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冬空のルミナス

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冬空のルミナス

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●愛は灯の中に

 普段の生活ではあっという間、けれどこのような機会にじっくりと眺めると、なんともゆったりとして見えるもの……それが日の出というものではないか。初日の出ともなればなおさらだ。
 その日の出まであと30分といったところだろうか。この時間帯が一番冷えるのはご周知の通り。
 寒いを通り越して凍える氷点下、頬はつっぱり唇は乾き、下手に屋外で口をきこうものなら、舌まで霜が張りそうなその場所はヒラニプラ、教導団外壁の物見塔である。
 カッターの刃で撫でられているような風に首をすくませ、歯が鳴りそうなのをぐっとこらえる。
 ――寒い!
 琳 鳳明(りん・ほうめい)は、支給品の外套の合わせ目を押さえていた。
 悲運! その一言で済ませるほかない。なぜって彼女は本日、大晦日から元旦早朝にかけての時間、見張りの仕事の担当になっていたからである。けれどこの艱難に、鳳明はみずから進んで立ち向かっていたのだ。
「ほ、ほら、中国ではお正月といえば旧暦のお正月だし別に大丈夫だよ!?」
 と断言したのは数日前のこと。鳳明は、今夜の見張り番を代わってほしい、というある友人の申し出を二つ返事で引き受けたのだった。
 その友人は、ボーイフレンドと初めての年越しを過ごしたいのだという。そんな事情を言われて頭を下げられては、鳳明としては断れない。
 ――大丈夫だよ。
「………あんまり大丈夫じゃないかもしれないけど大丈夫だよ」
 あまりの寒さに眠気すらおぼえながら、鳳明は独言していた。強風がたちまち、その寂しい言葉を押し流してしまう。
 寒いはずだ。気がつくと石油ランタンの灯が消えていた。つんと臭い灯油を足すと、ぶるぶる震える手で鳳明はマッチを擦った。
 しかし、火は付いたがすぐに消えてしまった。
 新しいマッチを取り出しながら、鳳明はまた呟いていた。
「念願のカレシさんと年越したいっていう気持ちも判らないでもないし……どうせ私は独りだし……」
 マッチを擦る。ぽっと火がともったものの、またもたちまち消えてしまった。
「でも一番許せないのは、条件反射のように『うん、いいよ』とか言っちゃうこの口だよね!?」
 マッチに火が宿ると、なんだかそのむこうに温かいご馳走が見えた気がした。中華の点心とか……。 でも、火はすぐ消えた。
「私決めた! 来年の抱負は『断ることを覚える』! これだね!」
 元気に言って力一杯マッチを擦る。今度は火のむこうに、暖炉が見えた気がした。
 けれども、火は続かない。しゅっと消えてしまう。
 なんだかこんな童話があったような。
 涙がこぼれそうになる。ぽろぽろと涙がこぼれたら、たちまちそれは氷の粒に変わってしまうだろう。
 マッチを擦る。
 ユマ・ユウヅキ(ゆま・ゆうづき)の姿がともしびの中に浮かんで消えた。
「そうだ……ユマさん……」
 かじかむ両手に息を吐きかけると、通信装置を取り出してメール画面を表示させる。
「メール……」
 文面は決まっている。『さむい、くらい、さみしい。なんかあったかい差し入れもとむ』だ。
「これでユマさんまでリアルタイムリア充満喫してたら、私もう教導団辞めてやる……」
 心が弱っている。そんな弱気が出てしまう。急いで送信ボタンを押すと、彼女はもう一度マッチを擦った。たちまち消えた。
 鳳明はマッチ箱を探って、知った。
「最後の一本……」
 ――失敗したら終わりだ。
 鳳明はたしかにそう思った。いや本当は予備のマッチ箱くらい存分に用意しているのだけれど。
 力強く擦った。
 勢いよく火が付いた。
 また幻覚が出現した。炎の向こうにユマが……。メールは出したばかりだ。こんなに早く彼女が来るはずはない。とすればこれは天国に鳳明を誘う天の使いか……?
「鳳明さん、だめです、こんなところで眠っては。鳳明さん!」
 しかしその幻覚は、ゆさゆさと鳳明の肩を揺さぶったのである。
 間違いない。本物だ。ユマ・ユウヅキが来てくれたのだ!
「ユマさん……ユマさーん!」
 もうなりふりかまっていられない。鳳明はがばと彼女に抱きついた。
「ふえぇ……、人肌は暖かいね……」
「大丈夫ですか……? 私も仕事が残っていまして。遅くなってごめんなさいね」
 幼子をあやすようにして、ユマは鳳明の頭を撫でてくれる。
 ユマは、鳳明が見張りをしていることを知り、自発的に夜食を持ってきてくれたのだった。だから鳳明からのメールは、このとき時間差で着信していた。責任感の強いユマのことだ。本当にこの時間まで、根を詰めて仕事をしていたのだろう。
 魔法瓶から注がれたコーヒーが湯気を上げている。こんなに美味しいコーヒーを、鳳明は飲んだことがないと思う。
「私も見張りを付き合います。このまま、初日の出を見ましょう」
「いいの? カレシさんは?」
「ご安心を、クローラとは元旦の晩に会う約束です。それに、こんな寒い場所に親友を一人にはできませんよ」
 それを聞いてなんだか鳳明は涙目だ。
「うう……ありがとう……初日の出、一緒に見ようね……」
 ここでハッとなって鳳明は思わずコーヒーを取り落としそうになった。
「って、クローラさんを呼び捨てにしてる!?」
「……あ、バレました?」
 照れてうつむき気味にはにかむユマが、なんだかまぶしかった。鳳明はなんとも言えない笑顔を浮かべて言う。
「そうそう、忘れないうちにクローラさんに伝言。『幸せ者は爆発してしまえ』って言っておいて」
「はい」
 と素直にうなずくユマが可愛い。
 コーヒーを飲み、ユマ持参の年越ソバをふたりで食べた。といっても熱湯3分のカップそばだったが、それでも鳳明は、人生最良のソバを食べたと思った。
 食べながら、笑いあいながら、とりとめもなく二人は言葉を交わした。
 今までのこと、とりわけ、暮れゆく今年のことを。あるいは来年の希望を。そして、ユマとクローラの仲、その進展具合を。
 ちょうど会話が途切れたころだった。
「あ、お日さまが!」
 鳳明が指した東の方角、地平線に淡い光がさしかかっていた。たなびく雲の間から洩れる光は、あたたかくそしてやわらかい。体の芯から暖まるような気持ちがする。
「あけましておめでとうございます」
 ユマ・ユウヅキが菫の花のように微笑んだ。
 対する鳳明の笑みは、たとえるなら黄色いデイジーの輝きだろうか。
「うん! 今年も、来年も再来年もよろしくっ!」