女が屈んでいた。
「いや、ワタシ、大丈夫ね。そちらこそ怪我ないか? むしろ荷物、ふっとんじゃってごめんよ」
身長は百八十を軽く上回っているだろう。チョコレート色の肌をした黒い髪の少女である。
「ワタシ? 蒼空学園のローラ・ブラウアヒメルって言うよ」
聞いたことのあるような名前だ。それに、どこかで見た姿でもある。
だが、ローラ云々という名前ではなかったような……。
そうだ。クランジ ロー(くらんじ・ろー)と呼ばれていた機晶姫だ。
彼女はかつて塵殺寺院に参加していた敵で。学園入りしてからも危険視する声が絶えず悩んでいたとか聞いたことがあるが……なんともあっけらかんとした明るい人に見えた。
「ごめんね。集めるね、ワタシ、ボーッとしてたね」
大柄だけど早い。いそいそと荷物を集め、ローラは手渡してくれた。
名乗り会ってしばらく二人は歓談した。どうやらローラも単身らしいが、彼女はバーゲン目指してきたらしい。
「えっと、マルティナ、ブランドショップの方向、どっちね?」
「さきほど前を通り過ぎましたわ。あっちのほうでしてよ」
「ありがと」
「ごきげんよう」
こうして二人は別れた。再会するときは来るだろうか。
さて、買い物はここからが後半戦、まだまだ買いたいものはあるのでマルティナはここからも奮闘する所存である。
ワンピース、ノースリーブ、ショートパンツ、サンダル……。
歌菜と羽純のショップ巡りの旅は続いている。
「羽純くん、どれが似合うと思う?」
と訊いておいて、すぐさま彼女付け足した。
「『どれでも』は禁句だからねッ」
「そんないい加減なことは言わないさ」
歌菜が真剣に服選びしているのだ。羽純だって真剣だ。
「そうだな。その服、さっきのサンダルに合わせるつもりだったら色的にはいいと思うが、デザインが少し子供っぽくないか?」
「おっ、鋭い品評眼!」
「茶化すなよ。最初に選んだやつはどうだ?」
「これ? ちょっと肌を出しすぎじゃない?」
「いや、やはりそっちのほうがいい。派手な露出は頂けないが……上品な露出は歓迎だ。ほら、試着してみようか」
「はーい……って上手く乗せられちゃってる?」
試着室に向かいながら、歌菜は水着コーナーにも目をやった。
「うーん、新しい水着も欲しいなぁ……羽純くん、買ってもいい?」
「ああ、そうしよう」
そうか――羽純は改めて思った――もうじき、夏なのだ。
歌菜と羽純のいる店のすぐ外では、さゆみとアデリーヌが少なからぬ数の女子に囲まれていた。みな中学生くらいだろう。
「あー、写真集買ってくれたのね。ありがとう。サイン? もちろん」
表面上は笑顔だが、本心ではプライベートを邪魔されたくはない。
だがそれも有名人の務めだ。早く二人の世界に浸りたい――そう願いながらさゆみは彼女たちの差し出す本やノートにサインをしていくのだった。
そういうことをしてみたいお年頃なのかな――というのが本名 渉(ほんな・わたる)の最初に思った言葉だった。
雪風 悠乃(ゆきかぜ・ゆの)が、
「あの大きなショッピングモールへデートに行きませんか?」
と言ったのだ。
悠乃も十二歳、そろそろ背伸びしてみたくなってもおかしくないはずだ。だから渉も一笑に付したりはしない。
「いいですね。それではデートに行きましょう」
「嬉しいです」
悠乃の嬉しそうな笑顔を見て、渉は決めた。
今日一日くらいは妹としてではなく一人の女の子として接してあげよう、と。
二人は手をつないでポートシャングリラに向かった。
「はーい♪ 理沙でーす」
「セレスティアですわ」
「二人あわせてリサスティア」
「違うでしょ! ワイバーンドールズですわ、ワイバーンドールズ」
「えへへ、そうでした。はい、今夜もはじまりました『ワイバーンドールズの旅して乾杯』。絶好調の生放送でお送りしております!」
「いやだからいま昼ですから! 生放送じゃないですから!」
と軽快な会話を行っているのは五十嵐 理沙(いがらし・りさ)とセレスティア・エンジュ(せれすてぃあ・えんじゅ)だ。カメラマンがいることからわかるように、テレビ番組の撮影というのは本当である。
シャンバラプロ野球『ツァンダワイバーンズ』の応援アイドルユニット『ワイバーンドールズ』というのが公式の設定、応援ユニットだが一応アイドルなので、手作り感満載の体当たり取材番組(旅番組風・深夜ローカル枠)を持っているというわけだ。二人の服装が、ワイバーンズのユニフォームを改造してスカートにしたものであることからもそれはわかるだろう。
しかし、手作り感満載なのはやりたくてやっているわけではなく、ほとんど予算がないからというのが実情だ。そもそもカメラマンからして、二人のマネージャーだったりする。
金がなくて暗かったらもう救いようがない、だから二人の番組進行は明るい。空元気と言われたらそれまでだが、それでも元気なほうがいいじゃないか。
「今回はポートシャングリラにやってまいりました☆」
「ファッション系のお店とフードコートと、春のバザールをわたくしたちが取材しますわ」
「放送するときにはこの辺に……」
と、理沙は自分の胸の辺り、何もない空中を手で示して、
「夏バザの告知テロップで入れるから、春バザのイイ感じ出さなきゃね〜」
「それではさっそく……」
「コマーシャルーー!」
って、次のページはコマーシャルだったりはしないので安心してほしい。
番組進行上の都合である。都合。
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