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魂の研究者と幻惑の死神1~希望と欲望の求道者~

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魂の研究者と幻惑の死神1~希望と欲望の求道者~

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 第15章 入れ替わりの2人

 フィアレフトとブリュケは、リィナと共にミュートのガーディアンヴァルキリーに乗ってツァンダへと子供の自分達を迎えに行った。パークスの地下施設に残った皆は、ひとときの休憩を取ったり各所に報告をしたりして過ごしている。その中で、彼女は夫と、彼女達家族を守ると『取引』をした葛葉、ハツネと一緒に居た。ハツネの手には武器である蛇骨が戻っている。

「つまらないの……」
 彼女は蛇骨を手持ちぶさたにいじりながら、退屈そうな顔をしている。
『LINさんはサトリさんも殺すつもりだよ』
 とブリュケがはっきり言っただけに、ラスとピノが未来に行ったからといって油断は出来ない。だが、今の地下施設にはどうにも中休み的な空気が漂っていて、誰かが急襲してくるような気配は全く感じられなかった。
『ナラカを実際に見ている今のLINさんは、肉体の死を本当の死とは思ってない。ピノちゃん……ああ、ピノさんじゃなくて病気で死んだ方だけど、彼女を起点に考えているから家族全員が揃えばその場所や状態はどこでもいいんだ。その一方で、誰かを殺すという意味を従来通りに考えている節もある。ピノさんを殺そうとしているのは、決して同居が目的じゃないからね。まあ、ピノさんを“殺すべき存在”として彼女に認識させたのは俺なんだけど』
 リンはブリュケがそう言っていた事を思い出す。LINはフランスで、娘は死んだのだと伝えに行った覚とラスを殺した。それは、彼等の事を『嘘吐き』だと判じたからだという。何の策だったのか彼等はその時、剣の花嫁の方のピノも同行させていた。ピノを娘だと信じて歓喜したLINは、『娘はここにいる』と思い込んで自分を『騙そうとする』夫と息子を怒りに任せて殺害した。その後、残ったピノは暫く――10年以上、LINと暮らしていたのだという(ピノ自身、この間、正気を失っていたらしい)。
 やがてピノが智恵の実をLINに食べさせ、全ての記憶が戻った彼女が魂の逸脱者になった頃には覚もラスも、そして病気で亡くした娘も、転生を果たしてナラカにもどこにも居なかった。
 ブリュケがLINを唆しに行ったのは、真実独りになってしまったと自覚した彼女が、絶望の底にいた時だった。未来でピノが何を行ったのかを教えた彼は、過去の子供のピノは『殺すべき、殺してもいい存在』だという意識を刷り込んだのだ。
 元々、LINにとってピノは『居なければよかった』存在だ。
 ――ピノが居なければ。
 ――ラス達がフランスにピノを連れて来なければ。
『LINさんは、ピノさんを娘と勘違いした状態で長い時を過ごす事もなく、もっと早く魂の逸脱者になって家族と再会出来たかもしれない。もしくは――ラスさん達を殺さずに済んでいたかもしれない。彼女の心にあったその靄を、俺はちょっとつついただけだよ』
 ……あの時。フランスで覚を殺そうとしたリンにはLINの気持ちが解る。痛い程に。確実に、LINは自分にとっての「IF」だ。けれど、ハツネがLINの目的を話した時から、リンは違和感を覚えていた。LINはおかしい。自分とは決定的に違う部分がある。家族と出会えなかったからかもしれないが――
(彼女は、違うわ……本当に家族の事を考えてるわけじゃない。彼女は……)
 今行動を起こせば、『自分』は葛葉とハツネに殺されてしまうだろう。だが――
(あんな自分勝手な女が私だとは認められない……彼女の勝手には美学が無いわ……!)

 彼女は覚の方をちらりと見る。そこで目が合った彼は優しく笑んだ。
「ん? どうした、リン」
「……なんでもないわ。ねえ覚、喉が渇いたでしょ? ドリンクでも飲まない?」
 ハンドバッグから掌より少し大きいサイズの小瓶を取り出し、覚に渡す。「ありがとう」とそれを受け取った覚は、蓋を開けて一気にそれを飲んだ。直後、彼女は彼にキスをする。
「…………! り、リン……!?」
 驚いて唇を離した覚の目が、突如とろんと弛緩する。意識を失したような――否、彼女の虜になってしまったかのような表情になった彼に対して、彼女は小さく囁いた。
「……戻って来たら…………を殺して自害して。あなたも、娘に会いたいでしょう……?」
「ああ、もちろんだ……2人を殺して、俺も死ねばいいんだな……?」
 とろんとした表情のまま、覚はそれをあっさりと了承する。
「……?」
 葛葉はその会話に不審を感じ、振り返った。ハツネも「?」と顔を向ける。その2人に、彼女は挑発的な笑みを浮かべた。
「どうしたの? まさか、攻撃してはこないわよね? あなた達の仕事は、私達『家族』を守ることなんだから。……だから、私達が子供達を殺そうとしても……何もしないわよね? むしろ、守ってくれるわよね? ……まあ、サトリは死んでもいいけど」
「…………」
「……お姉さん?」
 状況をどう判断すべきかと考える葛葉の隣で、ハツネは、小さく首を傾げる。
「やっぱり、全部壊したいの?」
「……違うわ! その女は私じゃない!」
 その時、フロアの出入口から飛び出してきた女性が居た。黒い衣を纏った女性――リンの姿を見て、ハツネは蛇骨を波打たせる。
「依頼をくれた方のお姉さんなの♪ 服装で分かるの♪」
 先制攻撃される前に、と鎖を伸ばして攻撃する。「――!」と、リンの顔が強張った。

 ――見えない誰かに服の背を捕まれて口を塞がれ、リンが地下施設の空き研究室に連れて来られたのは皆がパークスを離れるガーディアンヴァルキリーを見送っている時だった。「……? リン?」と覚が振り返った時にはもう遅く、リンは姿を現したLINに着ていた服を無理矢理奪われ、代わりに黒い衣を被せられた。超能力での抵抗も試みたがそれは殆ど無効化され、気絶させられる。目覚め、自分を拘束しているロープを超能力を使って(割れた破片を使って)切断し、迷路のような施設構造に迷いながら何とかメインフロアまで戻ってきて――物陰から見たのは、完全に『自分のフリ』をした『未来の自分』。
 今行動を起こせば――この姿で今出ていけば、殺される。それは、分かっていた。
 数えきれない程の鎖が迫ってくる。
 ――リンの手から伝った血が、ぽたりと床に、1滴落ちた。