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【アナザー戦記】死んだはずの二人(前)

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【アナザー戦記】死んだはずの二人(前)

リアクション


♯15


 契約者達がアナザー・マレーナと接触するよりも前、戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)が率いる部隊は、現在地がアナザーだと理解しないまま、増えた敵の群れから一旦距離を取り身を隠していた。
「本部との通信も、他の部隊とも連絡はつかんか。怪物の数も増えている」
 自分達が孤立しただけでなく、本部とも連絡がつかないという状況は少しばかり理解不能だった。仮に怪物の襲撃を受けたとしても、簡単に落ちるようにはなっていなかったはずだ。
 一先ず、優先すべきは状況の把握だ。そして、できるだけ怪物を減らして市民や市街への被害を減らす事。それが任務である。
 行動方針を固めなおし、移動を開始した彼等が目撃したのは、奇妙な戦いの様子だった。
「怪物と、怪物が仲間割れをしている?」
 気取られぬように様子を伺う。広場の中央で、怪物と怪物が戦いを繰り広げているのだ。一方は、任務で何度か相手をしたインセクトマン達と、どうやらその指揮官である初めて確認する人間型の怪物。一方は、こちらは全て人型で構成された五体の怪物だ。
 少数の怪物達は劣勢であり、一体は既に大きく負傷して動けないようだ。多数側は、インセクトマンをけしかけながら、ブーメランのような投擲武器で遠距離を保って攻撃を仕掛けている。
「仲間を守りながら戦える状況でもないでしょうに」
 アンジェラ・クリューガー(あんじぇら・くりゅーがー)の言葉は最もで、負傷した仲間を守るよう展開している怪物達は、もはや詰みと言っても過言ではなかった。
「……よし、あの少数の怪物を援護します」
「え? なんで?」
「彼等の動きに妙な間があります。恐らく会話をしているのでしょう。それに、昆虫型の怪物と戦っているのであれば、私達と目的を共にできる可能性があります」
「それって、可能性があるだけよね」
「もしこちらに敵対するのであれば、やはり余裕のある昆虫型を先に片付けた方が効率的です」
 あの劣勢な方が交渉できるかどうかは不明だ。だが、もしできるのであれば貴重な情報源になるだろう。敵対したとしても、先に潰すのは優勢な方を潰した方があとが楽だ。
「厄介そうなのは一体、あとは全部見たタイプね」
 やるというからには、やるしかないのだ。アンジェラは覚悟を決める。
 幸い、昆虫型の怪物達はとりかこんでいる怪物達に御執心な様子で、回り込むのは容易かった。小次郎のみ民家に残り、親衛隊と部下はアンジェラに続く。
 心の中で時間を数えて、アンジェラは飛び出した。
 壁を作る昆虫型の怪物の背後から突っ込み、邪魔な相手を蹴散らしながら厄介そうな人型へと迫る。
 騒ぎに気付いた人型が振り返るが、一歩遅い、振り向いたところに梟雄剣ヴァルザドーンが叩き込まれた。
「これで終了ってわけには、いかないみたいね」
 腹部に決まったと思った一撃は、くの字のナイフのような刃物によって受け止められていた。反応の速さもそうだが、やたら人間っぽい顔が、こちらの奇襲に驚いた様子が無いのが気にかかる。
 刃渡りの短いナイフで、梟雄剣ヴァルザドーンが押し返される。見た目通り、パワーはかなりあるようだ。
「こいつは私が担当するしかないわね」
 アンジェラに続いた部隊の仲間が、インセクトマンへの攻撃を繰り広げている。不意打ちもあってかなり効果をあげているが、目の前の一体は一人でそれを押し返せるだろう。
「これは、どういう事だ……」
 押されていた怪物達の一人が、人間の言葉でそう零した。彼らは交渉が可能な相手のようだ。
「ぼうっとしてないで、あなた達も動きなさいよ!」
 であれば、アンジェラはそう一言叱咤しつつ、自分の敵へと喰らい付く。二度、三度、互いの獲物を打ち合う内に、彼我の実力差を体感する。
 一対一の戦いでは、勝ち目が無い。
 先手こそこちらがとったが、そこから先は防戦するのが精一杯だった。薄氷の上を渡るような危うさで、なんとか攻撃を凌いでいたが、それがいつまで持つかわからない。
 だが、これは一対一の戦いではない。
 銃声が響くと、人型の怪物は唐突にぐるぐるとまるで酔ったような足取りで回転しながら、アンジェラの正面から離れた。腹部からは夥しい黒色の液体を流している。
「貫通はなしですか、鎧のようなものの隙間を狙ったのは正解だったようですね」
 対物ライフルを構えた小次郎が小さく呟く。彼の言葉通り、放たれた弾丸は、怪物の中に残っており、弾道の先にあった地面には弾痕が無い。
 怪物はなおもゆっくり回転しながら、腕を大きく降った。
 放たれたくの字のナイフは、小次郎のいる民家の窓を正確に狙って飛び掛る。
 咄嗟に小次郎はかがんで回避した。窓から侵入したくの字のナイフは、そのまま民家の内壁を通り過ぎていく。素晴らしい切れ味だ。
「深手を負わせたと思ったのですが、随分と頑丈なようすで」
 小次郎はその場に留まらず、別の狙撃地点へと移動を開始する。
 広場では、攻撃を受けていた怪物達もインセクトマンとの戦いに動いていた。アンジェラ達と微妙に距離を取って戦っているのは、まだ互いに相手を理解してないのと、何より誤射を防ぐためである。
「く、数が減らない」
 大きなダメージを追ってなお、人型の怪物の動きは一定の水準を保っており、アンジェラには余裕が無い。インセクトマンと小次郎の指揮下の親衛隊と部下の混成部隊は、不意打ちで削った数以上の増援に苦しめられていた。
 人型の怪物が、突然明後日の方向にくの字のナイフを投げた。そのナイフは民家の窓に向かって飛んでいき、狙撃の配置についたばかりの小次郎の頬を掠める。
「こっちに、集中しなさいよ!」
 アンジェラは攻め立てるが、しかし全てが防がれてしまう。
「ホワイトアウト!」
 頭上から、その声は響いた。
 同時に、インセクトマンの群れの中心に猛吹雪が吹き荒れる。
「通してもらいますよ」
 別の場所から、さらに声、周囲のインセクトマンが突然燃え始めて、何体かがまとめて倒れていく。
「距離をとって魔法で戦えば大丈夫、うん。冷気も熱も甲殻をまともに相手よりは効果的みたいだねぇ、うん」
 宮殿用飛行翼で空中に立つ清泉 北都(いずみ・ほくと)は、弓を構えてインセクトマンを、特に小次郎の部隊と戦っているのを中心に射っていった。
 怪物を煉獄斬で焼き払いながら突破してきたのはクナイ・アヤシ(くない・あやし)で、そのままアンジェラが苦戦する人型の怪物まで肉薄する。
「状況を完全に理解できているわけではありませんが、手伝わせてもらいます」
「感謝するわ」
 状況を完全に理解してないのはアンジェラ側も同じだが、ここで余計な事を言う暇はない。
 人型の怪物には二対一、溢れるインセクトマンには北都の魔法と小次郎の兵士達、さらによくわからない怪物の小隊とで立ち回った。
 さすがに二対一ともなると、人型の怪物にも余裕がなくなっているようで、小次郎の狙撃への妨害ができなくなった。
「結局、マガジン二つ分も使う事になったか」
 人型の指揮官は、周囲のインセクトマンが全滅してからもたった一体で戦い続けた。だが、その抵抗も最初劣勢だった怪物達が人型の怪物との戦いに加わった事で決着した。
「君達は一体……いや、まずは礼を言おう。危ないところを助けられた」
 怪物達のリーダーらしき者は、まだ若干警戒している様子だった。
「質問をしたいのは私達も一緒です」
「あなた達は、怪物の仲間、というわけじゃないんだよねぇ?」
「我々は―――」
 クナイと北都の問いに答えようとした言葉は、荒々しいエンジン音と、重たいいくつもの足音でかき消された。
 さらに耳をつんざくようなブレーキの音をひびかせながら、一台のバイクが停車する。
「すまない、どうやら戦闘には間に合わなかったようだな」
 バイクに跨るグロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)は、北都達契約者ではなく、怪物達に視線を向けてそう言った。
 そして続いてやってきた重い足音の、新たな怪物の一団が姿を現す。
「おお、無事だったか」
 歓喜の声をあげた怪物達は、怪物達のもとに駆け寄っていった。肩を叩き合ったり抱き合ったりする様子は、かなり人間臭い。
「こっちは随分派手にやったみたいね」
 一番最後に現れたローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)は、周囲の惨状に少し呆れた様子だった。
「合流もできた事だし、とにかくここから離れましょう。一度体制を立て直さないといけないわ」
「えーと、どういう状況なのか説明してほしいんだけどねぇ」
 北都は途中から戦闘に加わったので状況をほとんど把握していない。仲間との再会を喜んでいる彼らが、敵ではないのだけはなんとなくわかる程度だ。そしてそれは、小次郎達も同じである。
「詳しい話は移動中にしましょ。ただとりあえず、あの人達は敵じゃないわ。むしろ味方ね。それと、ここは私達の地球じゃないわ、理由はよくわからないけど、私達はアナザーに来ちゃったみたい」
「アナザー、だから本部との通信が途絶えたのか」
 小次郎がひとまず通信途絶の理由に納得する。
「ええ、あっちは何ともないといいんだけど、とにかく、ここで立ち話してるわけにもいかないのよ」
 急ぐ様子のローザマリアに背中を押されるようにして、一向はその場を離れた。