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魂の研究者と幻惑の死神1~希望と欲望の求道者~

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魂の研究者と幻惑の死神1~希望と欲望の求道者~

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 第13章 壊れた心

(……ここが未来のパラミタ……色んな負の感情が渦巻いている……)
 タイムマシンで2048年まで来たスカサハは、満月とファーシーと共に、イディアとブリュケの研究所に向かっていた。スカサハは完全に壊れ、動くことも喋ることもしなくなったミンツを背負っている。2024年では、部品が足りずに彼の修理は叶わなかった。だが未来の研究所なら修理も可能だということで、まず、そこを目指すことにしたのだ。研究所の場所については、フィアレフトから簡単な地図を預かっている。
「本当に……機晶姫の姿が全然無いのね。皆、どこかに隠れてるのかな? それとも……」
 言葉の途切れ方が気になって、スカサハはファーシーの様子を伺った。仲間達の死をほぼ確信しているのが、表情で分かる。なるべく明るく振舞っているが、彼女が昨日の襲撃以来体調を崩しているのにも気付いていた。一時は気を失う程だったのだ。表面的な傷は無くとも、機体内にかかった負担が解消されきっていないのだろう。きっと、精神的な所から来る影響も皆無ではない。
「……大丈夫でありますか? ファーシー様……やはり、無理はよくないです」
「……え? ……………………うん……」
 束の間驚きを見せたファーシーは、暫く沈んだ顔で歩き続けてから元気なく頷いた。スカサハと満月は、とぼとぼと歩く彼女の先を地図を見ながら進み、やがて立ち止まる。2階構成の建物は手入れされているがどこか荒れていて、家自体が息を潜めているようにひっそりとしている。
『この時期なら、まだ私達が使っています。ママ達と別れる前なので、事情を話せばブリュケくんも協力してくれると思います』
 フィアレフトからはこう聞いていて、誰も居なくても中に入れるようにと鍵も預かっていた。呼び鈴を押して待つことしばし、開く気配の無い扉に鍵を差して中に入る。途端に目に飛び込んで来たのは、スカサハに瓜二つの少女だった。
「未来のスカサハでありますか? ……ッ」
 予想外の出会いにびっくりしつつ訊くと、目前のスカサハは何を答える間もなく攻撃してきた。
「……何をするでありますか!」
 間一髪で避けた拍子に、背負っていたミンツが足元に落ちる。直後、スカサハの動きは止まった。そして彼女の背後から、穏やかに笑顔を浮かべた女性が来て謝罪ずる。
「すみません、師匠には近付いてくる人達に攻撃する癖がついてしまっているんです。『処分』しようと追ってくる人達から何とか逃れ、ここに辿り着いたものですから」
 そうして、女性はスカサハが機晶姫以外の多種族に絶望してしまっていること、今は調律者としてこの研究所を通して活動していることを3人に話す。
「今、『過去』と言いましたよね。そして、あなたは……」
「…………」
 目を離せなくなっていた満月に、女性は話し掛けてくる。名乗られなくとも、分かる。少女時代の名残を感じる面立ちが、一つの答えを示していた。
(もしかして、あなたは……未来の私?)
 気付いたことに気付いたようで、未来の満月はにっこりと笑った。何故だろうか、瞬間、背筋がぞっとする。何も言えなくなった彼女の近くで、スカサハが「あっ」と声を上げる。
「ミンツ君をどうするのですか!」
 スカサハは、ミンツを抱き上げると大きめの作業台に彼を載せた。破損した箇所を点検した上で、分解していく。その前で、半ば呆然とスカサハは言う。
「……直してくれるのですか……?」
「ファーシーさんも……この時代のファーシーさんじゃなさそうですね」
 一方、満月はファーシーにそう確認していた。訪問してきた3人中2人が過去から来ている以上、彼女も2048年の住人ではない可能性が高い。何より、イディアとブリュケは母達に呼ばれて出掛けたばかりだ。安全そうな家が見つかったらしいと言っていた。その母がここに居るというのもおかしな話だ。
「うん、実は、イディア達が過去に来て教えてくれたの。未来で何が起こったのか……」
「そうですか。師匠も私も、色々ありましたけどこうして生きているから大丈夫ですよ」
 満月は笑いながらファーシーに話す。彼女は、男性機晶姫である夫を『処分』で亡くしていた。奇跡的に授かった彼の忘れ形見である子供も、元々成長が遅かったのとパートナーロストの強い影響の下で死産している。だが、彼女はどこまでも穏やかで、朗らかだった。
「ファーシーさんも、元気にしています。隠れ家も見つかったようですし」
「隠れ家……?」
『処分』されに行ったと聞いているだけに、ファーシーはその話にきょとんとした。何かあったのかな? と思いつつ満月から近況を聞いていく。
(何か、おかしい……)
 満月は会話する2人に、得体の知れない違和感を持った。傍目から見ると、満月は幸せそうだ。変わってしまった時代の中で、居場所を見つけて生きているように見える。だが――
「この子はまだ、生まれて1ヶ月なんですよ」
「……?」「…………!!」
 満月は、少し色味のくすんだ人形を抱いていた。それを愛しげに紹介する彼女を見て、満月は全てを悟った。あれは、ただ人形遊びをしているのではない。
(彼女は、あの人形を本物の赤ちゃんだと思っている……私は、壊れてしまったんだ……)
 何故、彼女が笑顔を浮かべていられるのか。それは、心が病みきっているからだ。
「可愛いでしょう? ……ふふっ」
「満月さん……」
 それ、人形だけど……と、薄々異常に気付き始めているファーシーが言いかける。しかしそこで、作業台の方から少年の声がして言葉が途切れた。
「ん? 研究所? 変だな、オレ、過去に居た筈だけど……夢でも見てたのか?」
 自力で動けるようになったミンツが台から飛び降り、首を振り振りこちらにやってくる。そして満月を見上げ、「あれ? 若いのもいる?」と、疑問符を撒き散らした。
「……さすがスカサハであります」
「師匠は、アクアさんと一緒にイディアさんに機晶技術の真髄を教えたんです。イディアさんの改造した機晶ドッグの構造も理解していますから」
 満月がそう言うのを聞きつつ、スカサハは泣き笑いのような表情を浮かべてスカサハに近付いた。
「……諦めないでほしいです。いつかまた、皆で笑って暮らせる世の中がくるであります!」
「……ふん。……もう遅いんでありますよ」
 手を握られたスカサハは、やさぐれた口調でそれだけ言って目を逸らした。

「こういう、未来なんですね……」
「結局、未来はあまり変わってなかったであります……」
 状況を理解したミンツを伴って研究所を出て、満月とスカサハは少し肩を落としていた。それでも、気持ちを奮起させてファーシーに言う。
「でも、スカサハはファーシー様、ミンツ君達の味方でありますよ!」
「はい。今、未来がこうでも、私はイディア姉さんを信じていますから」
「……ありがとう、2人共」
 変わってしまった未来の2人を見て、また少し落ち込んでいたファーシーはそれを聞いて微かに笑った。未来を平和にする為、スカサハはフィアレフトの話していたこの状況までの経緯を思い出す。
「……思うに、最初の魔王とやらをどうにかした方が早いような気がするであります……」