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【第十幕:晩餐会――それぞれの夜 2】



 帝都ユグドラシルは、エリュシオンの他の地方と違い、月がない。
 夜空に見えるのも、実際にはユグドラシルが帝都を照らす灯りを抑えて起こる現象のひとつで、星に見えるのは樹の内側を円状に地続きになった街の灯りだ。
「不思議な灯りだな」
 それを眺めながら、優は息をついた。
「お祭りの時は眩かったから気付かなかったけど、凄く綺麗」
 その隣で零が息をつくのに、そうですね、と柔らかな声が同意した。アニューリス・ルレンシアだ。恋人であるディミトリアス・ディオン(でぃみとりあす・でぃおん)に連れて来られた彼女は、故郷以外の場所を殆ど知らないため、何を見ても真新しいようで、零と二人バルコニーからの景色に感嘆の息を漏らしている。
 そんな二人を、優と共に傍らで見守っているのは、ディミトリアスと、その双子の兄アルケリウス・ディオンだ。普段は自身を封印した腕輪を飲み込んでしまった小さな超獣の体を借りているのだが、セルウスから許可を得て、ユグドラシルの膨大な魔力を借りることで、今は元の人間の姿に戻っているのだ。相変わらず顔は仏頂面だが、大分慣れもあって、それが別に不機嫌なのではなく彼なりの譲りきれない部分だと悟る優は、気にせず二人に話しかけた。
「あれからどうだ、息災にしていたか?」
「色々あったが、なんとかな……」
 答えないアルケリウスの代わりにディミトリアスが答えたが、 その時だ。
「そうそう、ディミトリアスさん大変だったんですよね!」
 と、明るい声と共に遠野 歌菜(とおの・かな)月崎 羽純(つきざき・はすみ)が、両手に料理や飲み物を携えて、バルコニーへ姿を現した。ホールから色々と貰ってきたらしい。招待客の一人ではあるが、あくまで部外者だと言うディミトリアス達への差し入れだ。
「素敵な夜空ですねっ! シャンバラで見るのとまた違って、幻想的です」
「一緒してもいいかな?」
 続いて、キリアナと共にやって来た天音とブルーズも混ざり、居合わせた皆でグラスを配ると、ささやかな乾杯をかわした。グラスの奏でる高い音が、遠巻きに漏れ聞こえるホールからの音楽に混じる。
 喉に心地よいシャンペンを味わい、歌菜はアルケリウスに向けてにっこりと笑った。
「今日はその姿なんですね」
「……ユグドラシルの力があるからな。それより、大変とは何の事だ?」
 珍しくアルケリウスが普通に答えを返したのに、歌菜は「そうなんです」と軽く身を乗り出した。
「この間シャンバラ大荒野で、乗っ取られてセクシーな巫女さんの服を……」
「歌菜っ」
 慌てて羽純が歌菜の口を押さえたが、時既に遅し。ディミトリアスはがっくりとうなだれ、優や零、そして事情を知らなかったらしいアルケリウスが驚いて目を見開く。因みにアニューリスはにこにこ笑ったままだ。
「女装? ……お前がか?」
「不可抗力だ……っ」
 アルケリウスの微妙な顔に、ディミトリアスが珍しくテンパった声を上げた。蘇って記憶の内容がアレである。取り乱すのも無理はないが。
「あんたには分からないだろ、気がついたらあんな……あんな衣装を着せられていた俺の気持ちなんて……っ」
「お、落ち着けディミトリアス」
 これもまた珍しく慌てた様子のアルケリウスに呆気に取られていた歌菜は、ようやく自分の一言の威力に気づいて、あ、と声を上げた。
「そうか、黒歴史……」
 その悪気のない一言は、充分にディミトリアスにダメージを与えたらしく、顔を青だの赤だのに変化させたあと、真っ白に変えてバルコニーの手すりに突っ伏すようにうなだれてしまった。アルケリウスもなんと声をかけていいのか判らないようで、あわあわとするばかりである。目の前の惨状に、他のメンツはと言えば微妙な顔で目をそらすか、羽純や天音のように噴き出すのを懸命に堪えるので必死という有様でフォローに役に立ちそうにない。
「あ、あのあの、アニューリスさんっ、最近どうですか?」
 ぎこちなく話題を逸らす歌菜に、アニューリスは何事もなかったように「恙なく」と微笑んだ。やっぱり彼女が二人より上なのか、と羽純や優が認識を深める中で、アニューリスはバルコニーからユグドラシルの夜景を眺めながらその笑みを深くした。
「何事も新鮮で……あの時、私を巫女から解放したいと言ったディミトリアスが見せたかったものが何だったのか、今更ながらに理解しているところです」
 その言葉には穏やかな喜びが満ちていて、歌菜は零と顔を見合わせてつられるように微笑んだ。
「仲睦まじいようで何よりです」
「でも……あの、その後、進展はありますか?」
 歌菜が言うと、零はおそるおそる、と言った様子で声を潜めた。目を瞬かせる二人に、零は照れくさそうな言いづらそうな顔で続ける。
「ディミトリアスさんも、優と似てるから……奥手で、中々進展していないんじゃないかって……」
 彼女なりの心配がそう口に出させたのだろう。思い当たることは十二分にあったのか、アニューリスの顔は微妙なものだ。そもそも巫女と神官という間柄である二人に、プラトニック以上の関係の進展はなかなか難しいところであるが、自身が愛され、子供と言う幸福を知っていることもあってか、零は放っておけないとばかり、アニューリスの手を取ると「肝心なのは、行動です」と熱っぽく言った。
「恥ずかしがらずに自分から甘えて行動したりすれば良いですよ」
「大丈夫、お二人がラブラブなのは傍から見ていたら判ります。あとは押せ押せ、ですよ!」
 歌菜も援護射撃に加わると、アニューリスは少し考えるようにしてから、にっこりと笑った。
「ええ、はい……そう、ですね」
 そう言って頷くアニューリスの顔は、遠目の男子陣からは何かとても圧力のあるそれに見えたので、それぞれなんとも言えない心地でディミトリアスを見やった。
 こちらは、いつまでたってもフォローの役に立たないアルケリウスに代わって、羽純とブルーズがその肩を慰めるように叩いていた。
「まぁ……なんだ。記憶媒介に残っているわけじゃないし、あれを見たのだって数名だ」
 直ぐ忘れるさ、と言う羽純の言葉に少しずつ自分を取り戻している様子のディミトリアスに、ブルーズは同情を込めて頷く。
「人の噂も七十五日、と地球では言うそうだ……それより、息災そうで何よりだな」
 半ば強引に話題を逸らす物言いに、ようやく一息と共にグラスを呷って気を取り直したディミトリアスは頷き「すまない」と頭を下げた。
「無様を見せた……が、そうだな。それを除けば、思いのほか、平穏に日々を送れている」
 そう言って、もう一度その場の男性陣のみで軽い乾杯を済ませると、ふとその視線が空を仰いだ。
「ただ……あまり不安なく、とは言えないが」
「それは、アールキングのことか?」
 ブルーズの問いに、ディミトリアスは頷き、アルケリウスもその表情を変えた。継承問題に絡んだ連続の事件の裏に潜むアールキングが、かつてディミトリアスたちの故郷を滅ぼした者であり、今またこの世界の敵であるということは、既に周知の事実である。
「奴らは、諦めたわけではないし、恐らく今も動いている……次こそ、先手を打てればいいが」
 そう呟くように言ったディミトリアスの横で、彼以上に強張った顔をするアルケリウスに、優がその肩をぽん、と叩いた。
「アルケリウス、俺達が力になれる事や協力出来る事があったら遠慮無く言ってくれ」
 必ず、力を貸す。そして優がその言葉通り、しつこく自分へ食い下がってきたこと、そのおかげで今自分があるのだということも判っているアルケリウスは、素直にそれを受け取れないこともあって渋面を作ったままではあったが「……ああ」と珍しく返事をすると、視線を逸らすように、灯りの散らばる夜景へと向けた。
「……奴を許すわけにはいかない。もしかすると、力を……借りるかもしれないな」
 それでも素直に貸してくれては言えないアルケリウスではあったが、それも察しているのだろう、勿論と答える代わりに、優はただ頷きだけでそれに応えたのだった。


 そうして、バルコニーも和やかな空気が流れる中、それを眺めていたキリアナは、不意に視線を夜景へと戻して目を細めた。
「ほんまに、ええ穏やかさどすなぁ……」
 独り言のように漏れる言葉に、ほんのりと混じった何かに気付きながらも、敢えて触れずに「そうだね」と頷いて天音もまた視線を夜景へとやった。
「どの町も夜景は綺麗だけど、ここからの眺めはすごいね」
「ここは皇帝やご家族が休まるために作られた離宮どすから、景色も気候も、ユグドラシルん中も特にええ場所に作られとるんやそうです」
 へえ、と感心した声を漏らす天音は、今度は眼下を彩る灯りたちを見ながら、欄干に頬杖をつきながら目を細めた。パラミタ最大の国家であるエリュシオン帝国の中でも、最も都心になる帝都ユグドラシルのその夜景は、例えば地球で見たようなそれとはまた違い、星がそのまま海に落ちて輝き続けているかのように、淡く優しい色をしている。
「エリュシオンの夜景は電気じゃないだろうから、魔法の灯なのかな?」
 そう言うと、キリアナは「へえ」と頷いて空を仰ぐと、見える夜空に手を伸ばすと「あれも」と輝く光を指差した。
「星に見えますけど、あれも一つ一つ、街の明かりなんですのや。ユグドラシルの重力は巨大な洞に沿ってますから、空のない帝都でも、夜になればああやって星空のように見えるんどす」
「空のない星空か……不思議だね」
「ウチにとっては、こちらの方が見慣れた景色やけど」
 感心したような天音の声に、キリアナは少し笑ったが、その目が再び夜景へ戻る瞬間に見えた横顔に、天音は「そういえば」と声をかけた。
「そういえば、キリアナさんは留学生候補じゃないの?」
 その言葉は、意外にキリアナの意識を揺さぶったようで、一瞬複雑な顔を浮かべたかと思うと「そう、らしいですね」と曖昧に答えた。その横顔に、キリアナの中にある好奇心や葛藤があるのだろうと悟ってそれ以上は言わずただ「もし」とだけ続けた。
「留学生として来ることになったら、タシガンを案内するね。美しいものが多い土地だよ」
「……そうなった時は、お願いするかもしれまへん」
 それが今の精一杯の回答だろう、頷いた天音の隣で、キリアナは視線をバルコニー、そしてホールへと戻した。それぞれが明るく和やかで、様々な人が楽しげに言葉を交わし、歌を交わしている。
 そしてその中心で誰より楽しそうに笑うセルウスの顔に釣られるように、キリアナも笑みを浮かべた。
「もし、留学生としては行けなくても……セルウス陛下、いえセルウスはんが、このユグドラシルの翳りを晴らされたなら、また遊びに行かせてもらいたいと思うとります」
 騎士としてではなく、役目でもなく、ただの旅行者のように。だがその為には、お互の国に歩み寄りが必要であり、何よりまず大陸の危機を乗り切らなければならない状況にある。だが、キリアナは不安のない笑みを浮かべると「案外その日は直ぐやもしれまへん」と力強く言った。


「セルウスはんと皆さんやったら……きっと出来ると、信じとります」



 月も星もない世界樹ユグドラシルの内側。
 人々が灯す空の明かりに照らされた帝都ユグドラシルは、誰もが寝静まる夜の更に深い時刻まで、その美しい夜景で、エリュシオンの民も、シャンバラの民も、そして契約者達の心も、分け隔てなく包んでいたのだった。


END


担当マスターより

▼担当マスター

逆凪 まこと

▼マスターコメント

ご参加くださいました皆様、大変お疲れ様でした
今回も特殊ルールの分、真面目なものから賑やかなものまで
大変沢山のアクションを頂きまして、ありがとうございます
意外なところに集っていたり、逆に同じ場所の筈なのに全く空気が違ったり
フリーらしいバラエティの多さに、楽しませていただきました
寒かったりアキバだったり、宮殿だったりバトルだったり
このカオスぶり、書き手以上に楽しんでいただけましたら幸いでございます

以下はちょっとだけ、お願いと注意事項となります
練習試合とは言えアクションですので
「がんがんいこうぜ」「いのちだいじに」程度でも
戦術ないし戦略など、具体的にどう戦うかの記載がない方については
どう戦うかが判らないため、リアクションの通りとさせていただいております


フリーシナリオでもあるため、だいぶ緩めの判定はさせていただいてますが
どうしても国外という場所柄、厳しくならざるを得ない部分がありまして
アクションにも、色々悩まれたんだろうなあ、と思う方もいらっしゃり
色々申し訳ないと思いつつ、そうして向き合っていただけること
そしていろんな人々との間で、国の中で変化が起こっていくことが
マスターとして大変嬉しい所でもあります
そんなわけなので、とある条件下にいらっしゃった方には
関係称号等を贈らせていただいております
ご笑納いただけましたら幸いです

それではまた、この先の物語でお会いできましたら幸いです