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リアクション
●初詣! 日本の不思議な風習のひとつね
空京神社の石段でつまずいたジャネット・ソノダの手をエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)はとっさにつかんでいた。
「大丈夫ですか、ジャネットさん」
「ありがとう、エースさん」
とはにかむ彼女の可憐さに、なんだかエースのほうが照れてしまって、「いえ、お気になさらず」と返すのが精一杯だった。
なんという香水だろう。ジャネットはいい香がした。
「慣れない服装はだめですね。どうも、つまずいてばかりで」
本日、ジャネット・ソノダは振り袖で参詣しているのだ。メシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)によるほんの遊び心による提案だったが、
「久々です。着物に袖を通すのは!」
と彼女は乙女のようはしゃいでしまって、今日はずっと上機嫌である。
――俺の母親といってもおかしくない年齢なんだよな、それでも。
やっぱりどうにも信じられない。年相応に大人びていたり、少女のような側面があったり、知るほどに不思議な女性だという考えを新たにするエースだ。
パラミタへの半亡命生活がはじまって半年超、精力的な活動を再開したジャネットはパラミタ擁護の著作を発表、以前所属していた団体からは「転向だ!」と徹底批判を受けているようだが、なかなかの高評価を得ている。本日は友人であるエースの招きに応じて、こうして皆で初詣に来ているのだった。
寒いというよりは涼しい今朝の空京神社だ。こうして歩くには最適である。
「龍の飾り物があるね」
あれは? とメシエが水を向けると、エースは即座にこたえた。
「2024年の干支は龍。あれは龍にちなんだ縁起物だね」
「でも、干支って神道とは少し違うのではありませんか?」
かつて日系人と結婚していただけあって、ジャネットもそのあたりは詳しいようだ。
「たしかにそうです。けれど決して変じゃないんですね。細かいことは言わないあたり、さすが神秘の国日本の風習といっていいでしょう。そもそも日本には八百万の神様がいるというし、お参りはお寺でも神社でもOKだし」
「さすがエース、宗教にまつわる話には詳しいね」
というメシエに、いやそれほどでも、と謙遜してエースは返す。
「パラミタに来てからこの風習を知ったけれど、奥が深くてまだまだわからないことがたくさんあるよ。後でお店ものぞこうか」
実にエースは楽しげだ。そういう彼を見るのは、メシエも喜びとするところである。
珍しがっているのはエースばかりではない。リリア・オーランソート(りりあ・おーらんそーと)も目を輝かせ、あれこれと観察している様子だ。
「初詣! 日本の不思議な風習のひとつね」
エースによればこれは日本の宗教的行事ということになるが、リリアの見解は異なる。
なぜって、デートとおぼしき男女が多数あるからだ。
――ま、そういうわけなので、私も倣ってみようと思うわけ。
そこでさりげなく、彼女はメシエに腕を絡めていたりする。メシエは無論拒まず、こうして二人、カップルの様相となっていた。ただ、メシエは、
――リリア、珍しがって周りばかり見ているから、足元が疎かになっているんだよね。
と思っていたりもする。仕方がない、こっそり気を配って、人とぶつからないようエスコートしてあげようか。
興が乗ってきたのかエースは、あれこれと解説しながらどんどん歩き始めている。
「そういえばジャネットさん、遷宮って知ってます?」
「いえ、はじめて聞きました」
「日本の神社では一定期間に神社を新しく建て直して、神様の引っ越しをするそうです。二十年に一度行われるそうで、建築技術の継承の意味合いもあるようです」
「驚きました。石の神殿を保存するのとはまったく性質のことなる保存方法といっていいですね」
実際、このあたりになると日本人でも知らなかったりする話だ。
「日本の有名な神宮では十年前にあったそうなので。今度は今から約十年後ということになりますね。その頃までにはもう少し日本の文化を勉強して、皆で見に行けるといいですね」
エースはにっこりと微笑む。
「是非」
とジャネットも笑み返した。
「多分パラミタの神社は修理はしても『神様の引っ越し』ってイベントはしてくれないと思うので……。
引っ越しと言えば、パラミタでは本来長期統治する国家神の女王が、一時期の某国首相のように入れ替わり立ち替わりで不安定な時期を過ごしました。今年以降は、安定した年を送れると良いのですが」
「そう願いたいですね。あ、それからエースさん、あれはなんと言うものですか」
「どれどれ……」
エースとジャネットの探求はますます深まりゆく様子である。
これに危機感(?)を覚えるのは同行のエオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)だ。
――エースのいうようにお参りすると、空京神社の隅から隅まで巡ることに……。
ちょっとそれは勘弁してもらいたいところ。なにかないかな――とエオリアは探して、すぐにおあつらえ向きのものを発見した。
「みなさん、おみくじを引いてみませんか」
エオリアの提案に真っ先に乗ったのはリリアだった。
「やるやる!」
と引いて、『中吉』の結果を手にする。
「ええと……『転居 よし』『縁談 必ずまとまる』って! いいじゃないいいじゃない」
ちらちらとメシエのほうに熱視線を送ってみたりする彼女である。メシエのほうは彼流のポーカーフェイスなのか、他人事のような顔をして聞いていた。
「でも『待人 音信あり。おくれて来るが怒るな』ってあるわね。これはあれね、縁談はまとまるけど年末ギリギリになるかも……っていうメッセージかしら? 短気を起こさないようにしなくちゃ」
「なんだか都合良く解釈しているような……」
ポツリとエオリアが言ったりするが、
「要は気の持ちようってことよ。大丈夫、私には幸運がたくさんついているから」
にこっと笑ってリリアは胸を張るのだった。
「前向きで素晴らしいことです。さて、僕のほうは」
エオリアの口元に笑みが浮かんだ。なぜって、『大吉』だったからだ。
「『よろずうまくはこぶ。期待してよし』とのことです。ただ『健康 睡眠は大切。無理は控えよ』とあるので気をつけたいですね」
ジャネットも『大吉』でエースは『末吉』、メシエは「興味ないなあ」と引かなかったが、それでも場が盛り上がったのは事実だった。
「全体運は『これまで同様にせよ』かあ……ま、マイペースでやらせてもらうよ」
おみくじのメッセージを心のなかで反芻しつつ、エースは本殿にたどり着いた。
それでは、と言って賽銭を投じ、二拝二拍手一拝で参拝する。
――今年こそは平和に皆が過ごせますように。
エースはそう祈った。なお日本系神様にはお願いするよりも、決意を示してそのために自分は可能な限りの努力をするので、見守っていて下さい……とお祈りするほうが良いとのことだ。それはエースの好みとも一致する。なんでもかんでも神頼み、というのはむしろ性に合わない。
それから十数分後。
「どうぞ、今回は冬の甘酒を試してくださいね」
「ありがとうございます。いただきます」
エオリアがさしだした湯飲みをジャネットが受け取った。
一行は茶屋で休憩しているのである。
ただ、そこにメシエとリリアの姿はなかった。
「お二人とははぐれてしましましたね。とはいえ、携帯電話で二人の位置はちゃんと判りますし、各社の位置はHCに入れてあるので巡れば後から合流できるでしょう」
エオリアはそんなことを言っているが『はぐれてしまいました』はもちろん嘘だ。実際は、彼が気を利かせて人の波に『うまく』のまれた結果だった。エースもジャネットも察している、メシエもそれは同じだろう。
ただ、リリアだけは、
「迷子? この年になって? やーん」
と、本気ではぐれたと思い込んでいた。
エースたちとは幾分離れた、鎮守の森のそばである。リリアは彼の顔を見上げた。
――でも腕組みしてたからメシエが一緒で安心ね。運良く二人っきりになれたわ。
さすがのメシエも、『おそらくエオリアあたりが気を利かせたのだと思うね』などと無粋は言わない。かわりにこう告げた。
「なに、予定通り社を廻ればいずれ合流するよ。せっかくだ、末社も巡ってみないか? 人の少ない社は趣があっていいものだ」
「いいわね!」
小さな鳥居をくぐり、二人は末社のひとつに参詣した。いわゆる小祠といった風情で、空京神社本殿と比べると簡素だが、逆にそれが味わい深い。
「可愛い神社ね! 小さいけどロマンティックじゃない?」
「私は静謐と感じたが……『ロマンティック』か。なるほど、そうとも言えるかな」
「さっきもお祈りしたけど、またお祈りしちゃおうかな」
「ああ、私もそうしよう」
リリアとメシエは並んで合掌した。
リリアの願いはもちろんこれだ。
――ずっとメシエと一緒に、幸せな時を過ごせますように。
縁結びの神様だといいな――なんて期待もしてしまう。
さてメシエの願いだが……これは筆者にもわからない。
二人の往く道に幸多かれ。
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