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リアクション
【第四幕:樹隷の街へ】
第三龍騎士団と見学者の列を離れ、壁と壁の隙間に隠れた通路を進んで暫く。
セルウスやドミトリエ、そしていつの間にか合流していたキリアナの背中を見ながら、クナイが複雑な面持ちで口を開いた。
「ついて来ておいてなんですが、本当に他国人が通っても良いのでしょうか」
彼等が通っているのは、正規の通路ではなく樹隷たちの専用通路だ。帝国民でも足を踏み入れられないはずの場所なのだが、皇帝であり樹隷であるセルウスは「大丈夫だよ」と明るい。
「別に秘密の通路ってわけじゃないよ。アーグラ達は知ってるしね」
隠れるように作られているのも、帝国民が通れないのも、禁じられていると言うより、互いに不可侵であるが故の約束事なのだ。
とは言っても、ユグドラシルの機密には違いない。
つい職業病のように頭にマップを描くようにしながら歩いていた大熊 丈二(おおぐま・じょうじ)は、先日訪れた里とは違う経路に首を傾げた。
「今から向かうのは、ご出身の場所とは違うのでありますか?」
「同じだよ。ユグドラシルにあるオレたちの通路は全部里に繋がってるんだ」
「成る程、理にかなっているでありますね」
樹隷の仕事は世界樹ユグドラシルのメンテナンスだ。休んだり必要なら泊まり込んだりする小規模な隠れ里はあるが、帝都総人口と比べれば少数である樹隷たちには、里ひとつで充分なのだと言う。
「ひとつって言っても、いっぱい散らばってるから、ひとって感じはしないけどね」
そう説明するセルウスが、明るい反面妙に緊張しているのが、傍らの丈二には分かった。
その理由を何となく察した丈二は、里に着くまではとあえて触れずに、態度を崩さないままその道中を過ごしたのだった。
「…………樹、なのに……土の中、みたい」
そうして歩くこと暫く。タマーラが思わずと言った様子で呟いた。
辿り着いたのは、一見人が暮らしているようなは見えない、横穴の連なった洞窟のような場所だ。
ただ、天井は高く照明無しにもかかわらず帝都に等しく魔力の灯りによって昼間のように明るく、端ばしで見える道具等が生活を感じさせる。だが。
「誰もいないね?」
天音が呟いた通り、広い街路と思われる通路も、その側面に並ぶ横穴からも、人の動く姿がない。以前丈二と一緒に里を訪れたヒルダ・ノーライフ(ひるだ・のーらいふ)
も「変ね」と首を傾げた。
「丈二と来た時は、いっぱい人がいたのに」
「お仕事の時間でありますか?」
二人の問いに、セルウスは首を振った。全員が一度に里を空ける筈はない。自分が来たことが分かって、隠れてるのかな、とセルウスが呟くのに「不安、なのでありますね」と丈二は目を細めた。
「確かに、かつての仲間とは言っても、相手は皇帝。今まで通り接する、と言うのは難しいでしょうね」
その言葉にルカルカが「ちょっと」と慌てたように口を挟んだ。
「セルウスがどんな立場だって、その前に仲間でしょ。私たちとセルウスが友達同士なのと同じで」
ルカルカがセルウスを窺うように言ったが、丈二は短く首を横に振った。
「残念ながら、今は、友達である前に皇帝なのであります」
セルウスの顔が僅かに強張るのに、今度はドミトリエが眉を寄せた。皇帝になってから、セルウスの周りは激変した。何をするにも立場がついて回り、責任が加わり、皆がその態度を変える。今は自分やキリアナしかそばにいないから、契約者達とのこんな砕けた会話も咎める者はないが 、樹隷たちはそうではない。龍騎士の前であり、シャンバラという他国人の前なのだ。わきまえた振る舞いをしなければならない立場にある。それは理解している。だが、理解と納得は別だ。
ドミトリエが何か言おうとするのを、天音が意味ありげな視線と共に、その肩を叩いて制したところで、丈二は不意にその声のトーンを変えた。
「それに……接し方が変わったからと言って、中身が変わるわけでは無いでしょう?」
その言葉に、セルウスもドミトリエも軽く瞬いた。
「セルウス殿も、目上の方には敬語を使うし、礼儀正しくするでしょう? 同じ事なのでありますよ。それに……」
そう言って含む笑みをにっこり浮かべた丈二は、視線をくるりと後ろへ向けた、途端。ポンポンっと音と共に三色の淡い色の光が弾けたかと思うと、丈二の後ろから、ひょっこりと少年達が飛び出した。
「お帰り、セルウス。びっくりした?」
「いきなり皇帝とか、驚かしやがって」
そう言いながら少年達が近付く間も、横穴から物陰から、あちらこちらから色取り取りの光がポンポンと音を立てて弾けていく。光魔法の一種だろうが、花火ほど派手ではないものの、数が多いとキラキラと目に眩しい。
「お返しにびっくりさせてやろうって、みんなで隠れてたんだよ」
どうやら、セルウス達が通路に入ったのが分かって、里の一同で待ち伏せし、少年三人が丈二たち契約者の後ろに潜み、タイミングを見ていたらしい。契約者数名が顔を見合わせて、悪戯の成功した時のように笑った。
「驚いただろ。じいさま達が今日は良いって言うから………って、セルウス?」
にやにやと笑っていた少年だったが、セルウスが全く何も言わないのに、流石に気味が悪くなって恐る恐るその顔を覗き込んだ、瞬間。
「……びっくりしたに、決まってるだろっ!!」
セルウスが大声を上げた。珍しく顔は真っ赤で、眉も寄った怒り顔だ。不安だった分の反動だろう。天音たちが思わず口元を覆って笑い出すのを堪えていると、少年達は照れくささと複雑さをない交ぜにしたような顔を見合わせると「だってさ」と漏らした。
「俺たちだって驚いたんだぜ? 里飛び出してったかと思ったら、テロリストだの、皇帝だの……」
「心配してたんだぜ。ちゃんとやってるかどうか、とかさ」
口々に言う少年達は、思い思いにセルウスに近付いて、確かめるように肩を叩いたりしながら苦笑を深めた。
「本当はこういうこともしちゃいけないんだろ?」
「…………」
黙りこんだセルウスに替わって「だが」とドミトリエが口を開いた。
「さっき、じい様たちが今日は良いって言った……と言ってなかったか?」
それはどういう意味なんだ、と言う問いに「今回がお忍びだから、ってことじゃないかな」答えたのは天音だ。
「セルウス陛下は第三騎士団と共に、シャンバラからの客人を相手に巡回中だ。ということは、ここにいらっしゃる筈がない……わけだよね?」
最後の言葉は、キリアナとドミトリへヘ向けてだ。二人が苦笑と共に頷くと「と言うわけだから」と天音はセルウスの肩を叩いた。その意味を悟って、セルウスはタマーラの手を引いてそのまま少年達の中へと紛れてしまうのに、残された契約者達はそれぞれ苦笑なり微笑みなりで見送ると、横穴から出てきた他の樹隷たちの招きに預かって、ちょっとしたお茶会となった。
「返答ではなく、当人を連れて来てしまったであります」
丈二の言葉に「そのようですな」と里の長は肩を揺らした。
「先日は、大変お世話になりました……表立って祝うことの出来ぬ我々が、ああして言葉を届けられたのは、あなたのおかげです」
そういって深々と頭を下げる長に、丈二は慌てて頭を振ると「ところで」と話題を変えた。
「不可侵の原則は、その後……変わっていないようでありますね?」
その問いに、長は「そうですね」と頷いた。
「我々は交わらぬ民。それは今後も変わりますまい。ただ……」
言って長は、ドミトリエやタマーラと共に仲間に囲まれ、ヒルダの配った高圧縮フードバー・カロリーフレンドをかじっているセルウスを見やり、表情を緩ませた。
「我々に対する認識は、少しずつ変わっているようにも思います。交わらぬからといって、互いに拒絶をする必要はない……そう、思い合うことが出来るなら、これからのあの子達は、もっと外へ出ていけるようになるやもしれませんね」
眩しいものを見るような目に、セルウスへの期待や希望があるのが見て取れる。
「丁度、交換留学の話も上がっているでありますし、他国でなら不可侵の原則を気にすることもありませんですしね」
そう、頷きと共に言ってから「ところで」と丈二は再び長へと視線を戻した。
「留学生の件でお聞きしようと思っていたのでありますが、樹齢のみなさんの間で、タブー等はあるのでしょうか?」
シャンバラからの留学生が、知らずに粗相をするわけにはいかないから、との問いだが、長は考えるように首を捻ったものの「特には」と首を振った。
「他国の方には、不可侵の約束事はありませんしな」
それ以外は、そもそも樹齢は立ち入りの制限も多いため、留学生と接する機会も少ないのだ。強いて言えば、留学生の宿舎に招いたりは、その不可侵の原則を犯しかねないのでやめておいた方がいい、ということぐらいか、と説明すると、それまでじっとそれを聞いていたエドゥアルトがためらいがちに口を開いた。
「その……不可侵の原則のことで、少しお聞かせ願いたいんですが……何故、不可侵なのでしょう?」
その問いに、長は言葉を探すような間を少し空けて口を開いた。
「我々は、ユグドラシルに仕える一族であり、同時にユグドラシルの手であり、機能の一つ……という考えられているからですな」
「機能……」
その言葉に軽く眉を寄せるエドゥアルトに、長は表情を緩めた。
「体を調べ、整え、時には治療する。ユグドラシルの免疫機構とでも思っていただければ近いでしょうかな。ですから神聖なるユグドラシルそのものへ触れることは畏れ多い、ということで、我々は不可侵の民と呼ばれるのです」
「その治療……というのは、手伝うことは出来ないんですか?」
続いて、問いを口にしたのは北都だ。
「それは……申し訳ないですが、難しいですな」
対して、長は少し難しい顔で首を捻った。
「世界中の治療と言うのは独特なものでして、世界樹ごとに違うので、ユグドラシルには専属である我々にしか、治療の術がないのですよ」
「それを教えてはもらえない、ということですか?」
「種族的な能力ですからな……他の手段は、習得するには数年かかりますし」
北都は熱心に申し入れたが、長は申し訳なさそうに首を振った。ある程度は予想の通りだったので落胆はしなかったが、それでも何か出来れば、と北都は続ける。
「それでは……手当てを行うことはできますか?」
手を当て、思いを込めること。その行為に付いた名前だ。その目線に真摯な思いを感じ取って、長は笑みと共に頷いた。
「ええ、勿論です」
そうして、傷口そのものへは連れていないと言うこともあって、セルウスにユグドラシルの脈のような箇所を案内された北都は、クナイやタマーラ達と共に手を触れて「早く治りますように」と思いを込めた。本来はそれだけでは効果はないのだろうが、セルウスの腕輪の力が僅かに反応を示しているところを見ると、その思いは力として僅かにでも伝わっていったのだろう。
そんな光景を僅かに遠巻きに見ながら、天音とヒルダドミトリエへ声をかけた。
「ドミトリエは、今どんな事をしてるの?」
天音の言葉に、ドミトリエは「色々だ」と息をついた。
「放っておくと、何しでかすか判らないからな。お目付役ってところだ。幸い、というのも変だが、先代選帝神カンテミールの遺児っていう肩書きは、それなりに役に立ってる」
遺児とは言え、育てられたわけではない上、その生まれの複雑さがある。その名前と肩書きを使うのは本意ではないのだろう、僅かに眉を寄せた様子に「苦労するな」とブルーズが何故か他人事と思えず同情に声を漏らしたが、ドミトリエは軽く苦笑して肩を竦めた。
「どこの馬の骨とも知れないガキじゃ、そもそも宮殿にも入れないんだ、仕方がない」
一度は力を貸すと約束した以上、ここで部外者になるのも気持ちが良くない。そうは言うが、彼自身慣れない帝都、それも宮殿暮らしである上、セルウス自身はまだ少年で、出自も異端の皇帝だ。政治にしろ何にしろ一からスタートの彼を支える為には、そばにいるだけでも相当に負担がかかっているはずだ。それが吐き出されるため息に集約されている気がし、このままではドミトリエの方が潰れてしまうのではないかと、ヒルダは心配そうに言った。
「潰れないように、背負うのをやめるのも手だと思うけど……」
そう口にしつつも、ドミトリエの性格上それが出来ないのも良く判っている。案の定、ドミトリエはそう言うわけにはいかない、と答えたが不意に少し笑みを漏らした。
「確かに、大変なことも多いが、今更放っておけないし……ここに来て知ったことも多いしな」
「充実はしてる、ってことかな」
天音の言葉に、ドミトリエは頷くと、再び視線をセルウス達へと戻した。北都やタマーラ、仲間達とはしゃいでいる横顔は皇帝となった今でも変わっていない。むしろそれが望ましいとでも言うようにドミトリエは目を細めると、殆ど独り言のように呟いた。
「それに、あいつの味方は一人じゃないからな」
俺だけが気張らなくても大丈夫なのは知っている。
そう語るドミトリエに、天音もヒルダも、言葉の代わりに深く頷きを返したのだった。
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