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魂の研究者と幻惑の死神1~希望と欲望の求道者~

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魂の研究者と幻惑の死神1~希望と欲望の求道者~

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 第19章 幻惑(科学)の死神 

「――!」
「ハツネ、彼女は違います」
 リンに鎖が届く直前、葛葉の声が聞こえてハツネは蛇骨の威力を緩めた。拘束を破る際についた傷から、リンは血を流している。それを見た葛葉は、覚の隣に立つ普段着姿の女性に目を移す。彼女は、どこか愉しげとも言える表情を浮かべていた。過去、依頼人であったLINがよくしていた笑みだ。
「止めるべきはこちらです」
 LINは、葛葉と同じ魂の逸脱者だ。攻撃手段は大体分かる。ただ、彼女が持つという衝撃波能力は厄介だ。
 彼は、まずクライオクラズムを放った。だが、それはLINには殆ど通用しなかった。慣れた様子で凍気の中を歩き、周りの部品や工具をふわりふわりと宙に浮かせる。表情を消し、葛葉達だけを見て彼女は部品達を使って一気に集中攻撃をした。葛葉の前に立ったハツネは、アブソリュート・ゼロでそれらを防ぐ。相当に強力な攻撃であり、氷の壁はその一度の攻撃で砕け散った。だが、ハツネは壁の後ろにいる間にとけこみの衣に身を包んで姿を消した。
「……?」
 本能的に、LINはハツネの姿を探そうと視線を流した。その背後に回り、ハツネは蛇骨の鎖全てを彼女に勢い良く巻き付ける。
「……! ハツネちゃん……!」
「ごめんなさいなの。お姉さんの事は大好きだけどこれも仕事なの♪」
 さすがに焦りの色を滲ませるLINに、ハツネは楽しそうにクスクスと笑う。
「ハツネちゃん……だって、私達、お友達でしょ? 友達を壊すなんて……。……!」
「そう、お友達……お友達を壊すのも、楽しいの♪」
 ハツネのフラワシから『烈風』と『焔』の能力が相次いで放たれた。フロア内の空気がかまいたちとなってLINを襲い、彼女にべたべたとくっついた粘液が発火して燃えていく。
「痛っ……! やめっ……死んじゃう……! 肌が……!」
 叫びながらも、LINは諦めようとしなかった。第二陣として襲ってくるかまいたちを衝撃波で吹き飛ばす。荒い息を吐き、何度も咳をしながらこの場から逃げようと足を引きずる。
「逃げなきゃ……ここから逃げれば、あとは待つだけ……」
 フロア中の部品をめちゃくちゃに暴れさせながら、鎖に巻かれたまま出口を目指す。だが、葛葉はそこで彼女の前に立ち、荼枳尼を突き刺した。
「! あ……」
「残念ですが……あなたを見逃すと僕の妻が助からないんですよ」
 たまらず膝をつくLINを見下ろし、葛葉は言う。その彼を見上げ、LINは衝撃波の全てを彼に放った。まともに攻撃を食らい、葛葉の体から血が噴き出す。しかし、それでも彼は倒れなかった。所持している禍津殺生石が、彼にかかっているリジェネレーションを維持して傷を徐々に直していく。
「そんなの……そんなの知らない……私を……私を……助けてよ……幸せに……」
 荼枳尼の猛毒により、LINは全身の傷口から血を噴き出させていた。放たれていた衝撃波がぷつりと途切れ、彼女はどさりと床に倒れる。
「……サトリ……!」
 未来の自分の末路に、リンは悲鳴じみた声を出して覚にしがみついた。だが、夫からの反応は無い。
「……あなた……?」
「何だ? 血の匂いが……。! あんた……」
 未来に行っていた一行が戻って来たのはその時だった。黒い衣を纏うリンを見て、顔を強張らせたラスが一歩下がる。ピノを背後に隠すようにする彼に、リンは取り乱し気味に現状を訴えた。
「違うわ! 私は今の……ラス、ピノ! 未来の私が……!」
「え……?」
「……。未来の母さん……?」
 リンの両手首の傷をを見てから、ラスは彼女の視線を追った。「!」と倒れている女性に急いで駆け寄る。荼枳尼は抜けているが、猛毒の影響は相変わらずでLINの体からは血が飛び出し続けている。
 血の気が引くのを感じながら、ラスは周りに目を配った。葛葉の傷が、みるみるうちに塞がっていく。その手にある石に気付いた時、彼は咄嗟にそれを奪い取っていた。すぐにLINの怪我の一つに押し付ける。効果があるかどうかは分からないが、やらないよりは良いだろう。
「誰がここまでやれって言ったよ……!」
「依頼は果たしましたよ。ブリュケさんもこちら側につきましたし、もうあなた方が狙われる心配はありません。智恵の実を頂けるのですよね?」
「…………」
 その問いに、ラスは答えられなかった。余裕が無かったのもあったが、感情が頷くのをよしとしない。ふと気配を感じて目を上げると、覚が隣に膝をついていた。柔らかい笑みを浮かべている。
「良かった。無事に戻ってこれたんだな」
「あ、ああ……今、そんな事言ってる場合じゃ……」
 どこか場違いに感じる覚の台詞を妙に思いながら、LINの怪我に目を戻す。瞬間。
「おにいちゃん!」
 ピノの叫びが耳に届くのと、太い針のような――見た目だけで言えばフェンシングの剣にも似た工具が胸を貫くのは同時だった。現実を受け止められないままに傷を見下ろし、痛みと耳鳴りと脳内の雑音の中で意識が遠ざかる。微かにピノとリンの悲鳴が聞こえたが、反応することは出来なかった。

「きゃああっ! さ、サトリ……!? 何で……」
「いやっ……おにっ……おにいちゃん!!」
 倒れたラスの傍からゆらりと立ち上がり、覚は血の滴る工具を持ってピノの方へ近付いてくる。
「こうなったら、ピノちゃんに一撃は難しいかな。さて、どうしようか……」
 いつも通りの笑顔で歩いてくる覚に、ピノは得体の知れない恐怖を感じた。覚が――化け物にしか見えない。庇うように前に立つリンに隠れ、1歩、2歩と後ろに下がる。
 そこで、ノートとザミエルが左右から覚の体に飛びついた。工具を奪って遠くに投げると、ノートが叫ぶ。
「誰か! ロープは持ってませんの!?」
「あっ! わ、私が……!」
 リンが、自分を縛っていた拘束具を慌てて渡す。2人がそのロープで覚を縛るのを、葛葉はハツネと一緒に見詰めていた。その背後から、『ラスが』起き上がりながら話しかけてくる。
「智恵の実なら、ヒラニプラのスリーウォンズ商店ってトコに言ってみろ。そこで店売りしてるから普通に金を払えばいい」
「…………?」
 怪訝に思って葛葉が振り向くと、ラスはLINの周囲の状況を確認していた。何かを見つけたのか、禍津殺生石を彼女に押し付けた状態で血溜まりから1本の瓶を拾う。
「この瓶は……大方、この中身を飲んでおかしくなったんだろうな。どっかで見たデザインの瓶だし、またあの筋肉の……」
「無事だったんですか?」
「無事っつーか……『この程度』なら俺なら動けるレベルだしな。ラスの耐性が低すぎるんだよ」
「……?」
 意味が解らずに葛葉が言葉を返せずにいると、その光景を呆然と見ていたピノが叫び声を上げる。
「おにいちゃん!?」
「ああピノ“ちゃん”。ピノちゃんが後で良かった。体が小さいし、何かあったらシェルティにも影響があるかもしれねーからな。あ、治療してくんないか? 少しは出来るだろ?」
「う……うん!」
 ピノは慌てて傍まで行き、ビーストマスターであった頃に学んだ事を思い出しながら治療を始める。彼女が学んだのは動物の治療だったが、人も動物の一種だと考えれば何とか出来ないこともない。
「って、え……シェルティ?」
 だが、先程のラスの言葉の中に久しく聞いていない、しかし忘れられるわけもない名前があったのに気付いて手を止める。瞬間、心の底で揺れ動く気配を感じて。ピノは――
「ユー、リ……アン?」
 大人らしい声音で、かつての恋人の、名を呼んだ。