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【アナザー戦記】死んだはずの二人(前)

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【アナザー戦記】死んだはずの二人(前)

リアクション


♯14


「日本についてですか……あまり詳しくはないですが、ダエーヴァとの戦いで大きな勝利を得た、という話は耳にしました」
 シリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)がアナザーの日本についてアナザー・マレーナに尋ねると、返ってきたのは思っていたより薄い反応だった。
「国連軍の無線を傍受した限りでは、日本での戦いが集結したおかげで、他の地域へ派兵ができるようになったようです。今回の黒い大樹攻略のための派兵も、その恩恵を受けての事でしょう」
 アナザー・マレーナの護衛の一人が、そう付け加える。
「国連の通信の傍受なんてやってんのか」
「機密レベルの低いものをぽつぽつ拾う感じですね。内容の解読はできなくても、通信の頻度で動きを読めたりもします」
 大きな後ろ盾の無い彼らの生き残る術の一つなのだろう。
 二人のそれぞれの言動から、シリウスは彼女達がそこまで日本に強い関心を抱いていないのだろうと感じた。自分達の今で大変なのだから、遠い東の果ての島国について思いをはせたりする余裕はないのだ。
「そろそろ外に出るよ」
 サビク・オルタナティヴ(さびく・おるたなてぃぶ)が振り返ってそう伝える。
 手製の地下道と、いくつかの駅とを超えて、地下の最終地点の駐車場が現在地点だ。アナザー・マレーナを包囲網から抜け出させつつも、怪物達にはまだ取り囲んでいる最中だと思っていただくのがベストであるため、地上を移動するのには神経を尖らせる必要がある。
「地下を汚れながら歩き回るなんて、随分な観光になってしまいましたね」
「もう言わないでよ、それはさ」
 リーブラ・オルタナティヴ(りーぶら・おるたなてぃぶ)の言葉に、サビクは唇を尖らせる。イギリスに寄って観光していこう、と言い出した本人はちょっと責任を感じてなくも無い。
「うわああ」
 先行する仲間の声、リーブラとサビクはすぐに駆け出し、階段を駆け上がって外に出る。
 インセクトマンが数える程、そして話に聞いていた親衛隊らしき人型の怪物が一体の姿があった。
「数は少ない、捜索隊かな?」
 怪物達はこちらをみとめると、すかさず襲い掛かってきた。
 飛び掛ってくるインセクトマン、これをサビクが女王の剣でまとめて切り捨てる。
 怪物達はこれに怖気づくことなくさらにとびかかってくる。これを、リーブラは軽身功で潜り抜け、無防備な背中から切り捨てる。
 さらに怪物達がとびかかる。
「まだまだ」
 サビクがこれをもう一度女王の剣でまとめて切り捨てる。
「こいつら仲間を呼んでるぞ」
 シリウスが指摘する通り、遠くの路地から新手の姿が覗く。
「近くをうろついていたのでしょうね」
 突破をするなら、敵の少ない今だろうか。まだ一体、厄介そうな空気を纏った怪物がいるが動いていない。
 その頃、アナザー・マレーナ達はまだ地下に身を隠していた。
「今ならまだ突破できそうだが……」
 月崎 羽純(つきざき・はすみ)は外の様子を気配を読む事で察していた。敵の数はまだそこまで多くなく、地下、そして地上に飛び出した戦力なら十分突破は可能だろう。
「みんなが誘導してくれたおかげだね」
「そうだな……しかし、」
 遠野 歌菜(とおの・かな)に頷いてから羽純は続ける。
「敵の狙いはマレーナ一人。仲間を呼ぶ習性からも、彼女の居場所がばれるのは危険だ」
 すぐさま突破したいところではあるが、これまで分断してきた敵が一斉にこちらに集まってくる可能性は否定できない。
 羽純は先に地上に出た仲間に、そのまま制圧できそうかをテレパシーで尋ねた。返答は、まだわからない、との事。インセクトマンは問題ないが、親衛隊らしき一体が距離を取って動かないそうだ。
「親衛隊か、そんな大物が居るとは気付かなかったが……」
 蠢く多数の殺気は感知していたが、危険だと聞いた親衛隊と明確にわかる殺気は読み取れなかった。気配を抑えているのだろうか。
「ひゃっ」
「どうしたの?」
「どうなさいましたか?」
 まだ少し距離のある入り口を見据えていた羽純の後ろで、アナザー・マレーナが小さな悲鳴をあげた。護衛の一人と歌菜が同時に尋ねる。
 アナザー・マレーナは引っ込めた右手をさすり、
「いえ、虫が……」
 と恥ずかしそうに答えた。
 壁についていた手を虫が張っていったらしい。
「なーんだ」
 素早く戦闘体勢を取っていた歌菜が気配を緩める。すると、羽純の感覚に外で蠢く殺気とは別の、ささやかだが確かな気配がすぐ近くでひっかかった。
「虫……、その虫はどこだ」
「ふぇ?」
 明かりのほとんどない地下駐車場で、一匹の虫を探すのは困難だ。だが、ご丁寧に自ら居場所を示した。
 りーーーん、りーーーん、と。
「鈴虫かな? って、え?」
 虫の音は、一匹から二匹、二匹から四匹、とあっという間に大合唱になっていった。鳴き声の連鎖は止まらず、その音は地面を伝うようにして、地上へ出ていった。
 それは明らかに、何らかの意図と意味を持った行動だ。アナザー・マレーナはここに居るぞ、と伝えていると想像するのは、いとも容易い事だった。
「昆虫サイズの怪物も用意していたというわけか」
「遅いかもしれなけどっ」
 歌菜は埃っぽい空気を大きく吸って、ハーモニックレインの歌を口にした。鈴虫の鳴き声に圧倒されていた歌声は、次第にその立場を逆転させる。
 魔力の込められた歌が、鈴虫型の怪物にダメージを与えているのだ。小型かつ、攻撃用ではない鈴虫型の怪物達は間もなく地下から一掃されたが、外からはまだ鳴き声が聞こえてくる。
「これで完全に居場所を悟られたな」
 安全を確保しながら進むという策が消えた。すぐさまテレパシーで仲間に状況を説明する。
「強行突破已む無し、か」
 地上にも、鈴虫の声は五月蝿いくらいに響いていた。まるで夏の蝉のような大合唱だ。鈴虫の姿がほとんど見えないが、建物や裏路地に隠れているのだろう。その大きさは実際の昆虫とさほど変わらず、探さなければ見つけるのは難しい。
「ユーシス、任せたぜ。ナオキは援護な」
「NYで培った市外戦の力量を見せる時だな」
「あの、元警官なんですよね?」
「NYは治安悪いんよ」
「地球は怖いところですね」
 シャウラ・エピゼシー(しゃうら・えぴぜしー)ナオキ・シュケディ(なおき・しゅけでぃ)は、狙いを雑魚の掃討から親衛隊に切り替える。
 ナオキが邪魔がインセクトマンを機銃でなぎ払い、注意を引きつけつつこじ開けた道にシャウラが飛び込む。半死半生、ないし銃撃を避けた怪物は進みながら親衛隊と肉薄する。
 親衛隊はくの字のナイフを懐から取り出し、これに正面から応えた。互いの一閃が交差する。
「っつ、重え」
 相手の獲物は刃渡りの短いナイフだが、気を抜くと獲物を落としそうな衝撃だ。大柄な体躯の割に小さな獲物だと、侮ってはいけない。
 再び互いの武器がぶつかりあう。
 そこから少し後方、ユーシス・サダルスウド(ゆーしす・さだるすうど)はベルフラマントで気配を消しつつ、民家の屋上へと登っていた。周囲ある高い建物は少なく、見通しはよい。
「戦闘になれば、気配も感じ取れますか」
 地上で戦っているシャウラと親衛隊を視界の端に捉える。どちらが優勢という様子ではないようだ。
 すぐさまそこから視界を切り、前方及び左右の敵の配置を確認する。上空にも僅かに飛行タイプがいるが、ものの数ではないか。
「なななとの結婚式が待ってるんだ、こんなところでやられてたまるか、ぐわー」
 タックルを喰らったシャウラが吹き飛ばされ、地面を二回バウンドする。三回目で体勢を立て直し、着地に成功する。
 無性に突っ込みたい衝動に狩られたが、それではせっかく気配を消している意味がない。ユーシスは退路の選定に取り掛かる。
 先ほどの鈴虫のせいだろう、今までとは段違いのペースで怪物達が集まってきている。四方八方から、女郎蜘蛛やアルラウネが引き連れたのがほとんどだが、中には親衛隊らしき人型も確認できる。
「じっくり選ぶ余裕はありませんね」
 聡い相手には気配を感じ取られるとわかっていつつ、ユーシスは通信機を手にとった。
 予想通り、ユーシスにむかって空中に滞在していた蜂タイプのインセクトマンが飛来する。一体の攻撃を回避、遅れてやってくるもう一体は真空波で撃退した。
「よっしゃ、出番だぜ」
 シリウスはD.M.Sを起動させ、ビッグバンダッシャー改を取り出す。それにまたがるのは、サビクと女性が一人。エンジンが唸り声をあげ、急発進したビッグバンダッシャー改は眼前のインセクトマンを踏み台にして敵の群れを飛び越えた。
 飛び出したのは一つではない。
「NYで鍛えたドライビングテクニックの出番だな」
 ナオキは機関銃から離れ、空飛ぶ箒に跨る。後ろには、やはり女性の影が一つ。空飛ぶ箒は、高度をあげすぎず、民家が遮蔽物になる高さを保ってこの場から急速離脱を試みる。
 どちらの乗り物も、一緒に乗る女性は顔を伏せ、布で身体を覆い誰かは判別つかない。怪物達はどちら追うか、それとも追うべきではないのか、それすらも判断できずに混乱し、足を止めた。
「畳み掛けるぞ」
「うんっ」
 地下から出てきた歌菜と羽純は、止まっている怪物達の真ん中でエクスプレス・ザ・ワールドを発動した。歌が無数の槍となり、怪物達に放たれる。
 羽純は最も弾幕の濃い部分に自ら飛び込み、剣の舞で怪物達に仕掛けた。ただでさえ混乱していた怪物達は、目の前の敵の動きに翻弄され、槍まで対処がまわらない。
 あっという間に、周囲にたむろしていた怪物達は殲滅された。
「よし、あとはあいつだけだね」
 槍の攻撃範囲に居ながら、親衛隊はほとんどダメージを受けた様子はなかった。だが、周囲の怪物は全滅し、
「こちらに向かっていた怪物も、離脱した二人を追ってるようだ」
 テレパシーで状況を確認すると、援軍の勢いも衰えたようだ。
「さーて、第二ラウンドといきますか」
 シャウラは口の端の血を親指で拭い取った。

 後部座席にアナザー・マレーナを乗せ、サビクは進路の怪物達をすり抜けるようにして疾走していた。
 少し前に、遠くで爆発があった。ナオキが空飛ぶ箒の後部座席に載せていた偽マレーナ人形が抱えていた爆弾を爆発させたのだろう。
「……掴まってて」
 サビクは、言われた方向に向かって突っ走っているだけだ。この先に誰が居るのかとか、安全なのかとか、細かい情報の全てを把握しているわけではない。
 単に包囲網から抜け出すため、無策に脱出を図ったわけではない。そう信じるしかない。
「追っ手が増えてきた……っ」
 ミラーに移る怪物達の数は増えている。わざわざ見上げなくても、飛行可能なタイプの数が増えているのも羽音で把握する。
「へい、道をあけなっ!」
 声は正面から、こちらの返事を待たずに、燃え盛る木製のボートが坂道を転がるようにして落ちてくる。
 ブレーキ、はない。速度を落とさず、前輪を持ち上げる。僅かな段差を利用し、ビッグバンダッシャー改がジャンプする。
「ひゅー」
 燃え盛るボートに乗っていたフランシス・ドレーク(ふらんしす・どれーく)が口笛を鳴らしながら、頭上を飛び越えるサビクを見送る。すぐさま正面、彼女達を追っかけてきた怪物達の群れに向き直る。
「無敵艦隊を四分五裂にせしめた火船の再現だ。たっぷり味わいな!」
 衝突直前、火船からドレークはジャンプして退避、ボートは怪物達にぶつかると、一緒に燃えていた藁も飛び散って炎を満遍なく広げる。
「今だぜ、ホレーショの旦那ァ!」
 さらにさらに、火船の続くようにしていくつもの樽やら火炎瓶が飛来する。可燃物に可燃物が足されて静かな路地はあっというまに地獄絵図だ。
「あちっ、あちっ」
 看板から屋根上によじ登ったドレークは、衣服に飛び散った炎を慌てて叩いて消す。
「よし、撤収する」
 坂道の上には、ホレーショ・ネルソン(ほれーしょ・ねるそん)の姿があった。そして、それに続くは坂道の途中で燃やされている怪物達とは少し違うものの、怪物達だった。数は四人。
「姫様、ご無事で」
 坂道を駆け上がり、停車したサビクの後ろにアナザー・マレーナを認めると、怪物達は膝を折った。
「……皆さん、無事で」
 アナザー・マレーナは驚きが大きかったのか、声が震えているようだった。
「お迎えにあがれなく申し訳ありませんでした」
「ふむ、感動の再開を邪魔して悪いのだが、ここに長いするわけにもいかないのだよ。煙が我らを遮っているうちに、ここを離れなければならないのだ」
 ネルソンは眼下の炎を見る。黒煙で見通す事はできないが、炎によって焼かれた怪物の上に、奥から押し寄せた怪物が自ら炎に飛び込んで重なりあって燃えていた。レミングスのような行動が、炎の壁を乗り越えるのは時間の問題だ。
「急ぎましょう、皆さんもあなたの帰還を待ちわびていますよ」
 ネルソンはそう告げると颯爽と歩き出した。