波羅蜜多実業高等学校へ

葦原明倫館

校長室

空京大学へ

冬空のルミナス

リアクション公開中!

冬空のルミナス

リアクション


●かもん、らばーず!

 私も空京の街に出かけると、朝食が終わるなり及川 翠(おいかわ・みどり)が切り出した。
「えっ、翠にサリアも空京に行きたいの……?」
 なにする気、とあからさまに迷惑そうな顔をミリア・アンドレッティ(みりあ・あんどれってぃ)は見せた。だってそうだろう、今日、ミリアはスノゥ・ホワイトノート(すのぅ・ほわいとのーと)と空京でお正月デートの予定だったのだ。そのことは去年のうちから言っていたし、そのときは翠も、自分たちは家でテレビでも観ているとこたえたはずだ。
 そんなミリアの戸惑いに気づかず翠は言った。
「なんか昨日の夜中、空京付近に変なのが出たっていう噂で〜」
「ゴム怪物さんって言うんだよね〜?」
 サリア・アンドレッティ(さりあ・あんどれってぃ)も好奇心を感じているらしく、大きな水晶のような目をぴかぴかさせていた。
 昨夜寝る前に、翠はネットの情報でそんな話をキャッチしたのだ。ピンクのゴムみたいな怪物、リア充がどうのと鳴くらしい。アイドルのカウントダウンライブにもあらわれたらしいという未確認情報もあった。
「とにかく面白そうなの。探してみたいの!」
「……ふぇっ? そのゴム怪物さんを探すんですかぁ〜!?」
 スノゥはいつものように笑顔だが、その声には困ったような色がまじっていた。
 ――なにやら面倒ごとの予感がしますぅ〜。
 ミリアと二人、食事して買い物してお茶して……そんな風にのんびりのんびり楽しむ予定が、どうやらおじゃんの雰囲気だ。
 翠は言い出したらきかない。
「というわけでお姉ちゃん、スノゥさん、空京につれてってなの〜!」
「だいたい、どうやって探すつもりなのよ?」
 もうだめだ――と半ば諦めながらも、ミリアは問わずにはおれなかった。これで考え直してくれたら……。
 無策かと思いきや、翠は元気に言い放った。
「リア充を襲うらしいと聞いたよ! えーと、よくわからないけど、お姉ちゃと、スノゥさんって、もしかしてリア充にならない?」
「待って待って、翠、私たちは囮!?」
 ……と、いうやりとりは二時間程度前のことだが、もう昨日のような気がしているミリアだった。
「結局、四人で空京になっちゃったし……はぁ、お姉ちゃんとお出かけのつもりが……」
 溜息をこぼすも、もう仕方がない、とミリアは事態を受け入れているのだった。
 現在彼女は怪物の姿を警戒しつつ、
「あっ、サリア、一人で先に言っちゃダメ! 翠も! 断らずに店に入らない!」
 と、二人のおもりまでするハメになっていた。まるで引率係だ。というか引率係そのものか。

 一件華やかな空京の繁華街とて、表もあれば裏もある。
 その裏通りに身を潜め、大きな体を小さくしている男があった。
 黒マントに黒いコートの厚着。またよりによってすっぽりと頭を隠す黒覆面などしており、ぎゅぎゅーっと圧縮されたピンクのゴムたちに、前後を塞がれているものだから、寒空であっても暑そうである。
 そう、彼は謎の悪者(断言!)自称『ドクターX』だ。
 ドクターは暑がりだったのでふうふう言っている。でも、ここから出る気はないらしい。
 夜中、彼はとても恐ろしい目にあった。悪魔(?)らしき紳士に導かれ、宿願であったリア充攻撃を敢行したものの、返り討ちにあってしまったのだ。
「……もう帰ろうかな……」
 弱音が出てしまう。空京神社の攻撃は協力者に任せているし――とも思った。
 ところが、
「フハハハ!」
 なんともよく通る高笑い!
 ビルの谷間の暗闇に、エコーをくりかえすその声。
 わんわんと鳴り止まぬ残響音のなか、白衣の男が姿を見せた。
 そう、彼はマッドサイエンティスト界のプリンス! 聞け、その名乗りを!
「我が名は世界征服を企む悪の秘密結社オリュンポスの大幹部、天才科学者ドクター・ハデス(どくたー・はです)!」
 シャキィーン、と効果音を立てたくなる。彼がメガネの位置を直したのだ。そのレンズは輝ける白い光を発した。
「妹の咲耶もよろしく……」
 そう名乗れと命じられていたのだろうか、彼の背後からそっと顔を出し、弱々しく名乗ったのは高天原 咲耶(たかまがはら・さくや)だ。
「ククク、ドクターXとやら、その計画は聞いたぞ」
 ハデス以上に怪しい格好をしているくせに、ドクターXは一般人みたくたまげた様子で、
「ええっ! いつの間に……!」
「フハハハハ、オリュンポスの情報収集能力を甘くみるものではない!」
 狭い裏路地いっぱいに彼は腕を広げて、
「ククク、ドクターXよ! その怪人ゴム怪物を用いたお前の世界征服計画に協力してやろうではないか!」
「世界征服!? そんな大それたことは……」
 ドクターはコートの下からネクタイをひっぱり出し、それでサングラスを拭った。
「ククク、隠してもお見通しだぞ! 怪人ゴム怪物を世に放つことで世間を混乱させ、カップルたちを人質にとってシャンバラ政府に政権譲渡の要求を突きつける……大胆不敵な計画ではないか! 気に入った!」
「だからそこまで考えてないですー!」
 しかしハデスは全然聞いていないのであった。
「ククク、それにしてもよく思いついたものよ。リア充か……この天才科学者ドクターハデスであろうともそこは盲点であったな。我がオリュンポスの戦闘員や咲耶たちは、リア充などという言葉とは無縁なので、怪物をバラ撒く役割にはちょうどよいぞ!」
「えーっ!」
 この声は咲耶だ。思わず前のめりになって、ハデスの白衣に咲耶はしがみついていた。
「ちょ、ちょっと、兄さんっ! 誰が非リア充ですかっ! 私がリア充になれないのは、兄さんが……」
 もう涙目になっている。哀しさと腹立たしさでむくれながら彼女は言うのである。裏通りを埋め尽くした怪物たちを見やって、
「っていうか、この怪物をバラ撒くのに協力するって、どういうことですかっ! またそんな悪事に加担して……!」
 しかしドクター・ハデスの耳は、抗議やツッコミを綺麗にシャットアウトできる構造になっている。
「ククク、この作戦が成功した暁には、シャンバラ政府も我らの存在を見過ごすことはできなくなるであろう。そして、我らオリュンポスこそが、このシャンバラの新たなる支配者となるのだ!」
 がっしりとハデスは、ドクターXの肩に手を置いていた。マッドサイエンティストの同志として友誼を感じているのか、それとも自分の言葉に酔っているだけか?
「あの……『我ら』ってことはいつのまにか僕も、そのオリュンポスとかいうのに組み入れられてます……?」
 ここで繰り返そう! ドクター・ハデスの耳は、抗議やツッコミを綺麗にシャットアウトできる構造になっているとッ!